第10話 あなたが決める?

 どこかわからない場所で、謎の女性と2人きり。しかも……つまらないからという理由で殺される可能性もあるらしい。


「妖術も使えないし暗殺者でもない……だったらあなたには興味ないわよ。さっさと警備に突き出して、処刑してもらおうかしら」

「それは……ちょっと、困りますね」

 

 まだ死ぬわけにはいかないのだ。さっさと元の世界に戻らないと師匠を心配させてしまう。


「ふぅん……」彼女は私の目を覗き込んで、「前も思ったけれど、ポーカーフェイスなのね。殺すなんて言われて焦らないなんて」

「焦ってはいますよ。ただ……表情に出ないだけで」子供の頃からそうだった。「苦手なんです。感情表現というか……驚いたり喜んだりするのが」


 だから、いろいろと勘違いされることも多い。怒るべき場面で怒らずに気味悪がられて、喜ぶべき場面で無表情でいたら怒られたり……まぁいろいろある。


 喜んでいないわけじゃない。悲しいことがあれば悲しいし、楽しいことがあれば楽しい。怖いことは怖い。でも……表情が連動しないだけ。

 

 今だって死ぬのは怖い。どうにかして死を回避しないといけないと思っている。


 とにかく……少し話をそらそう。そうしていたら彼女の気も変わるかもしれない。


「そういえば……私の近くに猫がいませんでしたか? 小さい黒猫なんですけど……」

「ああ……あの子ね。あなたの飼い猫?」

「いえ……衰弱していたので拾っただけです」私は生き物を飼えるほどの余裕がない。「どこにいるか、わかりますか?」

「あなたの後ろよ」


 後ろ……? 言われて振り返ると……


「あ……」


 今まで気が付かなかったが、私の背後の壁の近くに毛布がおいてあった。そしてその中には毛布にくるまってスヤスヤと眠る黒猫の姿がある。


 どうやら食料を与えてもらえたようで、ずいぶんと穏やかな寝顔を見せていた。かわいい。


「ありがとうございます。助けてくれたんですね」

「黒猫は不吉を呼ぶっていうじゃない? 近くにおいておいたら呪われるんじゃないかと思ったのだけれど……今のところ効果はないわ」

「そりゃあ……迷信でしょうからね」

「やっぱりそうなのかしら。つまらない」


 ……呪われたくて黒猫を助けたのか……なんか変な人だな。


 ともあれ、次の質問。


「お名前は……?」

「まだ決めてないけれど……あなたが決める?」

「……?」

「……?」話が噛み合っていないことを察した彼女が、「ああ……私の名前?」

「あ……すいません。言葉足らずでした」


 今の会話の流れでは、黒猫の名前を聞いた感じになるよな。


 ともあれ彼女は自己紹介をしてくれた。


「私はアルマよ。アルマ・ティミッド」

「……アルマ、さん……」


 聞いたことがある名前だった。私を追いかけていた兵士が口にしていた名前だ。


 兵士の言っていた情報によると嫌われ者みたいだが……こうして話してみた感じ、悪い人には見えない。狂っているのはそうなんだろうけど。


 彼女――アルマさんは言う。


「つまらない世間話ね。名前なんてどうでもいいでしょう?」だから私の名前を聞かれないのか。「もっと面白い話はないの? ないのなら、さっさと処刑するけれど」

「それは困ります」本気で困る。「どうすれば……許してもらえますか? 無理やり逃げるのは不可能そうなので、なんとか対話で乗り切りたいです」

「そうねぇ……じゃあ、あなたの特技は?」


 特技……特技……


 ない……ないな。どうする? このまま特技がないって正直に言うと殺される可能性がある。つまらないから、という理由で殺される。


 言葉が途切れると怪しまれるので、適当に話し始める。


「一応心理学は学んでいましたけど――」

「へぇ……」やたらと食いついてきた。「それは面白そうね。なにかやってみなさい」

「……なにか、とは?」

「そうね……今私が考えていることを当ててみなさい。私の心を読むの。そうすれば、見逃してあげるわ」


 ……なるほど。この人も心理学のことを勘違いしているタイプか。


 ……さてどうする? このままインチキ心理学者としての道を歩み始めるか? 適当にトランプマジックでも披露するか? そうすればもしかしたら逃げ切れるかもしれない。


 そもそも目の前のアルマさんは私の心理学に興味津々だ。どうやって自分の心を読むのかと、とても楽しそうにしておられる。


 だったらここは乗ってあげるべきだろうか? 適当にトランプの数字でも言い当てれば喜んでくれるだろうか。


 ……


 ……


 私の返答は決まっている。


「申し訳ありませんが……私にはアルマさんの心が読めません」

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