第2話 藍奈の残酷な日常

(もう朝……起きたくないなぁ……)


 カーテンの隙間から日光がこぼれる中、ベッドに寝ていた藍奈はそう思っていた。

 

 今日は学校のない日曜日。

 なので学校が始まる事に憂鬱に思っているとかではない。……というか、そもそもそんなありふれた理由ではなかった。


 彼女は渋々ベッドから出て、1階の居間へと赴いた。

 居間には新聞を読んでいる男性と、朝食を作っている女性がいる。


「……おはよう、おじさん、おばさん」


 藍奈は両親と暮らしていない。

 訳あって親戚の夫婦と暮らしている。


「「…………」」


 ……が、その夫婦から一言も挨拶が返ってこない。


 まるで藍奈の言葉が耳に入っていないかのよう。

 しかもこれが初めてではなく、彼らと一緒に暮らし始めた時からこうなのだ。


(……やっぱり)


 こんなリアクションはある意味お約束なのだが、やはり堪えてしまう。

 それでも藍奈は黙ってテーブルに座ると、おばさんが朝食を持ってきてくれた。


「はい、お待たせー。あなたどうぞ」


「ああ、ありがとう」


「……はい」


 夫のおじさんに対してにこやかにしていたおばさんが、藍奈には仮面のような冷たい表情になる。

 しかも皿に置く際、わざとらしくガシャンと音を上げる始末。


「……いただきます」


「いただきます。……うん、今日も美味いよ。幸子さちこ


「ほんと、嬉しいわぁ。あっ、それで藤次郎とうじろうさん、今日は町内会の仕事で買い物に行けないと思うから、今日仕事帰りに行ってくれる?」


「ああ、別に構わないよ。他に何か欲しいものはある?」


「そーねぇ、最近ティッシュが切れているから……」


 仲睦まじく会話をする夫婦。

 

 しかし一切藍奈に話題を振らないし、そもそも目もくれない。

 彼らにとって、『藍奈』という存在はいない扱いなのだ。

 

(おじさんもおばさんも……私をそうやって……)


 いつもの事、いつもの事と思っていた藍奈だったのだが、こうも無視されると本当に嫌になってくる。

 もう慣れていこうと我慢していたのに、彼女の中でふつふつと不満が湧いてきた。


 パリンッ!!


「あっ……」


 その時、視界に入っていた花瓶がに割れ、水がこぼれた。

 藍奈がしまったと思った時には、おばさんが鬼の形相を向けてくる。


「あんたまたそんな事をして!! あの花瓶いくらすると思って……」


「落ち着けよ……あまり関わるなって前に言っただろう……。ほらっ、お前もお金やるからさ、悪いが花瓶を買ってきてくれないか?」


「でもまた朝食食べて……」


「そんなの後にでも出来るだろ? ほらっ、近くの雑貨屋にでも行って買ってきてくれ」


(……本当は関わりたくなくて追い返したい癖に)


 おじさんの本心がすぐに分かったが、それでも花瓶を割ってしまった件もある。

 おじさんが出した札を手にして、藍奈はすぐに家を出た。


「……何で自分にこんな力あるんだろう……」


 トボトボと道を歩きながら、自分の手を見つめる。


 実は藍奈には、生まれながらにして異様な力を持っているのだ。

 それは言わば『超能力』。


 ありえない話だと思われるだろうが、彼女は先ほどのように視界に入る物体を破壊する事が出来る。

 その他にも色んな能力を持っていて、故に生まれた時からずっと周囲から疎まれ続けていたのだ。


 もちろんそれは先ほどの夫婦、そして実の両親でも例外ではない。

 

 強大で不可解な力を持った藍奈に対し、両親は恐れた。

 虐待とも差し支えない事を彼女にし続けた。


 彼女の事を無視するのは序の口で、ご飯を与えなかったり部屋に閉じ込めたり。

 さらに一緒にいる事へのストレスから暴力も振るった。


 その両親は今はいない。

 藍奈が小学5年の時、突如として失踪してしまったからだ。


 貴重品を大量に残したので夜逃げの線が低いと見て、警察が捜索に当たった事もあった。

 が、どれだけ捜しても見つからず、ついには捜査が打ち切られる事に。


 そうして藍奈は親戚夫婦と暮らす事になった訳だが、「藍奈が超能力で両親を殺したのでは?」という噂が親戚内で広がり、夫婦に内心恐れられる始末。

 実の両親のように際立った虐待はしてこないが、先ほどのようにまともな会話をしてこないのだ。


「……どうして私がこんな目に遭うんだろう……」


 藍奈はふと立ち止まって、足元の水たまりを見た。

 黒く長い髪、小柄な身長、普通の服装。どこからどう見てもよくいる女の子が映っている。


 だというのに不可解な力を持っている。

 それだけで人間扱いされない事に、藍奈は歯ぎしりする思いに溢れていた。


「こんなところ……もういや……どこか……誰も知らないところに行きたい……」


 そう独り言ちると、水たまりに映る自分の顔が怒りで歪む。

 

 ――その時、その水たまりが黒い穴へと変わっていった。


「えっ? うわっ!?」


 黒い穴が藍奈の足元まで広がり、彼女は吸い込まれるように落ちていく。

 視界が黒く塗りつぶされるのを感じて、藍奈はこれからの末路を実感した。


(これヤバい……自分、死んだな……)

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