第七章

ゆらゆらと、そしてまたゆらゆらと

 忘却の都ノアの眠る巨大な森に、朝日が差しこむ。

 この森はまるで海のよう――ひとたび飲みこまれたなら、海の中で溺れる人のように、前も後ろも右も左もわからなくなってしまうほど樹海という言葉がよく似合う。

 タテガミは慎重に神経を研ぎすまし、耳から入りこんでくる情報に気を配りながら歩いた。森の景色をながめる余裕もなければ、仲良くおしゃべりを楽しむ余裕もない。いつまたカニバルが襲ってくるかわからない。

 ネジ式の話では、忘却の都まで、歩いてあと一日の距離。しかし気配を殺し、辺りに気を配りながら進むとすれば、おそらく予定通り到着するのは難しいだろう。

 険しい森の中を、一歩ずつ踏み出すように進む。茂みの中に動物を見つけるたびに息を飲み、木の上でさえずる鳥の鳴き声にまでびくっとした。鳥達が、まるでカニバル達に自分達の居場所を教えているように感じたからだ。

 皆黙々と歩いた。どのくらい進んで、どのくらいの時間がたったのか? 深い森の中にはうっすらとしか光は差しこんでこない。

 カニバルの叫び声は昨日の夜に聞こえたきりだ。しかし森のどこかに潜んでいるのはわかっている。果たして何人いるのか? どこにいるのか。全てわからないままだった。

 皆は休むことなく森の中を歩いた。当然疲れていたし、お腹も空いていたが、ひたすらに歩き続けた。とても腰をおろして休めるような状況ではなかった。

 湧水を見つけ、冷たい水で顔を洗う。地面に顔をつけるようにして水を飲んだ。

 体が乾いている。軽く木の実を口に運んだノアは、これから登らなくてはならないのであろう山を見あげ、ため息をついた。

「ネジ式、今、どのくらい進んだのかしら?」

 朝一番で出れば夕刻には着く。そのはずだったが今日中には無理だろう。

「そうですね、今日予定していた距離の、まだ三分の一ほどでしょうか? しかしそろそろ日も沈みます。一層警戒しなくてはならないでしょう」

 昨晩からモヒは一言もしゃべらなかった。きつく木刀を握りしめたまま、どこからでも来い! と言わんばかりに警戒し続けていた。タテガミも言葉少なくなっていた。

 山を登り始めてすぐに、森はどっぷりと暗く染まっていった。視界のきかないノアにとって、暗闇での山登りなど、困難極まりなかった。

「どうする? 今日はここで休むか?」

 タテガミが言ったが、本当はもう少し進みたいのだろうとノアにはわかった。

「そうですね、このまま無理をして進んでも、ミスをして見つかってしまっては、意味がありません。今日はここでおとなしくしましょう」

「じゃあ……二人ずつ交代で休もうか」

「私は休息は必要ありません。みなさんで交代で休んでください。どなたかお一人、私と見張りをしましょう」

「ノアは休んでていいよ。おいらとモヒで、交代で見張るからさ」

「でも……」タテガミは高い聴力や嗅覚を持ち、モヒは強い腕力を持っている。ネジ式のように休まず動き続ける体も持っていないノアは、申し訳がないと思った。

「適材適所だろ?」

 一日ぶりに口を開いたモヒが、冗談めいて笑った。皆同じように一日中神経をすり減らしている。それでも疲労の色を隠して気遣ってくれる。

 それがわかりノアはとても嬉しかった。

「ごめんね、皆。甘えさせてもらうね」

 ノアは木の根元で休んだ。瞼を閉じたノアは、瞬く間に眠りの世界へと落ちていった。


 真っ暗な闇が支配する森の中で、静かに息づく鳥や虫の鳴き声、風にゆれる葉がザワザワと、何かよくないことを予告するように騒ぎ立てている。

 生い茂った葉の隙間から一筋の月明かりが差しこむと、白い悪魔は燃えるような赤い眼差しで、まっすぐにこちらの様子をうかがっていた。気配を殺し、闇夜にギラギラと殺気だけをちらつかせながら、赤い目の数が次第に増えていく。

 タテガミもモヒもネジ式も、皆カニバルの存在に気づいていないのか?

