第13話 スパルタ授業の開始

「じゃあ、行ってきますね」


「うん、行ってらっしゃい彩香さん」


 ブレザー制服に着替え、メイクを整えた彩香が豪邸から出ようとしている。

 その見送りを藍奈や薩摩やメイド達が行った後、薩摩がお辞儀をしているメイド達へと振り向く。少々怒った顔をしながら。


「さぁ、着替えショーで十分楽しんだでしょう。そろそろ持ち場に戻って下さい」


「はい、申し訳ありません……」


「もう少しだけ藍奈様の華やかな衣装を見たかったのですが……」


「藍奈様、またお着替えをしたくなりましたらいつでも声をおかけ下さい! すぐに始めますので!」


「あっ、はい……」


 この熱の入りよう。どこからそんなのが来るのか藍奈には分からなかった。

 なお薩摩が咳払いをするので、「で、では失礼します!」とメイド達が散り散りになっていく。


「いやぁ、お前ってめっちゃモテモテだよなぁ。めっちゃメイドさん達に可愛がられてんじゃねぇか。なぁ、オコン?」


「ボクに言われてもなぁ」


 なお、ギャルンとオコンが藍奈の左右にいる。

 メイド達には見えないし認識もされていないが、ちゃんと彩香に向かって「行ってらっしゃい」と挨拶はしていた。


「別に私、モテてなんか……」


「あれでモテモテじゃなきゃ何だって言うんだよ。まぁそれはさておき、オイラ達はちょっくら外に行ってくっから」


「どこに行くの?」


「オコンは見回り。魔法少女が学校とかに行っている間、精霊がキメラ対策の見回りをするんだよ。彩香を学校から抜け出させる訳にはいかねぇからな」


「魔法少女ほどじゃないけど、ボク達にもある程度の戦闘力があるからね。キメラを撃退するくらいの事は出来るんだよ」


「ふーん……で、ギャルンは?」


「基本精霊は魔法少女のそばにいた方がいいんだけど、肝心のお前が授業しなきゃなんねぇからな。ちょっくら暇つぶしに、近くのネカフェで漫画読んでくるわ。ちゃんとキメラが現れたらすぐ帰ってくっから心配すんなよ」


「…………」


 それは精霊としてどうなのかと思うも、この馬鹿に言っても無駄だろうと口にしなかった。


「という訳で、後はよろしくなぁ。彩香と同じ時間には帰ってくるからよぉ」


 そうして外に出て行く精霊コンビ。

 藍奈としてはうるさいのがいなくなって清々せいせいした気分で、内心嬉しく思っていた。


「行かれましたね」


「ええまぁ」


「これで家にいるのは、私と藍奈様とメイド方になりましたね」


「そうなりますね」


「ならば、これで思う存分授業に専念できるでしょう。すぐに書斎に行って始めましょうか」


「あっ……」


 この時、自分が授業を受ける事を今思い出す。

 藍奈が薩摩の方に振り向くと、そこには教科書を掲げながらやる気満々の彼の姿が。

 

「……お手柔らかにお願いします」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 通常、中学の授業というのは教科ごとに教師別々で行うものだ。


