第15話 いざキメラの巣窟へ

 廃虚に潜むキメラを倒すべく、藍奈達はその隣町に向かう事となった。

 彩香が手配したタクシーで。


 学校から帰ってすぐ出かける事にメイド達が不審がっていたが、彩香が「急な用事が出来た」と誤魔化す事で何とか押し通した。

 これには、藍奈が少し後ろめたさを感じたのは言うまでもない。


 タクシーが着々と隣町に向かう中、ラジオからニュースが流れる。

 日本中で行方不明者が増えているという内容で、十中八九キメラの仕業だ。


「(ギャルン、警察はキメラの事を認知していないの?)」


「キメラは用心深くて人気のないところから襲ってくるからなぁ。しかもこの世の存在じゃないから監視カメラに一切映らないし、警察からしてみれば『監視カメラに映った人が怯えながら消えていった』としか分からない。そんな怪奇現象をニュースに出す訳にはいかないんだろうよ」


 ギャルンの言う通り、そんな怪奇現象を生真面目に報道するのは無理だろう。

 そうでなくてもキメラが拳銃で死ぬと思えないし、やはり魔法少女が対処しなければならないかもしれない。


 そう思っていた時、目の前に雑草に囲まれた巨大な廃墟が見えてくる。


 タクシーから降りると、看板らしきものには『温泉の里村』という文字。

 つまりこの建物は、元々大型健康ランドだったという事でもある。


「ここがそうさ。元々は野良猫と野良犬の住処だったけど、キメラが潜んで以来離れてしまってね。今はもぬけの殻なのさ」


「あっそう。……ん、どうした藍奈? 建物が気になるのか?」


「(……微かに。何かいるってのが分かる。間違いなくキメラはここにいる)」


 タクシーが離れていく中、藍奈が建物から気配を感じていた。

 さすがに以前の蜘蛛型ほどはハッキリしていないものの、「そこにいる」という漠然したのが確かにある。


「(キメラが出現していないのに分かるのか!? オイラ達よりも精度高いじゃん!)」


「(ギャルンには分かんないの?)」


「(奴ら自体がこの世界空間に出現しないとなぁ。へぇ、潜んでいても察知できるとか藍奈すげぇじゃん)」


「何ボソボソ話してんのさ、気持ち悪い」


「何でもねぇよ。それよりもどうすんのさ? このまま入るのか?」


「いや、潜入する前に一斉にディスガイズするよ。キメラの奇襲を受けてからじゃ、対処が遅れるからね。てな訳で行くよ、若葉」


「うん分かった。ディスガイズ!」


 キャッツが若葉の右腕にひょいっと乗った後、呪文と共に姿形を変えていった。

 

 現れたのは巨大な盾だ。


 若葉の身長を半分覆うほどの大きさで、色はファンシーなピンク色。

 しかも金色の装飾がされていたり、アクセサリーのようにキャッツの二股別れた尻尾が垂れていたりと、文字通り魔法少女ものに出てきてもおかしくない見た目だ。


「…………」


『何? そんなにこの姿が気になるのかい?』


「ああ、まぁ」


『これがアタイの魔杖形態「ガーディアン」。防御を主体に色んな攻撃を得意とするけど……他に何か?』


「いや何も」


 実のところ「今までの魔杖よりも魔法少女っぽいな」とか思っていたが、ここで言ってしまうと何かトラブりそうなのでやめにしていた。

  

 ともかく若葉達に続いて、藍奈もギャルンをハルバードに変化させる。

 隣の彩香も、オコンから変化させたムラサメを手にした。


『用意が出来たなら、さっさと中に入るよ。日が暮れる前に討伐したいしね』


 既に空は夕焼けに染まっている。

 キャッツの言う通り長居されるのはマズいので、藍奈達は急いで廃墟の中へと入った。


 中に入れば、まず最初に見かけるのはボロボロの受付。


 意外と広く、よくよく見るとガチャガチャが置いてある。

 営業していた頃はさぞ良いところだった事が、そことなく分かる外観だ。


「じゃあ、私はあっちを見ていくわ。藍奈ちゃんと若葉ちゃんは反対の方をお願い」


「大丈夫?」


「ええ、前のようなヘマはもうしないわ。気を付けてね」


「分かりました! お気を付けて!」


 心配する藍奈に笑みを返した後、1人で散策を始める彩香。

 