 皆は枝を集め火を起こすと、それを囲み座りこんでいるようだった。

 一番後からやってきたとても体の大きなカニバルは牙をむき出し、後は一斉に襲いかかるだけとなる。差しこんだ月明かりが厚い雲の中へとその身を潜めたとき、闇を切り裂くような雄叫びがあがった。

 一斉に襲いかかるカニバル達の叫び声と地響きで、三人はやっと敵の存在に気づき、態勢を整えようとしたが、それは全く無駄なことだった。

 気づくのが遅すぎたのだ。初めに襲いかかったカニバルがネジ式の頭を弾くと、いとも簡単に、彼の頭は胴体から離れていった。続いて押し寄せたカニバルの爪の餌食になったタテガミとモヒも、無情にも四肢はバラバラにされていく。 

 タテガミ達の返り血を浴びたカニバルの真っ白な体毛は、瞳と同じ燃えるような赤い色だった。恐怖と絶望と、そしてカニバル達の叫び声がその場に渦を巻き絡まっていく。

 カニバル達は、その鋭い爪でタテガミやモヒの肉をさらに切り刻み、喜びの奇声と共にその肉を分け与えていくが、ノアには決して触れようとはしない。

 放心状態のままノアは立ちつくした。ノアの体にも血がべっとりとついている。

 燃えるように赤い、仲間の血……。

 あの子供のグースーの心臓に、ナイフをつきさしたあのとき浴びた血よりも大量に、赤く自分を染める、タテガミとモヒの……。

 ノアは自分の体に浴びた血の痕を見て体を震わせていた。擦っても擦っても落ちない赤い血は、まるでノアの内側からわき出ているようだ。

 群れの中の一際大きなカニバルがノアに近づいてくる……。

 ゆっくりと、そしてまっすぐに……。

 白い悪魔の目は燃えるような炎の赤い色……。

 ゆらゆらと……そしてまたゆらゆらと……。


「起きろ! 起きろ、ノア!」

 耳元の叫び声でノアは目を覚ました。タテガミが血相を変えノアをゆすり起こしている。

「タテガミ? 夢?」

 寝起きで状況の飲みこめていないノアに、タテガミが真剣な表情で言った。

「カニバル達がこっちに向かって来てる! 早くここから離れよう!」

 ノアが辺りを見回すと、側には頭の離れていないネジ式と、バラバラになっていないモヒがいたが、二人とも森の一方向をじっと睨んだまま構えている。夜明け真近なのか空はうっすらと明るかったが、森の中はまだ暗い。

 森の奥から複数のカニバル達の叫び声が聞こえてきた。

「ノアさん、行きますよ!」

 ネジ式はまだ暗い足元を目から放つライトで照らして、ノア達に先に進むように指示した。タテガミに続いてノアが山をかけ登り、後ろからネジ式がノアの足元を照らし、最後にモヒが続く。

 頂上に着く頃には、三人とも息を切らしふらふらになっていた。東の空は明るい。ライトを消したネジ式は「ここから一気に山をかけぬけましょう」と飛び出した。

 後方からカニバルの雄叫びが迫る。ノアたちの居所をつき止め、その場所を仲間に示すかのようだ。あまりにも早い追跡に思われたが、それも当然だった。この森を縄張りとする彼らにとって、森の移動などたやすいのだ。

「迷ってる暇はなさそうね!」

 ノア達はネジ式の辿った下り坂を、転げ落ちるように走った。落とすことのできないスピードに、枝葉が体に当たりミミズばれになっていく。鋭い枝が獣の爪のように体に切り傷をつける。

 一気に山をおりた皆は、休む間もなくネジ式を先頭に走り続けた。誰一人、ふり返る余裕などなかった。カニバルの叫び声がすぐ後ろに迫っている。慣れない森の中を必死に逃げたが、カニバルとの距離はみるみるうちに詰められていった。

