第21話 まるで私を見ているみたい
私が書物を読んでいる間にも、何人かが書庫に入ってきた。しかし図書館くらい広い空間なので、別に声をかけられたりはしなかった。
この雰囲気はとても好きだ。静かで落ち着いている。ページを捲る音とか呼吸の音とか、そんな静かな音も聞こえてくる。少しずつ本の中の物語に没頭して、時間の経過すら忘れてしまう。
のだけれど……
「……わからない……」
知らない言語を解読するのは門外漢だ。これは読書じゃなくて読解だ。私のやりたいことじゃない。
とはいえ、少しずつわかってきたこともある。
おそらく文法的には英語に近い。何度も何度も登場する短い単語が『私』とか『僕』とか『I』を表しているのだと思う。一人称がどこなのかは把握できるようになってきた。
しかし……そこで止まる。その人物が何をしているのか、それがわからない。それが分からなければ、物語は理解できない。
ここまで解読できないのははじめてだ。まだドイツ語とかのほうがわかる。
異世界というのも楽じゃないな……言葉が通じるだけマシだと思うけれど、なかなか解読に苦戦している。
このままでは書物を1つ読むのに、どれくらい時間がかかるのだろう。ちょっと気が遠くなってきたとき……
「なかなか熱心なのね」アルマさんの声が聞こえてきた。「こんな時間までお勉強?」
「……こんな時間……?」窓の外を見てみると……「あ……もう夜、ですか……?」
いつの間にか日が暮れていた。窓から差し込んでいた光がまったくなくなっていた。どうやら書物に熱中しているうちに、夜の時間になっていたらしい。
「ご、ごめんなさい……つい、夢中で……」
ペットとしては大変な失態だ。ご主人様の手を煩わせるとは……
「謝る必要はないけれど……」アルマさんは私の顔を見て、「……そのケガ、どうしたの?」
「それは……」ちょっと返答に迷ってから、「転びまして……」
「ウソね」そりゃ見抜かれるよな。適当なウソだった。「本当のことを言いなさい。これは命令よ」
……まぁ隠すほどのことでもないか。
「要約しますと……」私は事の成り行きを説明する。泣いていた少年のことと、私が謎の男性に殴られたことを。「――という次第でして……」
「なるほど……」アルマさんは腕を組んで、「あの子……私のペットに手を出して無事でいられると思ってるのかしら……」
「……一応、今回の件は私の行動にも問題がありますので……」殴るのはやりすぎだと思うけれど。「あの男性と、お知り合いなんですか?」
アルマさんは、あの子、という言葉を使った。見ず知らずの人物に使う呼称ではないだろう。
帰ってきた言葉は少し意外なものだった。
「弟よ。髭面でガタイの良い暴力的な男でしょう? そして子供を追いかけていた。まず間違いなく私の弟だわ」
「弟さん、ですか……」
似てないな……
じゃあ逃げていった少年はアルマさんの甥っ子になるわけだ。
「弟だけれど……最近は会話してないわね」
「お忙しいんですか?」
「あの男、つまらないもの。私に新しい何かを提供してくれる男じゃないの」
「大丈夫だったんですか?」
「逆に殴り倒してあげたわ」なんとなくそんな気はしていた。「別にあの男は鍛えてるわけじゃないもの。生まれ持ったガタイに頼り切っているだけ。そんなので私には勝てないわ」
アルマさんはため息とともに続ける、
「それから疎遠になっちゃったのよ。もっと殴りかかってきてくれたらケンカができて楽しかったのに……」殴りかかられたことじゃなくて、一度で諦めたことに文句を言っているようだ。「それであの子は……自分より弱い人間に威張り散らすようになった。暴力と権力で支配しようとする……つまらない男よ」
それからアルマさんはニッコリと笑って続けた。
「
権力と暴力で支配しようとする人間。
それを言われて私は……なんて返答したら良いんだろう。とてもじゃないが口を挟める状態じゃない。
「とりあえず、その傷の処置をしましょうか」
「大丈夫ですよ、これくらい……」
「ダメよ。ペットのお世話は飼い主の義務だもの。そこはしっかりしないと」
じゃあ最後まで飼ってくれよ。なんて言っても無意味なんだろうな。黙っておこう。
しかし……あれがアルマさんの弟さんか……
似てるのか似てないのか……よくわからない2人だ。
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