第14話 新たな魔法少女

 豪邸を出た薩摩の約束通り、藍奈は書斎の中で自習を始めた。


 今まで勉強してこなかった彼女であるが、親身に接する薩摩の期待には応えようと真面目にやっている。

 もっとも他にやる事がないという面が多い上に、途中でうたた寝する事もあったのだが。


 そうして気付けば、時計が15時を指している。


 藍奈がそれを確認した直後、扉が不意に開けられた。


「いたいた。藍奈ちゃん、ただいま」


「あっ、お帰り。オコンもお疲れ様」


「やぁ」


 彩香とその肩に乗ったオコンだ。

 どちらも、それぞれ学校と見回りを終わらせたようである。


「ギャルンは?」


「ああ、アイツまだ帰ってこない? ボクらと同じ時間には帰って来るって思ってたんだけど」


「そこら辺で昼寝でもしてるかもね。それか道草食っているか」


「そうなのかも。何だが藍奈、ギャルンの性格とか分かるようになってきたね」


「というか辛辣に聞こえるのは私だけかな?」


 ギャルンに対しては、オコンと同意見になる事を藍奈は知る。


 それはともかく、彩香が不意に隣に座りこむ。

 そのスキンシップじみた行為には、藍奈が内心驚いてしまった。


「ちゃんと勉強しているのね、偉いじゃない藍奈ちゃん。薩摩さんの授業には付いてこれた?」


「何とか。ところで彩香さん、ここってどんな方程式にすればいいの?」


「あー、ここね。これはねー」


「…………」


 藍奈の真っすぐな目が、方程式を読み解く彩香の横顔を捉える。


 いつ見ても彼女は美しい。

 それでいてナチュラルメイクを施していて、通常よりも色気が増しているのがまた凄い。


(彩香さん、やっぱり綺麗だなぁ……。何もかも私と違って、大人な感じで……)


 藍奈にはないものを彩香が持っている。 

 しかも母性的で優しいと来て、薩摩から聞かされた危うい点を除けば完璧人間に思える。


「という訳で……ってどうしたの、そんなに見つめて?」


「あっ……いや、彩香さん綺麗だなって思ってて」


「フフっ、それは嬉しいわね。そう言う藍奈ちゃんも綺麗な顔立ちだし、可愛いわよ」


「……どうも」


 こんな事を言う辺り、やはり優しい。

 

 しかも全然悪い気分ではない。それどころかホッとする思いがあった。

 こんな事、実の両親や親戚夫婦といた時には感じなかったのに……。


「ただーいまぁ」


「あっ、お帰りなさいギャルン」


 再び扉が開いたかと思えば、今度はギャルンが帰ってきた。

 やかましいのが帰ってきたと内心ため息を吐きながらも、藍奈は彼に挨拶した。


「お帰り。随分遅かったね?」


「ああ。実は帰る最中にコイツらに会ってさ、家に連れて行くように言われたんだよ。おい、入りなよ」


「こいつら?」


 ギャルンが扉へと声をかけると、ぬいっと何者かが姿を現した。


「こんにちは彩香さん! 学校お疲れ様です!」


「書斎にいるからというから来たけど、結構本がいっぱいだね。本の虫が好きそうな空間じゃない?」


(うわっ、ピンク髪。しかも猫もピンク色)


 まず藍奈よりも小柄そうな少女はピンク色のショートボブをして、そこに白色のカチューシャを付けていた。

 この世界はアニメみたいな鮮やかな髪色をしている人が多いのだが、とりわけアニメっぽいピンク色には藍奈も驚きを隠せない。


 そして少女のそばには、1匹の小猫。


 少女と同様にピンク色の体表で、しかも尻尾が二股に分かれていた。

 女性の声を出しているので、十中八九精霊だと思われる。


「いらっしゃい若葉ちゃん、キャッツさん」


「お邪魔します……ってあれ、その人は?」


「ああ、この子は波野藍奈ちゃん。私達と同じく魔法少女だから安心して。藍奈ちゃん、魔法少女の小藤若葉ことうわかばちゃんと精霊のキャッツさん」


「どうも……」


 ピンク髪に困惑しつつも頭を下げると、若葉という少女が眩しそうな笑顔をしながら近付いてくる。


「波野さんも魔法少女なんですね! 初めまして若葉です! これからもよろしくお願いしますね!」


「はぁ、よろし……」


「この子がギャルンと契約したって言う女の子なのかい? 何か頼りなさそうだね、本当に大丈夫なの?」


「はっ?」


「ちょっとキャッツったら! すいません波野さん! キャッツ結構厳しい事を言う癖がありまして! どうか気にしないで下さい!」


「はぁ……」


 若葉が弁明したのはいいが、キャッツが未だに藍奈をいぶかしげな目で見つめていた。

 元いた世界での差別的な視線とは違うものの、藍奈としてはあまり気持ちの良いものではない。


(何だこいつ……)