 このままでは追いつかれる。

「この先に崖があるはずです! その崖にカニバルを落としましょう!」

「崖?」

 ノアは、走りながらも落ち着きを取り戻すと、すぐさま作戦を考え始めた。

「タテガミ! カニバルは今どのくらいまで来てる⁉」

「すぐだ! すぐそこに一人迫ってきてる!」

「ネジ式! 警告音を出してカニバルをおびき寄せて時間をかせいで! 私達はその隙に崖まで行って準備をしておくわ。引きつけたら静かにして隠れていて!」

「わかりました!」

 ノアはタテガミとモヒを連れ、そのまままっすぐネジ式の言う崖へと向かった。ネジ式はさっそく警告音を出しながら、ノア達から少し左にそれた薮の中へ走りこんでいった。

 カニバルはすぐさま追いついた。ネジ式の逃げる音を聞きつけると、仲間達にその場所を教えるように雄叫びをあげながらネジ式を追った。

 崖まで辿り着いたノアは、腰にさげた袋から、先の尖ったグースーのあばら骨を何本か取り出してタテガミとモヒに渡した。

「これを岩壁の隙間になんとか打ちこんで!」

 タテガミとモヒが、ノアが何をしようとしているのか理解して、黙って力強くうなずくと、すぐさま崖に体を乗り出すようにして、背一つ分ほど下方に、骨を打ちつけ始めた。タテガミがその体の身軽さを使って崖に掴まったまま、岩壁の隙間に骨を当て、崖の上からモヒが持っている弓なりの幅広い木刀をふりおろして打ちつけていく。すぐに何本かの骨が岩壁からつき出した。準備をするとタテガミとモヒは近くへ隠れた。

 ネジ式の警告音が鳴りやんだ。

 ノアは崖ぎりぎりに立ったまま、カニバルのやってくるであろう方角をにらんで、骨笛を取り出すとそれを誘うようにふり回しながらゆらぐ音を鳴らした。

 すぐ近くでネジ式を見失ったカニバルが、新たに鳴り響く骨笛の音に反応し、ノアへ視線を定めると、うめき声をあげながら一直線にノアへ向かってかけ出してくる。

 カニバルの燃えるような赤い眼差しににらまれたノアは、恐怖で足は震え、体の自由を奪われていく。ギリギリまで引きつけなければならない。白い悪魔がその鋭い爪をふりかざして飛びかかると、ノア目がけてその爪をふりおろした。カニバルの爪の先端がノアの左の鎖骨をかすめた。すかさずノアは後ろ足にかわすと崖へと落ちていった。

「ノアさん!」

 ネジ式は飛びこむような勢いで崖へ向かった。すぐそこにカニバルが立っている。その姿の向こうにノアが消えた崖があった。ネジ式はカニバルの存在を忘れて、ノアを助けようと無謀にも崖へと飛びおりようとしていた。

 ネジ式が飛びおりるよりも早く、すぐ側で潜んでいたタテガミとモヒが飛び出すと、カニバルの大きな白い背中へと激しく体当たりした。

 カニバルは高い悲鳴をあげながらそのまま崖を転落していった。

 悲鳴は辺りに響き渡りしだいに小さくなって消えていく。その悲鳴の長さから、その崖がいかに高いかがわかった。 

 崖からノアの声がした。状況が飲みこめず呆然としていたネジ式は、はっとして崖を見おろすと、岸壁の隙間に打ちこまれた何本かのグースーの骨を足場にして、その上に立ったノアがこちらを見あげている。

「あぁ! あぁ!」

 ネジ式は言葉にならない声をあげていた。事前に作戦を知らされていなかったネジ式は、本当にノアが落ちてしまったのだと思ったのだ。

 タテガミとモヒが手を伸ばし、ノアを引きあげる。ノアは上気した顔でやっと崖からはいあがると、にっこりと「ごめんごめん」とネジ式に向かって謝った。

 辺りには別のカニバルの叫び声が小さくこだましている。喜びあっている暇はない。

「また次のカニバルが現れる前に、この場を離れましょ」

「はい!」

 ネジ式を先頭に崖沿いの下り坂を進む。暫くすると、さっきまでいた崖上にカニバル達が集まってきたのか、不安げな雄叫びが聞こえてきた。崖底に転落する叫び声を聞いて集まったカニバル達は完全に獲物を見失い、路頭に迷って悲しげな声をあげていた。

