あなたが好きな私が好きなあなた

やまね みぎたこ

第1話

どこにでもあるような学校の、どこにでもあるような風景…授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、昼休みと言う区切りがやってくる。

教室にいる者たちは各々行動を開始する。

ある者はカバンの中から弁当を取り出し、またあるものは財布を手に学食に向かって早歩きで駆けていく。


どんな場所にもあるありふれたはずのそれだが…この場所においては少しだけ違っていることがあった。

教室の一か所に円状に人だかりができているのだ。

その人だかりの目当てはなんだろうか?答えは簡単で、それは一人の女子生徒だった。

大勢の人間が一人の少女を囲んでおり、その少女は人の渦の中心で楽しそうに笑っている。


彼女が何者なのか…それは一目見ればほとんどの人間がだいたい予想できるかもしれない。

何故ならその少女はとにかく美しかったから。

美しくて綺麗で…可愛くて可憐。

誰もが見とれるほどの輝きと美しさを持つ…唯一無二の貴重な宝石が人の姿を得て歩いている。

そう形容する者がいるほどに、少女はとにかく人目を引いたのだ。

そしてそんな少女を当然世間は放ってはおかず…はじめは小さな雑誌の読者モデルから始まり、人の目に留まり雑誌のレベルが上がり…やがてテレビに取り上げられるようになるのにそう時間はかからなかった。

誰もが認める美しさを持った少女…それが名木原月実(なきはら つきみ)という彼女が受けた評価であり、そんな月実を求めて休み時間の度にこの教室にはたくさんに生徒たちが集まってくる。

クラスのものはもちろん、他クラスや上級生…果てには本来なら近寄りがたいはずの下級生までもがだ。


誰もが月実を褒めたたえ、彼女と仲良くなろうと悪い言い方をするなら媚びへつらってくる。

そんな状況でもしかし月実は決して傲慢にふるまうことは無かった。

話しかけてくるもの全員に優しく微笑みかけ、無下には扱わずに会話をしてくれる。

一部の友情をはぐくんでいる友達との付き合いには積極的に参加し、いつまでも同じ目線でいてくれる。

容姿だけでなく性格もいい…それが彼女の人気をさらに押し上げていくこととなり、学校側も彼女の存在をそれとなく宣伝し、生徒を募るなどまさに学校にとって月実の存在が全てを照らす太陽のものとなっていた。


そして太陽と言う光があるのならば…当然それに付属して影が産まれる。

人だかりを縫うようにして一人の少女が自販機で買ったのであろう緑茶を手に、生徒の輪から外れた席に座って小さな弁当を広げる。


「うわっ…でた根暗女」


人だかりを形成していた誰かが少女に向かってボソッとそう呟く。

人の輪から外れた根暗と呼ばれた少女は月実と比べると確かに暗いとしか形容できなかった。

目元が隠れるのではないかと言うほど伸ばされた黒髪に…几帳面に編み込まれたおさげ。

大きな丸眼鏡にそばかす…ととにかく暗い印象を人に与える。

その少女の名前は小鴉日奈(こがらす ひな)…尤も太陽が存在するこの学校で、その影の少女の名前を憶えている者などほとんどいないが。


日奈の登場によって生まれたざわめきは少しずつ広がって行き、やがては大きなざわめきへと変わる。


「ほんといつも空気読まないよなぁ」

「なんでわざわざそこで食うんだっつーの」

「マジ邪魔くさい」


特段、日奈が何かをしたわけではない。

その場所で弁当を食べているのも、そこが日奈に割り振られている席であるというだけだし、人だかりに対して何かアクションをしたわけではない。

だが生徒たちにとって日奈と言う存在が…この学園にある太陽に射した陰りであるという一点だけで攻撃対象となるのだ。


そしてそれは本来ならその足元にも及ばない太陽と同格と思い込みたい者たちが、一番下の存在を勝手に決めつけて自分たちの立ち位置を錯覚させているだけなのだが、それを指摘する者などその場所にはいない。

日奈自身もそれを何も言わずただただ受け止めているだけだ。

そんな状況で月実が思わず見とれてしまうような笑顔で口を開く。


「…ねーみんな。私今日は学食なんだ~。だからそろそろ行かなくちゃ」


そう言って移動を始めた月実にその場の全員がついていく。

弁当を持参している者や、すでに購買でパンを買っていたものも同様に…全員が太陽に引き付けられるようにぞろぞろと移動していく。

そうして誰もなくなった教室で…日奈はただ一人、黙々と弁当を食べていたのだった。


─────────


放課後になると月実は一人屋上にいた。

部活に入っていない彼女は仕事がない日は放課後になるとすぐに囲まれてしまい、帰るのも一苦労…下手をすれば道を塞いでしまう事にもなるのでいつもどこかに身を隠すようにしていたのだ。

