第9話 感情の決壊

 キメラを全滅させた後、藍奈は彩香達に全てを話した。

 自分には科学では解明できない超能力がある事、自分はこの世界の住人ではなく他の世界から来たという事。


 その話に対して彩香達は、決して茶々を入れず黙って聞いていた。


「……やっぱりね、思った通りだよ」


「ああ、オコンの言う通りだぜ」


「何? 2人とも知ってたの?」


 元の姿に戻ったオコンやギャルンが納得したような素振りを見せる。

 彩香が怪訝に思うと、ギャルンが理由を明かしてくれた。


「キメラの腕が吹っ飛ばされた時、藍奈から異様な力を感じ取っていたからな。ただ本人が言いづらそうにしてたから、あえて黙ってたんだよ」


「ボクも同じだよ。だからごめん彩香、キメラの腕が破裂した事が分からないって話は嘘だったんだ」


「いや、謝らなくていいけど……じゃあ藍奈ちゃんが別世界から来た話も?」


「気付いてたっていうか薄々感じてたぜ。何せこんな力を持った人間が、オイラ達に気が付かれないまま急に現れたんだからな。別世界から来たのなら辻褄が合うってもんだ」


「話にあった黒い穴ってのは、キメラがこちらの世界に来る際に使用した次元の穴だろうね。普段はどこかにワープする際に使うんだけど、恐らくそれに巻き込まれてこの世界に来たんだと思う」


 精霊だけあって、藍奈に起こった異常現象が手に取るように分かっているようだ。

 もっとも藍奈としては、迷い込んだ理由なんてどうでもいい事なのだが。


「えっと藍奈ちゃん、その超能力って視界に入ったものを破壊できるという事なの?」


「正確には『ストレスや敵意が最大限に高くなった時に、目に入ったものを破壊する』って感じ。この他にも色んな超能力があって、周囲から気味悪がられた」


「周囲に気味悪がられたぁ? もしかして両親にもか?」


「……虐待されてた。この力を恐れてなんだろうけど」


「…………」


 尋ねたギャルンだけではなく、彩香やオコンも絶句する。

 その姿にやっぱりと思いながら、藍奈は当時の事を思い出してしまう。


 両親はこの触れずとも破壊する能力対策として、藍奈が部屋から出る時に必ず目隠しをしていた。

 今でも振り返っても、目隠しされた時の事は最悪でしかない。


 両親が助けてくれる訳ではないので自力で歩くしかなく、料理を食べる時も何回も口からこぼれ落ちた。

 その都度、両親に罵声と暴力を振るわれてしまい……何回そうされたのか藍奈自身も覚えていないし覚えたくもない。


 後に引き取られた親戚夫婦は、その方法を教わってなかったので一度もされなかったが、それでも目隠しを強要された事は地獄の日々だった。

 真っ暗な闇の中で暴力を振るわれるという恐怖は、今の藍奈に染みのように強く残ってしまうほどなのだから。


(ダメ……忘れないと。もう過去の話なんだから……両親もいないし)


 首を振りながらも彩香達の顔を覗くも、彼女達が表情を強張らせているのが分かる。

 

(今まで私を見てきた人達と同じ表情……やっぱり彩香さん達も変わらないんだ)


 自分を見てきた大人達のような反応に、そんな諦めの感情を抱く。

 やがて藍奈にある考えが浮上し、彩香達に対して頭を下げた。


「今までありがとう。こんな私を親切してくれて、本当に嬉しかった」


「藍奈ちゃん……?」


「私が彩香さん達といたら、きっと迷惑をかけてしまう。だから他を当たる事にするから……」


 自分のような存在が、彩香達のそばにいるべきではない。

 藍奈はそう判断して、背を向けて歩き始める。

 

 そうしてその場からすぐ離れようとするも、


「……えっ?」


 急に足が止まった。

 

