第3話 元の世界とは違う

「……んん? あれ?」


 藍奈が目を覚ますと、大きな壁が目の前にあった。

 

 辺りを見回していくと、どうもどこかの路地裏である様子。

 藍奈はそんな場所に倒れこんでいたようだ。


 てっきり黒い穴に入って死んだかと思ったが、すぐに安心するような拍子抜けするような感覚に陥る。


「生きてる……よね? じゃあさっきのは夢だったんだ……」


 何で路地裏で倒れていたのかはさておき、すぐに花瓶を買いに行こうと路地裏を出た。

 途端、思わず足を止めてしまう。


(……あれ、ここどこ? ていうか通行人の髪色すご……)


 藍奈がいた街は、畑がある半田舎だった。

 それがどうしてか、目の前に広がるのは東京のような都会だった。


 そして通行人。

 黒髪の人もいるはいるが、中には水色だったり緑色だったりとまるでアニメキャラのような彩色をしている。


 まるでアニメの中に迷い込んだような錯覚に、藍奈は立ち尽くしながら陥っていた。


「……そうだ。スマホ……」


 スマホを取り出し、この街の位置情報を調べようとした。


 だが画面を開いてみると、何故か『圏外』の表示が。

 マップはおろかネットも開けない。


「……交番に行くか」


 何で圏外になっているのか分からなかったが、藍奈は諦めて交番に向かう事にした。

 

 どこか分からない街を歩く事数分。

 やっと目の前に交番が見えてきたので、その中にいる警察にこの街や地元の事を聞いてみた。


「ここどこって、『城南市じょうなんし』に決まっているでしょ? ……はぁ、何その住所? 聞いた事もないんだけど。何かのアニメと間違えていない?」


「えっ、そんな……」


 城南市なんて聞き覚えのない街名、そして存在しないという地元の住所。

 それら2つの事実を聞いて、藍奈は混乱してしまう。


「とりあえず迷子ならここにいる? すぐに親御さんに電話するけど」


「……いえ大丈夫です。間に合っているんで。ありがとうございます」


 混乱しながらも交番を後にする事に。

 

 それから街を歩いていると、ふと目の前に家電量販店を発見。

 すぐに中に入ってからパソコンをいじり、地元の住所を打ち込んでみた。


『一致する検索結果は見つかりませんでした』。


「…………」


 表示された文字を見て、しばらく藍奈が固まる。

 その内に、1つの回答が脳内に浮かんだ。


(信じられないけど、ここは多分パラレルワールドなんだ。というか異世界なのかも)


 存在しない地元の住所、元の世界に存在しない城南市という名前の街。

 そして圏外となっているスマホ。


 それらのヒントから、藍奈は「ここは自分のいた世界とは別物」という結論に達した。

 信じがたい事だが、彼女自身が落ちた黒い穴が関係しているのは間違いない。


「……フフ、そっか。神様が私の願いを叶えてくれたんだ。うん、きっとそうだよ。フ、フフフ……」


 藍奈は先ほど、「自分を知っている人がいない場所に行きたい」と望んでいた。

 

 それが神のイタズラか、図らずも叶う事になったのだ。

 異世界に迷い込むという常識外という形ではあるが。


 ともかくそれが嬉しくて嬉しくて、藍奈はこらえきれない含み笑いを出してしまう。

 店員や他の客が、怪訝そうに見ていてもお構いなしにだ。


「フフフ…………フフ……フウ……」


 やがて熱が冷めるように笑うのやめた。

 

 異世界に辿り着いたのはいいとして、まだ不安要素が残っているのだ。

 それが超能力。


 超能力は、藍奈のストレスや敵意をトリガーにして発動される。

 ちょっとした拍子で、周りの物を破壊してもおかしくはないのだ。


(もしそれが発動しちゃったら、また化け物扱いされるだろうなぁ……)


 藍奈はある日の事を思い出していた。


 自分に不可解な力があると分かった途端、それまで普通に接してきた両親の目の色が変わった事を。

 食事をまともに与えられず、まともな服も着せられなかった事を。


 さらに両親が上手くやっていたせいか、そういう虐待が児童相談所に届く事なく、届いたとしても両親がシラを切ったせいでうやむやになった。


 そんなゴミのような扱われ方を、この異世界でまたされたら?


「お客様、どうなされました?」


「っ! い、いえ何も……」


 店員に首を振って店を出た後、藍奈はどうすればいいのかと思案する。


 手持ちのお金は、おじさんからもらった弁償代の3万円。

 スマホは圏外で使えない。自分を示す学生証などもない。


「ネカフェに行こうかな……。でも断れたらどうしよう……その時には野宿? やっぱ襲われたりする……?」

 

 多い課題に藍奈が頭を悩ませる。

 それからうんうんと唸っていた時、彼女はハッと頭を上げた。


「! えっ、これ……」


 頭に何かを叩き込まれたような感触。

 

 これは『察知』であり、近くに何か異変があればそれを感じ取る事が出来る。

 藍奈の超能力の1つだ。


 藍奈はこの能力で上からの落下物を回避した事があるのだが、今回の『それ』は今までに感じた事がないものだった。

 すぐに発生源らしき場所に向かってみると、見えてきたのは中が真っ暗な架道橋かどうきょうだった。


(何でこんなところから……ここに何かあるの?)


 不思議に思いながらも架道橋を覗き込む。

 するとその時、荒い息を立てながら1人の若い男性が出てきた。


「ヒ、ヒィイイイイ!!! うわあっ!!」


「えっ?」


 その男性の足に糸のようなものが巻かれ、架道橋の暗闇に引き戻されてしまった。


 一瞬の出来事に、何が起こったのか分からず呆然としてしまう藍奈。

 ただ架道橋から足音らしき音が聞こえ、やがて1つの人影が現れてきた。

 

 ――グルルウルル……。


 人間ではなかった。


 複数の複眼や横開きの顎を備えた頭部に、ひょろ長い身体。

 虫の脚のような六本の手に、逆関節の脚。


 まるで蜘蛛を無理やり人型にしたような『怪物』だった。


「何、コイツ……」


 藍奈は自分の頭がバグってしまったのかと疑ってしまった。

 こんなのは元いた世界では信じられないものだ。

 

 その間にも藍奈の存在に気付いた後、細長い脚を使ってにじり寄る怪物。


 そうして両者の距離感が縮まった時、怪物が鋭い鉤爪を向けてきた。


「……っ!!」


 しかしその時、


「ハアアアアア!!」


 どこからか女性らしき人が現れてきた。

 その女性が長い棒のようなものを振り下ろそうとしたが、怪物がそれに気付いて回避してしまう。


 女性の方は藍奈を守るように前に立ち、棒のようなものを構えていた。


「……日本刀?」


 棒のようなものの正体は、何と日本刀だった。

 女性は銃刀法違反まっしぐらなブツで、怪物と対峙していたのだ。

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