第7話 戦う覚悟

「ごちそうさまです。プリン美味しかったです」


 プリンを完食した後、薩摩に礼を言う藍奈。

 薩摩は嬉しそうに微笑んでから会釈してくる。


「ありがとうございます。そうおっしゃって下さるだけも冥利に尽きるものです。作って下ったメイドにも伝えておきますね」


「いえ……。よかったら皿も洗っておきます」


「ああいえ、それは大丈夫ですよ。お嬢様のお友達に、そのような事をさせる訳にはございません」


「でも……」


 食事した後の皿洗いを自分でしていたので(というよりも「皿洗いを強要された」が正しいが)、これには藍奈が少々困ってしまう。


「お言葉だけでもありがたく頂戴いたします。藍奈様は優しい方なのですね」


「えっ、優しい?」


「そうね。自分から率先してやるなんて素晴らしい事だわ。そういうのは大事にするといいよ」


「はぁ……」


 優しいなんて一度も言われなかったので困惑してしまうも、とりあえず返事する事にした。


 それからというものの、藍奈達は彩香の部屋へと戻っていく。

 そこからすぐに彩香が上着を着ていたりしているので、藍奈は外出をするのだとすぐ気付いた。


「彩香さん、どこか行くの?」


「ええ、さっきのキメラがまだ生きているからね。いつ現れてもいいように奴を探しに行くの」


「そっか……。というか薩摩さん、彩香さんが魔法少女だって知ってるんだ?」


「知っているのは薩摩さんだけ。メイドさん方には秘密にしているわ。まぁ、心配をかけてしまっているんだけど……」


 一瞬、憂いに満ちた顔をした彩香だが、すぐに目の色を変えた。


「でも誰かが動かなければキメラの被害が増えるし、それに自分から魔法少女になるって決めたんだもの。途中で投げ出す訳にはいかない。薩摩さんには申し訳ないとは思っているけど、それでもやらなければいけないわ」


 その言葉から、彩香の覚悟が垣間見える。

 少し心配だった藍奈だったが、それ以上言わない方がいいと思うようになった。


「藍奈ちゃんはギャルンと一緒に待ってて。そこにあるゲームで遊んでもいいから」


「私も一緒に行こうか?」


「ううん、そんな時間かからないと思うから大丈夫よ。ありがとね、藍奈ちゃん」


 藍奈の頭を撫でた後、「それじゃ行ってくるね」と部屋を出る彩香とオコン。

 残った藍奈はこれからどうしようかと悩んだ時、


「そういえばキメラの腕が吹っ飛んだの、一体何でだろうね? 何か分かるオコン?」


「……さぁ、それはボクにも分からないな。もしかしたら取り憑いた身体にガタがきていたのかも」


「ならいいけど……とにかくキメラが暴れる前にとっとと行こうか」


 ドア越しに彩香達の声が聞こえ、思わず固まってしまう。

 彩香の足音が遠ざかってもなお、藍奈は人形のように停止したままだ。


(……もし、彩香さんが私の秘密を知ったら……知ったら……)


 あの時は彩香を助ける思いでやったものの、後から考えてみれば誤算だったと思う。

 下手すれば、藍奈の秘密を知られてしまう恐れがなくもない。


 いや、そもそも一緒にいる内にバレる可能性はあるだろう。


 その時になったら、彩香がどういう反応をするのか。

 未知への恐怖か、はたまた恐怖への反抗たる暴力か。


『あんたさえ生まれなければ!! 世間に変な目を向けられなかったのに!!!』


『あの子知ってる? 何か物を勝手に壊す力があるとか……』


『それ本当? 何か怖いですわね……』


『近付くな化け物! 怪我するかもしんねぇじゃん!』


『はぁ、早くクラス替えしたいなぁ。こんなのといるなんて凄い嫌なんだけど』


『何で私達が引き取る事になったのやら……藤次郎さんよかったの?』


『よかったも何も、養護施設が断ったりしてこちらにたらい回しされたんだ。……頼むから迷惑はかけるなよ、絶対に』


 次々と脳内に降りかかる周囲の冷たい声、冷たい目、冷たい態度。

 藍奈は苦しくなり、めまいを起こしそうになり……、


「……奈……藍…………藍奈!」


「!」


 ハッとして顔を上げると、心配したギャルンが目の前にあった。

 

 相当精神的に参っていたせいか、藍奈自身の額が汗で溜まっている。

 それを拭いながらギャルンに返事した。


「ごめん……何でもないよ」


「いや、何でもないように見えるんだが。すっごい顔強張っていたし汗だって……」


「本当に何でもないから……ちょっと考え事していただけで」


 我ながら苦しい言い訳だと自嘲してしまう。

 そうしてそっぽを向いていると、急にギャルンが彼女の肩へと乗ってきた。


「まぁ、言えないなら言えないでいいけど、これだけは伝えておくわ。急に魔法少女になれって迫って悪かったな」


「何急に?」


「どうみてもお前に何かあったんだけど、口にする事は出来ない。そんな中で魔法少女になれだなんて、考えてみたら酷だったよ。彩香も言っていたけど、あの話はなかった事にしてくれや」