屋上の隅で身を縮めて人目を避けるその姿は…果たして彼女を取り巻く者たちが見たらどう思うのか。


「…ふわぁ」


退屈からくる眠気に、あくびを一つ零したところでポッケにしまっていたスマホが数度震える。

仕事柄連絡はすぐに確認することにしている月実はすぐにスマホを取り出し、届いたメッセージを確認して…。


「あはっ」


その日一番の笑みを浮かべた。


─────────


日が沈みかけて学校内からほとんど生徒がいなくなったタイミングで月実もようやく下校を始める。

人に見つからないように注意しながら階段を下りて…自分の靴箱を開くと中から手紙が数枚溢れ出してくる。

今時かなり古典的ではあるが、それらの全てを月実はバッグにしまって靴に履き替え、小走りで外に駆けていく。

ここまでくればあとはスピード勝負だ。

誰にも見つからずに校門を抜けられればもうさすがに生徒に囲まれることは無い…そう思い門を通り抜けて右に曲がったところで周囲に気を使い過ぎて正面がおろそかになっていたのか人にぶつかってしまい、月実は尻もちをついてしまった。


「あいたたた…あ、ご、ごめんなさい!よそ見しちゃって…」

「…」


誰からも好かれる「性格のいい」月実はとっさにまず謝罪の言葉を口にする。

しかし相手は何も喋らず、月実は頭上から自分を見下ろすような高圧的な視線を感じていた。

それを受けて月実は…背筋に電流が駆け抜けたかのような感覚を覚えた。

そのまま恐る恐ると顔をあげると…自分を見下ろしている長い髪と大きな丸眼鏡に隠された瞳と目が合った。


「小鴉…さん…」

「ずいぶん遅いお帰りね」


月実を見下ろしている日奈は手を貸そうともせず、ただただ睨みつけるような鋭い視線を注いでいた。

そして何故か月実は…座り込んだまま立ち上がろうとしなかった。


「あ、ご、ごめ…人がなかなかいなくならなくて…じゃなくて、ちょっと明日の授業の予習をしてたんだ~小鴉さんはこんな時間までどうしたの?」


いつもの太陽のような笑顔と声色で月実は陰である日奈にもみんなと同じように話しかける。

それを受けて日奈はゆっくりと距離を詰め…ゆっくりと手を伸ばして月実の頬を軽く撫で始めた。


「え、あ、あの…こ、小鴉さ、ん…?」

「…」


月実が戸惑いの声をあげても構わず、日奈はその頬を何かを焦らすかのように軽く撫で続け…次の瞬間に月実の制服のカッターシャツに手をかけて首元のボタンを一つ外した。

そうして露になった月実の白い首には…小さなものではあったがチョーカーが巻き付いていた。


「あ…小鴉さん…」

「ここには誰もいないわ。周囲も薄暗いから「もう大丈夫」よ」


そんな日奈の言葉に月実は目を見開き…やがて頬を紅潮させながら歪んだような笑顔を見せた。


「ひ、ひなちゃん…えへっ。えへへ…き、今日もうまく…できたかなぁ?」


太陽とまで形容された彼女とは似ても似つかない…媚びるような甘ったるい声で月実が伸ばされている日奈の掌に自らの頬をこすりつける。

姿勢はぺたんと座り込んだまま…トロンとした瞳で日奈を見上げている。


「ええ今日もとっても綺麗な…「私」の月実だったわ。みんなみんなあなたを持ち上げてちやほやしてた…あぁでもあれはなに?」


日奈が月実の手を払いのけて、チョーカーと首の隙間に指を入れて引き上げて至近距離でその目を覗き込む。

見開かれた日奈の瞳には形容しがたい威圧感が宿っていた。


「あ、え、な、なに…わたっ私何かやっちゃった…?」

「ええお昼休みに皆を連れて学食に行ったでしょう?今日は教室で食べろって言ってなかった?言ったわよね?」


「ご、ごめ…!だってあのままじゃ…ひ、日奈ちゃんがみんなに悪く言われて…」

「どうでもいいのよそんな事。私があいつらにどう言われたって…それよりも皆にちやほやされるあんたを見れなかった方が何倍も嫌なのよ。ねぇ月実?あなたはなに?あなたは誰のもの?」