 何故ならば小学生の授業と比べて内容が多く、負担が大きいが為。

 そんな授業を1人でやりきる教師がいるなら、それは間違いなく「化け物」と言わざるを得ないだろう。


 薩摩紘一という執事は、その複数の教科を1人で制覇する化け物だったのだ。


 しかも教え方も上手い。

 どちらかと言えば授業が苦手な藍奈だが、薩摩のそれは聞き取れやすく頭の中に入りやすかった。


 ……なのだが、


「はい、今日分の授業はこれで終了です。お疲れ様でした」


「……お疲れ様です……」


 一言で言うと、薩摩の授業はスパルタだった。


 国語、数学、歴史、英語、地理などなど……。

 教えが上手く頭に入りやすい代わりに、約3時間の間に課題が次々と襲いかかってきたのだ。鬼畜じみていると思うくらいに。


 なので授業が終了した直後、藍奈がテーブルに倒れ込むくらいにヘロヘロになっていた。

 そんな彼女とは対照的に、どこか気分が良さそうな薩摩。


「いやはや、昔に家庭教師としてお嬢様に教えていた事を思い出します。久々に良い汗をかきました」


「授業で汗なんか出ないと思いますけど……。まぁ、色々とありがとうございます……」


「いえいえこちらこそ。それでは私は会社に向かいますので、ゆっくり休憩をなさってから自習して下さいね。昼食も時間になればメイド方が作ってくれるでしょう」


「分かりました……って、会社って今朝言っていたやつですよね? 薩摩さんって社員もしているんですか?」


 さっきから気になっていた事を聞いてみると、薩摩が苦笑を浮かべる。


「いえ、私はあくまで『大澤不動産』の社長代理なのです。大澤不動産はかつて彩香お嬢様の祖父が立ち上げたものでして、お嬢様のご両親方が経営しておられました」


「不動産なんだ。それよりもおられましたって?」


「はい。5年前、交通事故で亡くなられたのです」


「……そうですか」


 マズい事を聞いてしまったと、苦い顔をしてしまう。

 その藍奈に気付いてか、薩摩が気遣う素振りを見せてきた。


「もう5年も前の話ですので、そこまで深刻な顔をなさらないで下さい。お嬢様も最初の頃よりは落ち着いてますので」


「やっぱり辛かったんでしょうか? ご両親がいなくなって」


「そうですね……しばらくの間、お嬢様は誰にも口を利きませんでした。今ではご存知の通り立ち直ってますが、その代わりに『悲しみ』というのに敏感になってしまったのです」


「悲しみ?」


 意外な発言だった。

 それを口にした薩摩が、少し憂いに満ちた表情を浮かべる。


「……実は藍奈様、申し訳ございませんがご事情をお嬢様から聞いております。異世界からやってきた事、超能力を使える事、そして……ご両親などから良くない扱いを受けてきた事。先ほどの学校に行きたくなさそうな顔からして、あなた様はこれまで酷い目に遭ったはず。恐らくですが、お嬢様はそこから藍奈様の持つ悲しみを感じ取り、あなた様を救おうと思ったのでしょう」


「…………」


「精霊様と契約したのもそうです。私は無理になる必要などないとおっしゃったのですが、お嬢様はこう答えたのです。『悲しむ人がこれ以上増やしたくない』と。失った悲しみを一度体験している故、お嬢様は戦う事を選択したのでしょう」


「……悲しむ人が増えないようにする為……」


 以前、彩香がそんな事を言っていたのを思い出す。

 その時に聞いた時は正義感が強いとしか思っていなかったが、その背景には実に複雑なものがあったようだ。


「……藍奈様」


「はい?」


「確か精霊様と契約したそうですね。それで……キメラという化け物と戦っていると」


「まぁ」


 そう返事した時だった。

 薩摩が藍奈に対し、深く頭を下げたのだ。


「今までよくない扱いを晒されてきた藍奈様に、お願いするのはどうかと思っております。しかし蚊帳の外である私にはどうする事も出来ない。ですので藍奈様には、ぜひともお嬢様のそばにいてほしいのです」


「……私、危険な超能力を持っているんですよ? それでもお願いするんですか?」


「もちろん、藍奈様はお優しい方というのはもう既に分かっております。それに超能力でお嬢様を救った事を、ギャルン様から聞いておりますので」


「あいつ……」

 

 ベラベラと口が軽い契約精霊に、思わず毒ついてしまう。

 一方で、薩摩は頭を下げたままだ。


「老体のたわいもない言葉ですが、それでも聞き入れてほしいのです。藍奈様、彩香お嬢様の事をどうかよろしくお願いいたします」


「……もう決まってますから」


「!」


「私は彩香さんの為に、私を受け入れてくれたあの人の為に、戦いたいって誓ったんで」


「……藍奈様……」


 そう、藍奈の答えはもう決まっていたのだ。


 彼女にとって彩香は、大切な人。

 大切な存在の役に立てるなら、何だってやると。


 その事を聞いて安心した薩摩を見て、自分の答えは間違っていなかったと藍奈自身思う。

 もちろん次に起こるだろうキメラ退治において、それを有言実行する事も誓うのだった。


 ……もっともその「次の戦い」において、少々面倒な事が起こるのだが。

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