第19話 いつもいつも

 予想と覚悟はしていた。


 さっきの泣いている少年は頬を腫らしていた。だから書庫の中にいた男性が暴力的な人物なのはわかっていた。


 殴られる覚悟はしていた。とはいえ予想より早かったし、痛いものは痛い。怖いものは怖い。


 トラウマが蘇る。小学生時代の記憶だ。担任の男性教師に殴られて、それ以降私は男性が怖い。暴力が怖い。大声が怖い。


 すぐに心臓がうるさくなってしまう。最近はなんとか我慢できるようになっているが、それでも怖い。


 左頬を殴らて、私は一瞬バランスを崩した。


 ビリビリと頬が痛む。平手打ちをされたのだろうか。拳を握っていなかっただけ温情があるな。かつての男性教師よりは優しいのかもしれない。


 まぁ今回は私にも悪いところがあった。ちょっと反省しよう。


「どけ」男性は言う。この冷静さを見ると、殴ることは日常的な行為のようだ。「もう一度殴られたいか?」

「……殴られたくはありませんが……」


 泣きそうだけれど、我慢する。


 なんだか意地になってしまった。ここで道を開けると気分が悪い。それに……ここで彼の意見を受け入れるのは、彼にとっても良くないだろう。


 しょうがない……あんまり使いたくない手段だけれど……



「アルマ様の命令で書庫に来ました。通していただけますと幸いです」

「アルマ……」呼び捨てにできるほどの間柄なのだろうか。「あの適当女め……いつもいつも遊び呆けおって……」


 遊んでるんだろうなぁ……もしもこの人がアルマさんの関係者なら、少し同情してしまう。あんなのと毎日接してたらつらいだろう。私はアルマさんみたいなタイプが好きだけれど、一般的にはウケが悪いかもしれない。


 男性は舌打ちしてから、


「まぁいい……今はバカ息子への説教のほうが先だな」バカ息子……さっきのは息子さんか。つまりこの人は……息子を殴ったらしい。「まったくあのバカ息子め……何度私に恥をかかせるつもりだ」


 そんなことをブツブツ言いながら、男性は歩いていった。


 その背中を見ながら考える。


 ……虐待、だろうか。暴力が振るわれているのなら虐待で確定だろう。しかし殴られているのを実際に見たわけじゃないので証拠はない。


 ……追いかけるか? いや、取り合ってもらえるわけもない。教育方針に口を出すなと……また殴られるだけだろう。


 だったら少年を探すか……? いや、私よりも先に父親である男性が見つけてしまうだろう。私はこのお城の構造に詳しくないのだから、先に見つけられるわけもない。


 ……あの2人のことはアルマさんに聞くとして、とりあえずは書庫に入らせてもらおう。

 

 ……


 まったく異世界というのは波乱万丈だな。ただ書庫に行くだけで、いろいろな事が起こってしまう。師匠だったら大喜びだっただろうな。

 

 師匠のほうが異世界に向いてるよ……なんで私がこんなことに……

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