 いや、正確には

 彩香が藍奈の手を掴んできたのだ。


「……正直に言って、藍奈ちゃんがどれほど辛い目に遭ったのか分からない。……いや想像は出来るけど、もしかしたら実際に起こった事と違うかもしれない……」


「彩香さん……?」


 怪訝に思った藍奈が振り返ると、彩香は先ほどと同じく険しい表情を浮かべている。

 が、どことなく悲痛なものになっているのにも気付いた。


「それでも、そんな超能力があるというだけで虐待するなんておかしいと思う。そういうのは藍奈ちゃんの力を上手く理解しないで逃げているだけ。異質なものを遠ざけるだけの最低の行為よ。私は、藍奈ちゃんが虐げられて当然な人間なんてちっとも思えない」


「確かにな。そもそもオイラ達だって、その気になれば人を殺せる力持ってんだし。それでもこうして彩香と上手く付き合っているしな」


「それに聞いた話だと、超能力はストレスや敵意がトリガーになっているみたいだしね。戦闘中ならともかく、平常時にはそういう環境にいなければいい話だよ」


 彩香の後にギャルンやオコンが付け加えてくるのを見て、藍奈は驚いてしまう。

 そういう風に、自分を寄り添うような言葉をしてきたのは初めてだからだ。


 ……それでも、その姿を受け入れる事が出来ず苦い顔をしてしまう。


「でも私の力を見たでしょう? あんな危険なのを持っているんだから……」


「その危険な力で、私を助けてくれたんでしょう?」


「!」


「確かに、対象に触れないで壊す力は危険かもしれない。でもそういう力で私を守ってくれた……そんな子が危険だなんて、私は全く思わない」


「…………」


 藍奈としては信じられなかった。

 長年虐待や無視を受けたせいで、彩香がそんな事を言っても受け入れる事が出来なかったのだ。


 藍奈にとって、周りの人間は侮蔑の感情を向けてくる存在に過ぎない。

 優しい言葉を口にしても、きっと裏ではそんな事を思っているに違いないと。


「何でそこまで……私達、会って間もないのに……」


「決まっているじゃない。それは……あなたが私の友達だから」


「!」


 するとその時だった。

 彩香が藍奈の手を引っ張っていき、その身体を抱き締めてきた。


 藍奈の顔がまたたく間に豊かな胸に埋もれていき、身動きが取れなくなる。


「ちょ、ちょっと彩香さん……」


 生まれて初めて受けた行為に仰天してしまい、離れようとする藍奈。

 しかし彩香はギュッと力を入れ、藍奈を離そうとはしなかった。


「信じられない気持ちは分かるわ。残念だけど、信じられる証拠がないんだから証明しようがない。でもこれだけ言える……藍奈ちゃん、あなたは普通の女の子よ。変わった力がある普通の優しい女の子。だから自分を危険だなんて思わないで。私達から逃げようって思わないで」


「……彩香さん」


「今は信じなくてもいい……だから帰ろ、一緒に。行く当てがないなら、ずっと家にいてもいいんだから……ね? 私、あなたみたい子は大歓迎なんだから」


 そっと、優しく頭を撫でてくる彩香。


 その瞬間、藍奈の中で何かが決壊する。

 グチャグチャしていて、まるで濁流が押し寄せてきた気分……。


(ありえない……ありえないこんな……。きっと何かの間違い……そうだよ絶対そうだ。それなのに……それなのに……)


 いつしか藍奈は躊躇しながらも、彩香の身体を抱き締め返す。

 顔は未だ胸に預けたままだ。


「おっ、もしかして泣いてるんか? 感動して泣いたんか?」


「「ギャルン」」


「おっと悪い悪い。コイツ、あまり表情変えないから珍しいなぁって思ってよ」


 実際にギャルンの言う通りだったが、藍奈として癪だったので顔を見せない事にした。

 

 どのくらいそうしてきただろうか。

 当人も分からなくなるくらい、藍奈は彩香の胸に顔をうずめていたのだった。

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