第8話 藍奈vs蜘蛛型キメラ

 彩香にとっては誤算だった。


 蜘蛛型のキメラは1体だけで、もし見回りの最中に出現しても何とかなるだろうとは思っていた。

 現にオコンが「キメラが出てきた!」と感知したので現場に向かってみれば、先ほどの個体が1体だけで不良を襲っていたのだ。


 それから不良を助けてキメラ討伐を実行した訳だが、その最中に同種3体が出現。

 1対4という、極めて不利な状況に追い込まれたのだ。


「ハァ……ハァ!」


『大丈夫、彩香!?』 


「ええ、何とか! 《紅蓮の炎流クリムゾン・プロミネンス》!!」


 彩香がムラサメを振るうと、龍の姿をした炎が放たれた。

 それがとあるキメラに向かい、上半身を焼き尽くしていく。


 ――ギャアアアアアアアアアア!!!


 炎の中から聞こえてくる断末魔。


 そうしてキメラの上半身がなくなり、残った下半身が倒れる。

 何とか1体目を倒せた様子で、「よし……」と呟く彩香。


 が、それでも不利な状況には変わりない。


 ――ギュウオオオオオ!!


 残り3体が同時に向かって来る。


 彩香が迎撃としてムラサメを振るうが、1体がそれを避けてしまう。

 すぐに蹴りを入れゴミ山へと吹っ飛ばすも、その隙にもう1体が糸を吐き出してきた。


「っ、しまった!」


 彩香の身体が、糸によって雁字搦がんじがらめに。


 糸が相当強いのか、拘束から脱する事が出来ない。

 ならばと炎の魔法で燃やそうと思ったが、もう1体がさせまいと鉤爪を振るってくる。


「くっ……!」


 爪が彩香へと到達してしまう。

 彼女に恐怖がよぎってしまった……




 その時だった。

 

「彩香さん!」


 どこからともかく人影が現れ、キメラを武器で殴打した。


 キメラが壁に叩き付けられるのを見て唖然するも、すぐに彩香は人影の正体を知る。

 それは紛れもなく、彩香自身がよく知っている人物。


「藍奈ちゃん!?」


 つい先ほど保護した少女が、黒い槍のような武器を持って参上したのだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『おお、初戦闘だって言うのにキメラ吹っ飛ばせたなぁ!! やっぱりお前には魔法少女の才能があるぜ!!』


「うるさい。少し黙ってて」


 とは言うものの、いきなり攻撃を加えられた事には藍奈自身驚いていた。

 

 藍奈が「こう動きたい」と意識すれば、身体が忠実に再現してくれる。

 魔法少女になる前の体力では、到底考えられない挙動だ。


 先ほどギャルンが身体能力の強化云々と言っていたが、まさしくこういう事なのだろう。


(これが私……まるで違う人を演じているみたい……ハルバードも重く感じないし……)


 手にしている武器は、ギャルンが変化した黒い魔杖まじょう『ハルバード』。


 藍奈の身長を上回る長さを持ち、先端には斧と槍と合わせたような刃が取り付けられている。

 物々しい姿なのだが、それを持っている際の重さは感じられない。


 藍奈はその魔杖を手に、すぐさま彩香を拘束する糸を斬る。

 糸から脱した彩香が、自分を拘束したキメラへと袈裟斬りをかました。


 ――ガアアアアアア!!!


 キメラの数本ある腕の何本かが、斬り落とされる。  

 それでも反撃とばかりに応戦してきて、彩香がその対応に追われる。


「大丈夫、彩香さん!?」


「何とか!! 私の事は大丈夫だから、そいつを!!」


 壁に叩き付けられたキメラの方はまだ生きていて、ムクリと立ち上がっている。


 藍奈はその姿を見て、強くハルバードを握り締める。

 彼女が抱いているのは興奮でも恐怖でもなく、


(私が駆け付けてなかったら、彩香さんがこいつらに……こいつらは絶対……)


 彩香を殺そうとした元凶に対する怒りそのものだった。


「……殺す」


『あん? 今なんて……ってうお!?』


 俊敏な速さでキメラへと接近。

 これもまたフィールドバックの影響だ。


 対しキメラが蜘蛛糸を吐き出してくる。


 それをジャンプでかわした後、落下の勢いを利用しつつハルバードを振り下ろす。

 見事、ハルバードの刃がキメラの右腕を切断した。


 ――アガアアアアアアアアアアアア!!!