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 やがて書斎にメイドが入ってきて、藍奈達3人用のココアを差し出してくれた。

 例によって魔法少女も精霊も知らない関係で、ギャルン達用は全く用意されていない。


 一応キャッツが若葉のココアを共同で飲んでいるので、恐らくは両者の仲は良いと思われる。

 が、そのキャッツが時々藍奈を睨むので、少しだけムッとしてしまう。


「(気にするな藍奈。キャッツの野郎、新入りに対して厳しい目を向ける悪癖があるんだ。人間の会社の上司と同じだよ)」


 そんなムッとした藍奈へと、肩に乗るギャルンが小声で話しかけてくる。

 何で会社の上司を知っているのか不思議だが、それはさておき。


「(視線が気になってしょうがないけど)」


「(あんなのすぐ慣れるさ。もっともオイラもアイツが苦手だから、気持ちは分かるがな)」


「(そうなの?)」 


「(だって性格ブスだし上から目線だし可愛げがないんだぜ? 帰る最中にだって、急に会うなり『彩香に用があるから、あの大きい家まで送りなさい。どうせ暇でしょ?』なんて言ってよぉ。藍奈の方がずっとマシ……)」


「聞こえてるよ、このヘッポコドラゴン。コソコソ話さないでアタイに直接話しな」


「チィ!! 地獄耳かよテメェは!! どうせ直接話したらマウント取ってくるだろうが!!」


「当たり前じゃん。相手に直接言えない情弱なんて叩かれて当然さ」


「アアアアアアアアアアアアアア!!! ウゼェ、チョーウゼェ!! いいからさっさと用件言えやドブ猫ぉ!!」


(うるさ)


 耳元近くで怒鳴っているギャルンを叩き落とそうかと思ったり。

 対しキャッツは一息を吐きながら、テーブルの上に座りだす。


「ギャルンがうるさいからさっさと話すよ。実は昨日、隣町へと見回りに行ったら廃墟の建物を見つけてね。その際、廃墟に住む野良猫が消える事件が起こってるって聞いたのさ」


「誰から聞いたの?」


「野良猫さ。アタイに限らず、精霊は動物と会話できるからね」


 藍奈の疑問に答えた後、話を続けるキャッツ。


「それでアタイが真偽を確かめるべく廃墟に侵入した時、突然次元の穴が開いて手が伸びてきたのさ。アタイはすぐに逃げたから大丈夫だったけど、あれは間違いなくキメラの腕だったね。どうやらそのキメラは、廃墟を潜んで狩りを行っているらしいのさ」


「隣町なら、オイラ達でもさすがに感知できんわな。そこに魔法少女はいなかったのかよ?」


「いたらアタイが直々に調査に行かなかったさ。頭悪いのアンタ?」


「言い方がムカつく……。やっぱりお前の事嫌いだわ……」


 キメラを感知できるのは藍奈もそうだが、キャッツの言う事件の犯人らしきものは感じ取れなかった。

 どうも、自分の感知能力は隣町までには作用しないらしい。


「廃墟のキメラは野良猫や野良犬を獲物にしているらしいけど、いずれは人間を襲うのも時間の問題。かといって狡猾なキメラを相手するにはアタイと若葉だけでは心もとない。そこで彩香とオコンに協力を仰ごうと来た訳だけど、どうもギャルンがその子と契約したらしいね」


「ヘッ、見ての通り藍奈と契約しましたよっと。しかもな、この藍奈って奴は相当強いからな? 強くておしっこがちびるかもしんねぇぜ?」


「ふん、どうだが。とりあえずアンタ達にも協力してもらうけど、あまり足を引っ張らないでおくれよ。弱いってアタイが判断したら、すぐに帰ってもらうからね」

 

「……っやろう……」


 わなわなと震えるギャルンに同調する訳ではないが、キャッツの言動には藍奈もムカついていた。

 それを気付いてか気付いていないか、キャッツの主人たる若葉が少し慌てる。


「ま、まぁ、キャッツはこう言ってますけど、若葉は皆さんの事を頼りにしてます! どうかよろしくお願いしますね!」


「あんまりおだてちゃ駄目だよ、若葉。特にこのヘッポコドラゴンが付け上がるから」


「もうキャッツ! 言い方~!」


 若葉が良い子なのは見て取れる。

 しかしキャッツに関しては、


「(ギャルン)」


「(何だ?)」


「(キャッツって精霊、私苦手かも)」


「(やっとお前と分かり合えたな。今日は酌でも交わそうか?)」


「(意味分かんないから)」


 皮肉にも、ギャルンと考えが噛み合った瞬間だった。

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