第4話 この部屋

 まったく今日は厄日だ。あるいはひどい悪夢だ。


 どこかよくわからない場所で、謎の兵士に殺されかけている。暗殺者なんて濡れ衣をかけられて、命の危険が迫っている。


 私は部屋の窓を開けて、その部屋を出た。


 背後から、


「逃さん!」


 そんな大声が聞こえてきた。男性の大声が向けられるのは割とトラウマなので、それだけでビクッとしてしまった。


 とはいえビビっている暇はない。さっさと逃げないと殺されてしまう。


 心臓が破裂しそうなくらい鼓動していることに、今さら気がついた。どうやら異常な興奮状態なようで、冷静になれる気がしない。


 そんなときこそ冷静に。できる限り落ち着いて。まず慌てていることを認識することが落ち着く第一歩だ。


 私は一瞬だけ立ち止まって、息を1つ吐いた。そしてすぐに周りを見回す。逃げ道を探すためだ。


 しかし……どっちに行けば良い? 部屋を出ても見覚えのない廊下が続くだけだった。


「ヘタな方向に逃げたら他の兵士に見つかる……」ブツブツ言いながら、私は考える。「他の兵士が絶対にいない場所……そこに逃げないといけない……」


 しかし……そんな場所が存在するのか? 存在したとしても私がその場所を知らなければ意味がない。この場所は私にとって、完全に未知の領域なのだ。


「……どうする……? グズグズしてたら、さっきの兵士さんも来ちゃうし……」


 そこまで言って、気がつく。


 そうだ……さっきの兵士さんはどこに行った? とりあえず真っ直ぐ追いかけては来ないようだ。部屋の中に入って私と同じように窓を乗り越えるという手段は取らないようだった。


 迂回してきているのか……あるいは……


「仲間を呼びに行ったか……」


 さっきの会話はまるっきりムダだった、というわけでもないらしい。仲間さえ呼べば問題なく確保できるという結論に至ったようだ。私に機動力がなさそうなのが幸いしたな。


「とはいえ時間がない……どこに逃げれば……」


 お城の外……? いや、どこが出口なのかもわからない。出口を見つける前に他の兵士に見つかるのがオチだ。


 逃げようとするなら警戒が薄まってから。つまり、どこかで時間を稼ぐしかない。


 ならば……


「今現在に兵士がいないと断言できる場所……」


 扉を開けて兵士がいたら終わりだ。その状況で……唯一私が兵士がいるかどうか認識している場所。


 そんな場所は1つしかない。


「……この部屋だ。さっきの部屋」


 私が最初に目覚めた場所。黒猫さんを拾った場所。ついさっき逃げ出してきた場所。


 まさか見つかった場所にもう一度隠れるなんて、誰も想像していないだろう。思考の裏側に入り込めたら、見つからない可能性だってある。


 というわけで私は再び部屋の中に戻る。すぐにさっきの兵士さんが仲間を連れて戻ってくるだろうから、時間がない。


 大きいクローゼットを見つけて、その扉を開ける。


 大きさは十分。私が入り込んでも問題なさそうだった。中に服が一つもないところを見ると、この場所は空き部屋なのかもしれない。


「ごめんね……狭いところに閉じ込めて……」


 黒猫さんに謝りながら、私はそのクローゼットの中に入った。


 クローゼットの扉を閉めると、真っ暗になった。光はまったく入ってこなくて、上下の感覚も薄れていきそうだった。ただ暗闇が怖いと思った。


 ……逃げるべきだっただろうか。イチかバチか飛び出して出口を探すべきだっただろうか。


 いや……逃げ切れる状態じゃない。黒猫さんを抱えて逃げるのは無理だ。そもそも私の体調も良くない。今は隠れてやり過ごすしかない。

 

 走ってもいないのに息が切れていた。冷や汗が額を伝って地面に落ちていった。空気が薄いのか、考えることも億劫になってきていた。


 どうか見つかりませんように……そう祈って、私はクローゼットの中にとどまり続けた。


 ……


 ……


 しばらく、時間が経過した。それはほんの数分のことだったのだろうけど、私にとっては永遠みたいな時間だった。


「――! ――――!」


 遠くから声が聞こえてきた。そしてその声と足音はドンドン近づいてくる。


 どうやらさっきの兵士さんが仲間を連れて戻ってきたようだった。


 ……


 ……


 見つかったら、終わりだな。あの感じだと問答無用で殺されてしまうだろう。

 

 ……


 まったく……


 なんでこんなことになってしまったのだか。

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