チョーカーと指に圧迫されて、わずかに呼吸が妨げられて息苦しさを感じるが…だが月実は笑っていた。

頬を赤らめて目には薄っすらと歓喜からの涙が浮かぶ。

はぁはぁ乱れたと息を漏らしながら、それでもしっかりと甘ったるい声で答える。


「私…わぁ…日奈ちゃんの…えへっ…あはっ…日奈ちゃんのぉ」

「そう、そうよね?私があんたをここまで綺麗にしてあげたの。だって月実は誰よりも綺麗だから。私がそれをさらに磨いて…もっともっと誰よりもなによりもあなたは綺麗になった。私はそれを世に見せびらかしたいの。私が、私の月実を!誰もかれもがちやほやする…それがさいっっっこう~に気持ちがいいのに…よくも邪魔したわね?これは家に帰ったら「お仕置き」ね」


お仕置き。

その単語が月実の全身を駆け巡り、ひとりでにその身体を数度痙攣させた。


「いい?あなたは勝手な事をしないで。自分が誰のものなのか…常に考えるの。わかった?」

「う、うん…わかったよ日奈ちゃん…えへっ、えへへへへ…」


その瞬間を学校の人間が目にすれば間違いなく驚く…いや、もしかすれば現実のものとは認識できなかったかもしれない。

太陽である月実は泣き笑いの表情で媚びるような笑いをし、陰である日奈はそんな惨めな太陽を見てニタァと笑みを浮かべていたのだから。


──────────


月実と日奈。

太陽と影は幼稚園の頃からの幼馴染だった。

月実は当時から可愛い子供と評判ではあったが、それでも「あの子かわいいね~」とたまに言われる程度の普通の子供だった。

対して日奈は…少しだけ周囲の子供とはズレていた。

花や海…ステンドグラスや鉄鉱石…そして宝石ととにかくキラキラしていて綺麗なものが好きだった。

母親が持っていたアクセサリーを気がつけば握っており、誕生日には宝石がいいと両親を困らせていた。

だが両親も娘をマせていてかわいいと困りながらも可愛がっていたのだが…日奈は人が思うよりもさらに少しだけ「ズレて」いた。


幼稚園に入園し日奈は真っ先に月実に目をつけたのだ。

綺麗で可愛い…まだほとんど注目されていないが、磨けば何よりも美しく輝く宝石になる…そう半ば本能のようなもので感じ取った日奈は出会って以降、ひたすらに月実に執着する。

常に隣を陣取り、行動を共にした。

自分にプレゼントされた髪留めやリボンなどを横流しして飾り付けた。

いつの間にか服装にまで口を出すようになり、親に何かを買ってもらう時にはこれを買ってもらえと月実に指示を出した。

そして現に月実は時間と共にどんどん綺麗になっていった。

日奈が磨き、飾り立てて…月実という名の宝石はその輝きを増していく。


完全に自意識を確立した頃には二人の関係は完全に出来上がっていた。

陰に徹して自分の作品である月実を磨き続ける日奈と…見せびらかすための宝石としての役割をこなすために人を魅了する月実。

歪んでいたとしても、もうまっすぐに戻ることは出来なかった。


「くすっ、私の、私の月実…今日もあなたが一番綺麗よ。その輝きでたくさんの人を引き付けて、もっともっとその価値を高めてね。そして私がもっともっとあなたを綺麗にするの…うふふふふっ」

