第3話 呪い殺すつもりなのか?
もちろん私は暗殺者ではないし、この黒猫さんが暗殺者なようにも見えない。
つまり暗殺者というのは彼の勘違いなのだけれど……まぁ勘違いも本人が思い込んでいれば真実になるのだ。
扉を開けて現れたのは……兵士だった。ガタイの良い男性で、見るからに切れ味の良さそうな剣を持っていた。絶対に銃刀法違反のレベルだろう。
その人はゆっくりと部屋の中に入ってきて、
「ようやく見つけたぜ……こんなところに隠れてやがったか」
「……隠れる……?」隠れているつもりはない。「あの……暗殺者って、なんのことですか?」
「とぼけやがって。アルマ様を殺しに来たんだろ?」……アルマ様……? 名前も知らない。「まぁ、あんなイカれたやつが殺されたって問題ないけどな……むしろ殺してほしいくらいだが、侵入者は排除しないといけないんでね」
なかなか評判の悪い人物なようだ。アルマ様というのは結構恨まれている人間らしい。暗殺者に狙われて、おそらく警備の兵にも悪く言われているのだから。
逆に会ってみたいな。
ともあれ……なんだか私は暗殺者だと勘違いされているようだった。まったくもって事実無根なのだが、このままでは切り捨てられそうな雰囲気だ。
「あの……」
「なんだ?」
「この黒猫さんは……誰かの飼い猫なんですか? とにかく……衰弱しているようなので、治療をしてもらえると……」
「黒猫だと……?」なぜかにらまれた。「暗殺者ってのは不吉な生き物を飼ってるんだな。そんなもん連れてきて……誰かを呪い殺すつもりなのか?」
「呪いって……」
そんなものは信じていない。黒猫が不吉なんてのも大昔の話だろう。
しかし……目の前の男性は黒猫が不吉なものだと信じている様子。
「まぁいいさ。猫ごと殺してやるだけだ」
そんなことを言われて、黙って殺される訳にはいかない。
しょうがない……少しごまかしていくか。
「なるほど……私のことを、殺すということですか?」
「ああ。そう言っているだろう?」
「この黒猫さんのことも……?」
「だからそうだと言っているだろう」
「では……私と黒猫ならどちらを殺しますか?」相手の返答より先に、「当然……両方ですよね。私は怪しくて、黒猫は不吉なんですから」
兵士は戸惑ったようにうなずいた。なぜ私がこんなことを言っているのか、理由がわからないようだった。
この会話には当然意味があるのだが……詳しく考えている暇はない。
「では私を取り逃がすことと、殺すこと……これも当然殺すことが優先ですよね」
「なにを当たり前なことを……」
「では……今ここで取り逃がすことと、後になって殺すこと……それならばどちらが良いですか?」
「そりゃ……最終的に殺せれば問題ないけどな……」
「そうでしょう?」なかなか理性的な人なようだ。助かる。「では……今ここで私と黒猫を同時に始末することは難しいかもしれません」
相手が話すより早く言葉を重ねていく。私自身もかなり焦っているようで……ゆっくりと喋ることを心がけているが、それでも早口になっている気がする。
「少し前にあなたはお仲間を呼びました。しかし……まだ仲間は来ない」察するに、ここは人の少ない場所なのだ。大抵の兵士が素通りしていく場所。「あなた1人で私と黒猫を殺す……それらを実行しようとすると、どちらかを取り逃がします。二兎を追う者は一兎をも得ず、ですよ」
目の前の兵士さんは、良い感じに混乱してくれたようだった。
「……つまり……なんだ?」
「ここで私たちを襲うか、仲間を引き連れて戻ってくるか……そのどちらが最良の選択か……それはあなたなら簡単にわかると思います」
最良の選択は簡単だ。今ここで私を殺せば良い。私に戦闘能力なんてないのだから、襲われたら一巻の終わりだ。
だが少しでも……少しでも兵士さんの心が傾いてくれたら……少しで良いのだ。ほんの少しだけ『仲間を連れてこよう』と思ってくれたら……
そこで後押しをしてみる。
「これほどの警備から逃げ切れるとは思いません。このあたりにいることがわかれば……きっと捕まえることができる。そうだと思いませんか?」
兵士さんは一瞬だけたじろいだ様子を見せた。仲間を呼ぶべきか迷って、それから……
「口車には乗らんぞ。今ここでお前を捕まえたほうが早い」
はい、そう思います。
というわけで交渉失敗。物語にみたいにうまくいかないものだ。
心理学とはそういうものだ。魔法でも奇跡でもない。失敗することもあれば的はずれなこともある。
ならば……もうやることは1つしかない。
「ごめん……!」
私は黒猫さんに声をかけて、その小さな体を抱きかかえた。
そしてそのまま……真後ろにあった窓から部屋を脱出したのだった。
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