『うめぇじゃねぇか! さすがオイラの見込んだ女の子!! いやぁ最高だねほんと!!』


「うるさいんだけど。それよりもギャルン、魔法少女なんだから魔法使えるんでしょ? 今すぐ出来るものない?」


『何でぇ、精霊がせっかく褒めてんのに。ほれ、お好きなの選べよ』


「……じゃあこれで」


 ――グオオオオオオオオ!!!


 脳内に示された魔法を選択した時、残った複数の腕を繰り出すキメラ。

 

 それらの攻撃に対し、藍奈がハルバードの柄で器用に防いでいく。

 そして隙を突いて、すかさずハルバードを前方に向ける。


「《導きの星ガイダンス・スター》!」


 ハルバードの先端から金色の光球を発射。

 キメラの両脚を吹き飛ばし、地面に倒れこませる。

 

 容赦などいらない。

 藍奈は冷徹な眼差しをキメラに向けながら、その頭部へとハルバードを突き刺した。


 ――ガアア!!!


 黒い体液と共に上がる悲鳴。

 全身から力が抜けるようにキメラが伏して、腕などがピクピクと震えた。


『よし、1体目撃破……って藍奈!』


「――!」

 

 キメラを倒したと同時に、ゴミの山から別個体が現れた。

 彩香が蹴り飛ばした奴だ。


 これに対し藍奈がハルバードを突き出し、キメラの口に刃を突き立てる。

 その個体が呻き声を上げている内に、トドメの魔法でも出そうとも考えた。


 ブシャアアア!!


 すると蜘蛛の胴体に似たキメラの臀部でんぶから、蜘蛛糸が放たれたのだ。


 蜘蛛糸は口からだと思っていた藍奈は対応できず、壁へと磔にされてしまう。

 脱出しようと動こうとするも、うんともすんともしない。


『おいおい、これヤベェぞ!! どうすんだコレ!!』


「藍奈ちゃん!!」


 自分が戦っていたキメラを弾き飛ばし、藍奈へと向かう彩香。

  

 しかしそれよりも先に、キメラが奇声を上げながら接近してくる。

 もし抵抗できなければ、その鉤爪によって刺し殺される未来しかない。







 ――…………ギッ!!!!


「……えっ?」


 だからこそ藍奈は使ってしまった。

 触れずとも対象を破壊できる超能力を。

 

 キメラの頭部が砕けて倒れる光景に、彩香が呆然と立ち尽くしていた。

 一方、藍奈は冷酷に見降ろしていた訳だが。

 

『……まるで超能力だな。やっぱり藍奈、お前には……』


 ギャルンが何か言いかけた時、彩香の背後からキメラが立ち上がっていた。

 それを目撃した藍奈が視線を向け、キメラの頭部を再び砕く。


 ――……ガッ……!?


 その個体もまた、声を上げぬままぐらりと倒れる。


 やがて周りには4体の死骸が残るのだが、すぐに塵のように分解され跡形もなくなっていく。

 すると塵の中から普通の蜘蛛が現れ、そそくさにこの場から離れていった。


「蜘蛛?」


『言ったじゃねぇか。キメラは生物に取り憑いて異形の姿になるって。キメラが倒された後、生物が解放されて元の姿に戻るんだ』


「そうなんだ」


 納得した後、藍奈はハルバードから小規模の《導きの星ガイダンス・スター》を放って、自分に纏わりつく蜘蛛糸を焼き払った。


 脱出した後、未だ呆然としている彩香へと振り向く。

 伝えるべきかそうではないかと悩んで、それでも言い逃れは出来ないと結論付けた後、彼女はついに口を開けた。


「……黙っててごめん。私、よく分からない超能力を持っているんだ……」


 黙っていた事への後ろめたさとバレてしまった事への恐れで、藍奈はつい顔をそむけてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る