第14話 一貫性の原理

 どれもこれも美味だった。泣きそうになるほど美味しかった。とはいえ泣いてばっかりでは食べられないので、なんとかこらえたけれど。


 身体がエネルギーを求めていたのだろう。少食の私としては異例の食事量だった。エネルギーを蓄えないと生きていけない、そう本能が叫んでいたのかもしれない。


「……ごちそうさまでした……」私は手を合わせて、頭を下げる。「生き返りました……ありがとうございます」


 本当に生き返った気分だ。重かった体も復活したように感じる。感じるだけで復活はしてないのだろうけど。


「どういたしまして。こっちとしても……そうやって楽しんでもらえると嬉しいわ」それが本音ならこちらも嬉しい。「また作っても良いかしら?」

「……逆に、良いんですか? 私は……お金なんて持ってませんよ……?」

「ペットに食事を与えるものだと思ってもらったら良いわ」私はペット扱いか……まぁしょうがないな。「あなたが芸を見せて私を楽しませてくれるのなら、私はあなたを育ててあげる」


 ……


 芸を見せたら、か。


「……その芸が見せられなくなったら……?」

「追い出すわ。当然でしょう?」飼うなら最後まで責任を持って……という私の常識は通じないのだろう。「あなたは私を楽しませる。私はその対価として衣食住を提供する。そんな契約関係ってことよ。ペットっていうのは言葉の綾みたいなもの」


 だがわかりやすい。私がアルマさんのペットになると考えるほうが理解しやすい。


 ともあれ……アルマさんが私のご主人様になるわけだ。しばらくは逆らえないだろうな。まぁ、殺されるよりはマシか。


 さっき私は未来予知という芸を見せた。その対価として食事をもらった。その関係を続けていこうという話。お互いにメリットがある行為という話。

 

 私に商品価値がなくなれば、アルマさんは私を容赦なく切り捨てるだろう。となると……この場所から逃げる方法くらいは確保しておきたいな。


「さて私のペットさん」

「……わん……」ちょっとふざけてみてから、「なんですかご主人様」

「さっきの未来予知……その種明かしをしなさい」


 そりゃ説明を求めるよね。


 さてどう説明したものか……最初から順を追って説明するか。


「今回私が利用したのは……一貫性の原理とフット・イン・ザ・ドア・テクニック、というものです」

「……なにかの呪文?」

「呪文ではありません。法則です」ちょっとうろ覚えだが……「一貫性の原理というのは……要するに『人間は同じ行動、同じ選択肢を選び続けたくなる。自らの行動に一貫性を持たせたい』という心理のことです」


 アルマさんが首を傾げたので、私が説明を続ける。


「たとえば……『俺はAという人間が嫌いだ』と周囲の人に言ったとします。その後Aさんと接してみて『あれ? そんなに嫌いでもないかな?』と思うこともあるでしょう」

「第一印象と異なるイメージを持つこともある、ということね」

「はい。ですが一度『Aが嫌いだ』と言ってしまった以上、すぐに『やっぱり違った』というのは大変なんです。できなくはありませんが……それには大変な犠牲を伴う」

「犠牲……?」

「一貫性のない人だと思われる、自分の選択を覆すために思考する……いろいろな障害が立ちふさがるのです」


 私が言うと、アルマさんが一瞬思考してから、


「なるほどね……よく、わかるわ」


 なんだか意外な一言だった。アルマさんは……こういう一般的な話には当てはまらない人だと思っていた。少ない労力で判断を変える人だと思っていた。一貫性がない人物だと思われても問題ない人だと思っていた。


 人に嫌われたって問題ない……そんなタイプだと思っていた。


 しかし通じたのは好都合だ。


「はい。なにより……自分の心と行動がズレている、というのはとても不快な状況なんです」認知的不協和、というやつだ。「行動ではAが嫌いだと言っている。しかし本心ではもう嫌っていない。その状況は一貫性がない状況になります。その状況を打破するには……」

「選択肢は2つね。やはりAは嫌いだったと無理やり思い直すか、行動を改めて謝罪するか」

「そのとおりです。そして……行動や意見を思い直して行動することは、とても難しい。だから自分の中で……やはりAさんが嫌いだと思い直す」


 あのアーティストが嫌いだとかアニメが嫌いだとか言っていて……思い返してみればそんなに嫌いでもない。だけれど一度口に出してしまったことはなかなか引っ込められない。


 好きなことでも同じだ。もうそんなに好きじゃなくても、好きだと言い続けるほかない。そうしないと自分の行動が一貫しないから。


 ネットで炎上する発言とかも……たぶんその一貫性が働いているのだと思う。自分にとっては一貫的な行動でも、他の人達から見れば頑固になっているようにしか見えないのだ。


 さて話を続けようかと思っていると、アルマさんが少しおとなしい口調で、


「……そのAさんは……もう一度、愛してもらえると思う?」

「……それは……わかりません。状況と対応による、としか……」

「……そうね。そうよね」


 ……なにか思い当たることがあったのだろうか。今の私の話に共感できることがあったのだろうか。知り合いに似たような状況の人がいたのだろうか。

 

 ……


 あるいは……アルマさん自身のことなのだろうか。愛して欲しい人が……いるのだろうか。

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