第15話 フット・イン・ザ・ドア・テクニック

「話を遮ってごめんなさい。続けてちょうだい」

「……はい」今は説明を続けよう。「その一貫性の原理を利用した技術が……フット・イン・ザ・ドア・テクニックです」


 セールスとか押し売りとか……そんなことで使われたりもする。しかしこの世界にセールスとかがあるのか不明なので……別の説明を試みよう。


「簡単に説明しますと……最初に簡単な要求をします。例えば……『これから質問をしても良いですか?』というものでもOKです」


 1分だけでいいから話を聞いてください、とか……扉を開けるだけでもいいとか。できる限り簡単にすることだ。


「……それは、あなたが最初にした要求ね」

「はい。そしてアルマさんは……それを受け入れてくれました」

「そうね。断る理由はなかったわ」

「そうです」だから私はその質問をした。「次に私は……手を見せてくれませんか、と質問をしました。その質問に対しても、アルマさんは快く応じてくれました」

「……手を見ることに意味はなかったの?」

「……はい。私は手相なんて見れません」


 別に足でも良かった。口を開いてもらうことでも良かったし、目をつぶってもらうことでも良かった。相手が受け入れてくれることなら何でも良かったのだ。


 アルマさんが言う。


「じゃあ……次の『目を見て』という要求は?」

「それも意味はありませんよ。ここで重要なのは……YESなんです」

「……なるほど……つまり私は……あなたの質問にYESと返した、という一貫性を保とうとするのね」

「そのとおりです」話が早くて助かる。「最初に小さな質問を受け入れると、一貫性を保とうとするために……次の質問にもYESと答えやすくなります。そして少しずつ要求を大きくしていくと……」

「最終的に……重たい要求も通るってことね……」

「はい」


 まぁ……実際はうまくいかないことも多い。要求が重すぎたり、話の誘導を失敗してしまったり……いろいろな要因でNOと答えられることも多数だ。


 しかし……なにもしないよりはマシだろう。


「……じゃあ、未来予知については? どうしてあなたは……レギスリーさんのショーの日程を知っていたの?」

「残念ながら……私はショーの日程なんて知りません」

「……? どういうこと? あなたは『私の悩みが解決するキッカケが起こる』ということを予言したじゃない。それはショーが始まるってことを予見したのでしょう?」

「それも違います」


 そう勘違いさせただけだ。


 これ以上質問されても話が進まないので、私が続ける。


「要するにアルマさんは……YESと思っていたんです」

「……」少しは伝わったようだ。「……一貫性の原理?」

「はい。手を見せて、目を見て……それらの質問にYESと答え、一貫性が生まれた状態だったんです。ですから……『なにかキッカケがある』という言葉に対してもYESと答えたい状態にあった」


 アルマさんが素直な人で助かった。最初から否定したくて行動する人も世の中には多いのだ。


 私は続ける。


「つまりアルマさんは……キッカケを自分で探していたんです。そして悩みに対するキッカケなんて、そこら中に転がっているものです」

「……転がっている……?」

「はい。たとえば黒猫が横切ったとか、たまたま聞いた世間話の内容が参考になりそうとか、料理を褒めてもらったとか……なんでも良かったんです」

「つまり……」

「はい。レギスリーさんのショーの日程は……偶然です。しかし……私の質問にYESと答えたがっていたアルマさんは……『予言が的中した』と思ったんです。いや……思いたかったんです」


 要するに……勘違いなのだ。


 人間の認識なんてそんなもの。そう思いたいからそう思う。それだけなのだ。


 好きな人の行動は好意的に解釈したくなる。嫌いな人の行動は否定的に解釈したくなる。そうしたほうが心が楽だから。人は基本的に見たいところしか見ないのだ。


 たとえばアニメとか……そのアニメを好きな人は、そのアニメの好きなところを探す。逆に嫌いな人は嫌いな場所を探す。そんな状況だから界隈は荒れるのだ。


 どちらが良い、悪いってわけじゃない。人間はそういう生き物なのだ。間違っていると自覚しても行動を変えられない、愚かな生物なのだ。だからこそ愛おしいのだ。


「なるほど……」アルマさんが言う。「つまりは……ハッタリね?」

「……まぁ、広義で言えば……」狭義で言ってもハッタリかもしれない。「しかし……先ほども言いましたが、キッカケはどこにでもあります。アルマさんが私の言葉を肯定したいと思ったのなら、キッカケを見つける可能性は高いと思っていました」

「……気の持ちよう次第で、見え方は変わるってことね」

「はい」


 私が操作しようとしたのはそっちだ。未来なんて見えたわけじゃない。人の心を、ちょっと誘導してあげただけ。キッカケを見つけたのは……アルマさん自身だ。


「キッカケは……あなたと出会ったことかもしれないわね」……あんまり買いかぶられても困る。「よし……決めたわ」

「……なんですか?」

 

 嫌な予感がした。そしてそれは的中してしまった。未来予知でもできるようになったのだろうか?


「5日後……レギスリーさんと対決しなさい。つまらない勝負をしたら殺すわ」


 ……なんでそうなるんだろう……

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