「そのまま迷っててくれよ!」

 少しほっとしながら崖をおり、さらに奥へ進む。ネジ式の速度がどんどん早くなる。

「もうすぐです! もうすぐ〝ノア〟が見えてくるはずです!」

 そのネジ式の言葉に皆の期待も高まっていた。

 しかしこんな深い森の奥に本当に都などあるのだろうか……。

 そう思った瞬間、辺りをつんざくような咆哮がノア達を襲った。辺りの木々は細かく震え、その振動までもが、体にビリビリと伝わってくる。

 その場の全てが震えあがった。ノア、タテガミ、モヒはもちろん、空気までもが震えあがっているようだった。忘却の都を目前にして、警戒心のゆるんだ隙をねらったかのように、森の木々の上で気配を殺して、待ち受けていたカニバルが飛びかかってきたのだ。

 突然の襲撃だった。わけもわからずその場に飛びふせると、すぐ後ろでドシンと地が響いた。倒れたノアがふり向くと、ふせたすぐ後ろには、鋭い爪を地面につき立て、真っ白な毛を逆立てた悪魔が、捉えられなかった獲物を惜しむかのように叫び声をあげていた。

「ノア! 大丈夫か⁉」

 タテガミが、ノアにかけ寄り起きあがらせる。あまりの恐怖でノアの腰はぬけていた。ガクガクする足でタテガミの肩に手を回し、引きずられるようにその場を離れようとして、二人ともその場に倒れこんだ。燃えるような赤い目は好機を逃さなかった。血に渇いた牙をむき出し、鋭い爪を再びふりかざす。ノアとタテガミは、自分達を死へと導くふりあげられた爪と、白い悪魔の赤い目をはいつくばって見あげた。

 やられる! その時だった。死を覚悟した二人の目に信じられないものが映った。止めをさそうと迫るカニバルの胸元に、見覚えのある骨の首飾りがあったのだ。

 二人は死をも忘れて言葉を失った。それはノアの首飾りと、全く同じ首飾りだった。

 ネジ式が、警告音を大音量で発した。突然の音に驚いたカニバルは身の危険を感じて、後ろへと飛びのいた。近くにいたモヒはその隙を逃さなかった。木刀を握りしめるとカニバルへ飛びかかっていき、左目を突いた。左目を潰されたカニバルは強烈な悲鳴をあげた。

 苦痛と怒りに歪む雄叫びで、森全体が揺れた。

「立て! 早く身を隠すんだ!」

 モヒの叫び声で我に返った二人は、森の木々の中に体を隠し気配を消した。苦痛に体をよじるカニバルのすぐ脇の木に、モヒはすばやく登り身を隠した。警告音を止めて、ネジ式も身を潜めている。

「あれは……あれはっ……お父さんの首飾り……」

 ノアは体の震えを止められなかった。次々と涙が溢れてくる。

 どうしてお父さんが? もうじき村へ帰ってくるはずだったのに……。

 どうして……どうして……どうして……⁉

 ノアと共に隠れたタテガミも信じられない表情のまま固まっていた。

 どうしてお父さんがカニバルなんかに!

 ノアの表情が、怒りに歪んでいく。濡れた瞳は、出会ったときのモヒと同じ色をしていた。理不尽な身内の死に復讐心を抱くモヒそのものだった。

 どうして! どうしてお父さんがこんな目に合わなきゃならないのよ!

 ノアはあのとき、復讐に燃えるモヒの気持ちなど少しも理解できていなかった。皮肉にもこんな形で知ることになろうとは……。

 許さない……

 カニバルは、目を潰された痛みと、獲物を逃した屈辱で、怒りに身を震わせていた。

 許さない……

 ネジ式は、どうすればこの最悪な状況をぬけ出せるか、冷静に考えていた。

 許さない……

 タテガミは、震えながらただ息を殺し、気配を消していた。

 許さない……

 モヒは木の上に潜み、武器をカニバルの脳天にふりおろすことだけを考えていた。

 私は、絶対に許さない!