「……気にしていないよ。大丈夫」


 軽薄そうなギャルンが謝ってくれた事に、少し意外とは思っていた。

 そうして藍奈が返答するのだが、その彼がふとため息を吐いてくる。


「しかしまぁ、お前と契約できないのは残念だわ」


「何で?」


「いや、オイラ契約するなら美少女がいいって決めててさぁ。その点、お前めっちゃ可愛いしピッタリって思ったんだけど。ハァ、運がねぇなほんと」


(……こいつ……)


 先ほどのつつましい姿に見直した自分が馬鹿だったと、藍奈は思う。

 一瞬、ギャルンの頭をチョップでもいいから叩きたいとすら思っていた。


「!」


 ――だがその時だった。

 頭を殴られたかのような感覚が彼女に襲う。


 しかも、この感じは先ほどとは違う。

 それが手に取るように分かって、胸騒ぎを覚えてきた。


「むっ、この感じはもしかして……っておい、藍奈!」


 ギャルンの制止を聞かず、藍奈が部屋を飛び出す。

 

 それから豪邸を後にし、感じ取った場所へとひたすら向かっていく。

 やがて彼女が着いた先は、人気のない路地裏だった。


 そこから激しい音が聞こえてくるので覗いてみると、ムラサメを持った彩香の姿がある。

 そして蜘蛛の怪物――キメラもいるのだが、


(やっぱり4体もいる……大丈夫なのこれ!?)


 同じ姿をしたのが、何と4体もいるのだ。

 辺りには蜘蛛糸や斬り傷らしきものが見え、激しい戦いが繰り広げていたのを物語っている。


「オイラの感知通りだな、奴ら集団で彩香に襲ってやがるぜ!」


 ギャルンが到着して叫んでいるが、藍奈は目の前の光景に釘付けであまり聞いていなかった。


「ハアアアア!!!」

 

 ムラサメ片手に奮闘する彩香。

 刀身から炎らしきものを放つも、4体のキメラはひらりとかわしてしまい、さらに反撃とばかりに1体が向かって来る。


 ムラサメと鉤爪がぶつかり合う。

 その隙にもう2体目が襲いかかってくるので彩香が距離を離すも、そこに3体目が向かってきて鉤爪を振るってくる。


「ぐっ!」


 鉤爪が彩香の腕に当たった。

 幸いにも服が破れただけで傷はないようだが。


 しかしどうみても状況的に不利。

 キメラの集団に押されるのが目に見えている。


(彩香さん……)


 素性を知らない藍奈を受け入れ、優しくしてくれた彩香。


 その彼女がキメラによって危機に陥っているのを見て、藍奈に不安が襲いかかろうとしていた。

 このままだとやられてしまうのが分かってしまったのだから。


 ――何としてでも助けたい。


 不安と入れ替わるように、熱のような感情が湧き起こる。

 人生で一度も抱いていなかった感情だ。


 それが藍奈の中で芽生え始め、やがて同時に覚悟を決めるのだった。


「ギャルン」


「ん、うおっ!」


「私と契約して。私を魔法少女にして。今すぐに!」


 ギャルンを両手で掴んで、要請する藍奈。

 ギャルンはしばらく呆然としていたが、やがてその覚悟を知ってかニヤリ顔を浮かべた。


「彩香の危機だからな、そうこなくっちゃ! だったら早い事契約しちまおうか!」


「どうやってやるの?」


「簡単さ。オイラ達が互いに額を合わせるだけ。そうすれば契約完了して魔法少女になれるぜ」


「額……こう?」


「そうそうこんな感じ。……ってまつ毛長いなぁおい。お前ってやっぱ美人なんだわ、すっごい美人」


 何かこの場にそぐわない発言をするギャルンだったが、藍奈としては切羽詰まった状況だったので聞き流す事にした。


 ともあれ両者の額が合わさった直後、その間から淡い光が灯し始める。

 そこから何故だろうか、藍奈の脳内に「何らかの武器を持った自分自身」のビジョンが浮かび上がる。


(これ……私?)


「見えてきただろ? 自分の戦う姿を。そうしたら次に呪文を叫ぶんだ」


「叫ぶ?」


「ああ、『ディスガイズ』ってな。そうすればオイラが魔杖まじょうになってキメラと戦えるぜ」


「…………」


 先ほど、魔法少女になったら戦い続ける事になると彩香が言っていた。

 それを思い出して、一瞬動きを止めてしまう藍奈もいた。


 だがもう決めた事。

 藍奈にはもう、彩香を守る事しか考えていない。


 彩香を傷付ける者が誰であろうと、絶対に許さない。


「ディスガイズ!」

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