第11話 未来予知

「心が読めない……?」私の言葉に、アルマさんは首を傾げて、「心理学を学んでいるのに?」

「……心理学を学んでも心は読めないのですよ」学んだと言っても、かじった程度だけれど。「人の心は不可侵領域なのです。そこは誰だろうと侵してはならない。そんな権利は誰にもありません」


 人は心が読めないから生きていけるのだ。読まれないから生きていけるのだ。自分の思考が読まれているなんて思ったら生きていけない。


「ふむ……」少しは興味を持ってくれたようだ。「レギスリーさんは私の心を読んでみせたわ。それはインチキだっていうの?」

「インチキだとは言いませんが……そもそも私はレギスリーさんを知りませんし」名前しか聞いたことがない。「おそらく心理学とは別の技術を使ったのでしょう。心は読めなくても、相手の行動をある程度予見することはできます」

「……相手の行動が予見できるのは、心が読めたからじゃないの?」

「……ちょっと違うんですけど……」なかなか説明しづらい事柄だ。「人間にとって普遍的な行動が多くなる場合があるんです。だから予見することもできるかもしれません」


 なんてヘタな説明だ。やっぱり私は口下手だ。


 しかし、そんな雑な説明が功を奏したようだった。アルマさんは謎があるくらいの会話のほうが好みらしい。


「じゃあ、なにかやってみせなさい」

「……なにか、とは?」

「私の行動を予見しなさい。心は読まなくていいから」

「……ですから心理学というのは――」

「予見はできるのでしょう?」


 することもできるかもしれない、と濁したつもりだったんだが……


 とにかく予見か……この状況ならやるしかない。そしてできる可能性はある。


 前の兵士さんと同じだ。まずは誘導から……


「その前に1つ質問なんですが……質問してもよろしいですか?」

「質問? いいわよ」

「ありがとうございます」しっかりと頭を下げてから、「手を見せてもらえますか?」

「……? 手相でも見るの?」

「手相ではありませんが……似たようなものかもしれません」


 差し出された右手を私は観察する。


 キレイな手だった。傷ひとつない美しい右手。

 

 観察している間に次の質問を考える。右手なんて興味ない。時間を稼ぐために質問しただけだ。


「ありがとうございます。では次に、私の目を見ていただけますか?」

「目を? こう?」


 じっくりと見つめ合う。なんとも美しい瞳だ。吸い込まれてしまいそうだった。この美しい顔を直視するのは刺激が強かったので、別の質問をするべきだったと思った。


「なるほど」私は適当に言ってから、「では……私の動きを真似してみてください。ご安心を、誰にでもできる簡単な動きです」


 言ってから、私は右手を握る。アルマさんが同じ動作をしていることを確認してから、左手も握った。それからゆっくりと両手を開いて、


「ありがとうございます。わかりましたよ」しっかりと頭を下げてから、「アルマさん……最近、悩み事がありましたよね」

「……そうね。悩んでいることは、あるわ」

「では本日……その悩みごとに対する、なにかしらのキッカケが訪れます」

「……キッカケ?」

「はい。どんなキッカケかはわかりません。悪い方向に向かうキッカケかもしれませんし、良い方向に向かうキッカケかもしれません」

「ふぅん……」この人の、ふぅん、は結構な威圧感がある。「もしもそのキッカケがなかったら?」

「煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」

「わかったわ。今日、なにかキッカケがあるのね」


 よし……これで今日は生き残れる。なにもなさそうだったら逃げよう。


 ……今年中にとか言えばよかったかな……そしたら今年は生き残れたかな。


 なんてことを思っていると、


「……?」部屋の扉がノックされた。「誰か来たみたいね……」

「お客様、ですか?」

「たぶん兵士の誰かでしょう」……私を探しに来たのだろうか。「物音を立てないでね。ここは私しかいないことになってるから」


 ……つまりこの人は……暗殺者を勝手に連れ込んだってことか。私が暗殺者じゃなかったから良かったが、本物の暗殺者だったらどうするつもりだったんだ。


 ともあれアルマさんが立ち上がって、扉に近づいていった。私のいるベッドはクローゼットで隠れているので、見つかることはないだろう。なんか最近の私はよくクローゼットに助けられているな。


「――」

「――」


 兵士とアルマさんの会話が聞こえる。といっても声が小さいので何を言っているのかはわからない。もしかしたら暗殺者の居所を聞いているのかもしれない。


 しばらくして、


「……驚いたわ……」アルマさんが言った。「あなた……やっぱり妖術使い? 未来予知でもできるの?」


 ……


 どうやらツキは私にあるようだった。

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