第17話 かくれんぼ

「客人とかくれんぼで遊んでいたら、それを忘れて放置してしまった……そういうことにしておくわ。暗殺者というのは勘違いだったみたい」

「……その説明で納得してもらえるんですか……?」

「納得してはもらえないでしょうね。でも、あなたの安全はある程度保証される」


 というわけで……私はかくれんぼの最中に不運にも放置された客人、という設定になった。このまま暗殺者だと勘違いされていたら動きづらかったので助かった。


 助かったけれど……ちょっと設定が雑な気がする。これくらい雑なほうが良いのだろうか?


 ともあれアルマさんがその情報を流して、しばらく時間が経過した。いきなり私が外に出たのではまた追われてしまうので、ある程度の時間を置く必要があった。


「レギスリーさんとの勝負は5日後。それまでは自由にお城の中を動き回って良いわ。なにか言われたら私の名前を出しなさい。ある程度の知名度はあるから」


 ……アルマさんって何者なのだろう。お姫様とかなのかな……だとしたら悪役令嬢だな。見た目と笑い方が悪役のそれだ。本当は優しいのだろうけど。


 しかし自由に動き回って良い、ね……


「つまり……5日の間にレギスリーさんについて調べて、勝負に勝て……ということですか」

「別に5日間遊んでも良いのよ? 最期の晩餐くらいは用意してあげるから」


 というわけなので全力でレギスリーさんについて調べよう。だけど……その前に調べることがある。


「図書室というか……資料が多くある場所はありますか? この国の歴史や特産物、地理などが知りたいのです」


 付け焼き刃でも良いから、この世界についての知識がほしい。なにかの役に立つかもしれないし、あまりにも無知を晒すのは面倒だ。それだけで信頼を失う可能性がある。


「書庫があるけれど……今はあそこは……」なにか問題があるのかと思っていると、「……まぁいいわ。あなたがどうやって対応するのかも気になるものね」


 書庫に何があるんだろう……猛獣でも飼っているのだろうか。だとしたら逃げたい。しかしさすがに猛獣はいないと思うので、ありがたく書庫に行かせてもらおう。


「じゃあ、行ってらっしゃい」アルマさんが手を振って、「1人でも寂しくて泣いちゃダメよ?」

「……善処します……」


 まったく自信がない。また怒鳴られたら泣いてしまいそうだ。私はとても打たれ弱いのだ。別の世界に来てしまったというだけで心が折れそう。


 というわけで部屋から出た。この世界のこのお城に来てから……はじめてゆっくりと中身を眺めた。


「……豪華なお城……」


 兵士に追われているときも思ったが、今はあの時より余裕がある。じっくりと内装を眺める余裕があるのだ。


 とはいえ私みたいな一般人には「あぁ豪華だなぁ」くらいの感想しか出てこないけれど。


 しかしデカいお城だった。ただの貴族の城にしては大きすぎる。王宮か何かなのだろうか。警備の兵も結構な数がいて、なんだかそれだけで緊張してしまった。


「……とにかく……書庫に行こう」


 もはやクセになっている独り言をつぶやきながら、私はアルマさんに教えてもらったとおりに歩いていく。


 廊下の隅っこのほうをコソコソ歩いていると、


「おい、お前」急に後ろから声をかけられた。「かくれんぼは終わったのか?」


 振り返ると……見覚えのある兵士さんがいた。最初に私を見つけて追いかけてきた人だ。


 いきなり追いかけてこないのと、かくれんぼという単語を使っていること……つまりアルマさんが作ってくれた設定が行き渡っているということだ。私はかくれんぼの最中にアルマさんに放っておかれたことになっている。

 

 少なくとも暗殺者という誤解は解けたようだが……まぁかくれんぼなんて事柄も信じられていないのだろうな。上の指示だから、嫌々従っているという印象だ。


「良いご身分だよなぁ」彼は挑発的に近づいてきて、「あの狂人に気に入られてお城を散歩か? どんな妖術を使ったのか知らないが、俺の目はごまかせないぞ」


 ごまかせたから私は生きているのだけれど。当然そんなことを言えるわけもなく、黙って彼の言葉を聞いているしかなかった。


「お前は悪人だ。どうやってアルマ様に気に入られたのか知らないが、きっとなにか問題を起こすだろう。そもそもアルマ様が気に入った人間なんて、まともなやつのはずがない」


 ……アルマさん……私以前にも変な人を気に入っていたんだろうな。そうやって連れ込んで、それらを繰り返していたんだろうな。


 ……今のアルマさんの周りに人がいないことを考えると……芸を見せられなくなったら殺すというのは本当なのかもしれない。これは頑張らなければ……


「なにか問題を起こしたら……即座に逮捕だ。あまり調子に乗った行動はするなよ」

「……はい……」犯罪行為が裁かれるのは当然だ。「それと……あの、すいませんでした……」

「……なんだ?」

「私が隠れたから……いろいろと、ご迷惑をおかけして……」

 

 私が言うと兵士さんは一瞬キョトンとした顔をしてから、


「……お前……まさかあの部屋に隠れてたのか? だから俺と兵士長の会話を聞いていたのか……?」


 隠れていることはバレていなかったのか。これは勇み足だ。


「はい……」

「……なるほど……そういえば、あの部屋そのものは調べなかったな……次は注意しなければ……」


 真面目か。真面目なんだろう。だからこそ、こうやって怪しい人物に話しかけているのだろう。


 口は悪いが悪人ではないのかもしれない。私とは正反対みたいな人だな。私は上辺は取り繕うが、中身は性格が悪い。

 

「まぁいい……アルマ様の加護にある以上、こちらからは手が出せん」アルマさんって、そんな偉い人なのか……「まったく……あの狂人も面倒事を持ってくる……」


 そうブツブツ言いながら、兵士さんは去っていった。なんだかストレスが溜まっているようで……その原因の一端が私にもあると考えると申し訳ない。


 ……


 なんだかムダな時間を取られたが……


「……書庫に行こう……」

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