「ぅぁああああああ!」

 その場にいた全員の耳に、ノアの叫び声が響いた。その声は、呻きともがなりともとれない、体中から命を絞りだすかのように、吐きあげる声だった。

 ノアは、震えるタテガミの腰から牙のナイフを引きぬくと、奇声をあげ突進した。ノアの目には、もはやカニバルしか映っていない。

「ノア!」

 怒りに我を忘れて突き進むノアに、皆何もできずに立ちすくんだ。

 ただ一人、白い悪魔をのぞいては。

 白い悪魔の心は歓喜で満ちていた。取り逃がした獲物が、再び目前にその姿をさらけ出したのだから。こちらへ向かってくる柔らかい肉の塊へと、恍惚の眼差しを向ける。おまえの血を、この体いっぱいに浴び、おまえの肉で、この胃袋を満たそう。彼の右目の瞳孔が開かれる。牙をむき出した瞬間、頭上からモヒの叫び声があがった。

「ノアー!」

 注意をそらすため、モヒは叫びながらカニバルへ飛びかかった。ノアが着くよりも早く、ノアの走る道筋を塞ぐように、モヒがカニバルに覆い被さったのだ。

 白い悪魔を殺すためではなく、ノアを守るために……。

 色めいた眼差しがモヒに移り、一段とその色を輝かせた。こいつは俺に苦痛を与えた獲物! 俺はおまえを許さない! カニバルは飛び掛かったモヒをかわし、鋭い爪でモヒの肩を抉るように掴みあげた。易々と高く持ち上げたかと思うと、喉元に食らいつく。

「ぐはぁっ……!」

 視界一帯に、モヒの血が吹き出した。カニバルはモヒの喉元を食いちぎると、武勇を知らしめるごとく、もう一度モヒを空高く掲げた。高くあげた右腕の先で、折れ曲がったモヒの首元から、血しぶきがとめどなく溢れ出していく。

 カニバルは、致命的な傷を相手に与えたことを確信していた。右腕をふり払い、モヒを投げ落とすと、モヒに向けて恍惚の視線を戻し、しゃがみこんでもう一度喉元へと食らいついた。ネジ式が警告音を鳴らしたが、もはやカニバルの反応はなかった。

 倒れ落ちたモヒの周りが真っ赤に染まっていく。ふき出す血は、どくんどくんと円を描くように森へと吸いこまれていった。

「タ……テガ…ミ……、ノアを……連れて…逃げ…ろっ……」

 モヒの目から命の光が消えていくのを、その場にいた全ての者が見た。モヒが死んでいく。その現実に、激昂状態から我に返ったノアは、放心して立ちつくした。

 その時、混沌とした悪夢のような現実の中で、異質な音が、美しい旋律を奏でた。

「ミュージック、カノン、再生」

 張り詰めた空気を癒すように、カノンの旋律が混沌を包みこんだ。

 その音色が耳に届いた瞬間、カニバルは食らいついたモヒの喉元を放し、夢中でカノンの旋律をむさぼっていた。

 ネジ式が飛び出し、解き放たれたモヒを引きずった。カノンの再生は続けたままだ。旋律が、まるで螺旋を描くようにその場に漂う。

 うつろなカニバルの周りを螺旋の音色が包む。

「急いでノアに行きましょう! すぐに処置すれば助かるかも知れません!」

 タテガミは放心状態のノアを抱きかかえ、ネジ式はぐったりしたモヒを背負ってその場を走り去った。音楽が鳴り止んでも、暫くカニバルはその余韻を楽しんでいた。

 タテガミとネジ式は必死で森をぬけた。やがて彼らの目の前に、古ぼけ、蔦が全体を覆い、まるで森と一体化した巨大な宇宙船のようなものが姿を現していた。

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