 藍奈は彼女の言う通り、若葉とキャッツと共に別方向に向かいだす。

 しばらくは無言だったのだが、そんな中でギャルンが小声で話しかけてきた。


『(藍奈、お前の感知能力はオイラ達のそれよりもワンテンポ速い。昨日だってオイラが気付いた時には、お前が外に出て行ってしまったからな)』


「(何が言いたいの?)」


『(要は、キメラの出現を誰よりも気付きやすいって事だよ。だからそういう奇襲的な事があったら、行動なり声なり上げてくれ。信頼してるからよ)』


「(信頼って……まぁ分かった)」


 自身の感知能力がそこまでのレベルだった事には、藍奈でさえ思ってもみなかった。

 とりあえず彼女がコクリと頷いた時、今度は若葉が話しかけてくる。


「波野さんって、彩香さんといつ知り合ったんですか? 書斎に入る時に見たんですが、もう仲が良さそうな感じでしたけど」


「あー……実は昨日に会ったばかり。それで事情があって住み込みをしてる感じ」


「そうなんですか……その事情は聞かない方がいいですよね?」


「今のところは。そういう小藤さんはいつ彩香さんと?」


 別世界から来た事を伏せたまま尋ねると、若葉が思いを馳せるような表情をした。


「去年、若葉が6年生だった時ですね。その時にはもうキャッツと出会って魔法少女になったんですけど、戦う事になったキメラがヤバ過ぎて苦戦してしまったんです。それでジリ貧になったところに彩香さんが助けてくれて、それからあの人には結構良くしてもらってるんです」


「去年が6年って、小藤さん今13歳?」


「はい、中1です! こんなたわいもない自分なんですが、彩香さんはいつも優しくしてくれてるんです! 若葉にとっては彩香さんは憧れの人です!」


「……そっか」


 若葉の嬉しそうにしながらの話に、藍奈は妙な気分に陥っていた。

 例えるなら、心の中でもやっとした感じ。


 それが何なのか当人もよく分からなかったので、すぐに無視する事にしたのだが。


『それよりも……藍奈って言ったっけ? アンタ、魔法少女になってからどれくらい経ってるの?』


 そんな時にキャッツがキツく言いだすので、面倒だと思いつつも応対。


「昨日からだけど、それが?」


『昨日ねぇ。彩香とオコンは実力があるからともかくとして、アンタとギャルンはまだ信用できない。例え彩香達が認めているとしても、実力を見せなきゃ考え直す気はないね』


『しつけぇなドブ猫!! さっきも言ったけど藍奈はツエーからな!? しかも性格にちょっと難があんけど、総合的に見て美少女的に可愛いんだぜ!!』


(何言ってんだこいつ)

 

『容姿については知らないけど、そこまで言うなら今回の戦闘で見せてほしいね。ヘッポコドラゴンの言う藍奈の実力をさ。出来るんでしょ今すぐに?』


『クゥ……藍奈、ここまで言われて悔しくないのか!? このドブ猫にお前の実力を見せてやろうぜ!!』


 ギャルンのトンチンカンな評価の果てに、何故か実力云々の話になってしまった。

 藍奈は正直付いていけなかったが、やがて諦めるように一息を吐く。


「ギャルンに賛同する訳じゃないけど、私がキメラを独力で倒す。そうしてあなたに実力を示す。これでいいんでしょ?」


『それが出来たらの話だけどね。という訳で若葉、藍奈に譲ろうと手を抜かないようにね。全力でキメラを倒していいんだから』


「もう、キャッツはいじわるなんだからぁ。そういう実力とかどうでもいいから、みんなで協力して……」


 ――チュチュッ。チュッ。


「ヒャッ、ネズミ!! 若葉、ネズミは駄目なのにぃ!」


『ネズミくらい何さ。アタイにとっては嗜好品だよ』


 若葉の足元をネズミが通り抜き、そのままどこかに行こうとしている。

 藍奈はその様子を一瞬見てから前へと向いたが、


「ん?」


 急に何らかの気配が感じて振り返ると、いつの間にかネズミがいなくなっていた。

 さっきまでそこにいたのが消えた事に、藍奈が眉間にしわを寄せたのもつかの間。


「っ! 小藤さん!」


「えっ?」


 すぐに気配が増大化。

 その察知通り、若葉の横に黒い穴とそこから伸びる異形の腕が出現。


 異形の腕に対し、ハルバードを振るう藍奈。

 刃は腕の鋭い爪を斬り落とし、それによってか黒い穴から悔しそうな声が聞こえてくる。


 ――ギイイイイイイ!!


 穴から腕の本体が飛び出し、天井の隅っこに引っかかる。

 

 正体は、蝙蝠コウモリを手足の長い人型にしたような怪物。

 藍奈はすぐに、この怪物こそがキメラだというのを即理解した。

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