「うん…頑張るね日奈ちゃん…私は日奈ちゃん…のものだから…日奈が喜んでくれるなら、なんだってするよ」


────────


その日、月実は学校に来ていなかった。

あからさまにテンションが下がっていたクラスメイト達だったが日奈のそれもダダ下がりだ。

しかし月実はテレビの撮影で休みなので仕方がないと割り切る。

それに…本人はいなくても宝石を見せびらかすことは出来るのだから。


「なぁおい見ろよ!月実ちゃんがテレビ出てるぜ!」

「えー!うそー!見せて見せて―!」


クラスメイトの一人がスマホを見ながら大声をあげる。

どうやらスマホをでテレビを見ていたようだが、その番組に月実が出ているらしい。

にわかに周囲は騒がしくなり、月実を讃える声で満ちていく。

そんなクラスの様子に日奈は誰にもバレない様に歪な笑みをこぼしながらご満悦に浸っていた…しかし、それに水を差すように普段はほとんど鳴らないはずのスマホが震えた。


「なによ…」


苛立たし気にスマホを確認するとメッセージが一件届いており、送り主は…月実だった。

そしてメッセージには──


「…ふーん」


髪と丸眼鏡によって二重に隠された瞳が…鋭く細められた。


────────


日が完全に墜ち、夜の帳が落ちた深夜。

不健康を極めたかのような体型の怪しげな男がキョロキョロと周囲を探し物をするように見渡しながら徘徊していた。

時折手元で何らかのサイトページが開かれたスマホの画面を見つめながら何度も何度も道を行ったり来たりを繰り返す。

どう見ても不審者そのものだが、人の気配というものを一切感じられない…静寂さだけが夜の闇の中に流れるその場所では男を通報したり声をかけようとするものは存在すらしていなかった。

だが不意に男の耳にかすかな靴音がどこからともなく聞こえてきて…それに誘われるように男はふらふらと音のするほうへ歩を進める。

街灯が立っているとはいえ、闇は深く…靴音のするほうへ向かってもその主の姿は見つけることができず…だが男はスマホのライト機能も使うことなく一心不乱に歩き続け…やがて大きな上り坂に差し掛かる。


「…ちっ…ぶつぶつ…」


男は小さく悪態をつきながらも不健康な身体を引きずりながら坂道を上り…やがて大きな公園のような場所に出た。

汗をかき、はぁはぁと息を切らしながら周囲を再びきょろきょろと確認し…入ってきたのとは逆方向にある公園の出口に向かって歩く。

そちらは坂道ではなく、長い下り階段となっていてその階段のたどり着く先…うっすらと街灯の光に照らされたその場所に男に背を向けるような形で人が立っていた。

男がその人影に向かって長い階段を下っていき、三割ほど進んだころ男は人影を改めて確認して「い、いた…」と呟きながら絵もを形作る。


「あの髪飾り…絶対にそうだ…」


人影はその全貌はいまだ確認することはできていないが、街灯の光を反射する髪飾りのようなものははっきりと見ることができた。

そして男の手元にあるスマートフォンの画面に映し出されている画像…そこに映る一人の少女には同じような髪飾りが付けられていて…。


「ほんとうにいたんだ…ふひっ…月実ちゃん…」


男が人影に向かって下り階段を駆けだす。

その不健康そうな身体からは想像ができないほどの速さと力強さでどんどん進んでいく。

足元も確認せずに。

そして──


「え…?」


男は視界がスローモーションになるのを感じた。

身体が宙に浮いて…ゆっくりと落ちていく。

何が起こったのか…何も理解できなかったが、ゆっくりと…しかし確実に流れていく時間の中で男の視界の隅に先ほどまで自分が下っていた階段が飛び込んでくる。

その一段になにか粘り気のある液体のようなものが撒かれていて…そこには自分のものと思われる足跡のようなものがうっすらと付いていて…。

それに気が付いた時にはもう…何もかもが遅かった。


「う、うわぁあああああああああ!?」


男の時間が現実に追いつき、その身体が階段に打ち付けられながら落ちていく。

どこまでもどこまでも…永遠に感じられる時間を落ちていき…全身をズタボロにされて最後に地面に頭を打ち付ける。

最後に男が見たのは…ぽつりと空から零れ落ちてきた雨と…冷たく見下ろしてくる髪と眼鏡で顔がよく見えない女の姿だった。


─────────


日奈は何の感情も感じられない瞳で、たった今その生を終えた男の亡骸を見つめていた。

ぽつぽつと降り始めた雨を確認し、死体を何度かつま先でつついて死んでいることを確認する。

明らかに普通ではない物を目にしているというのに日奈はうろたえることも叫ぶこともなく、周囲を確認していき…地面に転がっていたスマホを手袋に包まれた手で拾い上げた。

階段から落ちた衝撃で画面にはびっしりとひびが入ってはいたが、画面にはまだ月実の姿が映っていて…。


「…月実は私のものなの。私が見つけて私が磨いて私が飾り立てたこの世で一番きれいな存在なの。ちやほやするのはいい、もてはやすのもいい、崇めて讃えるのもそう…むしろそうしてくれないと困る。世界中があの子の価値を認めて…誰もが美しいと羨望を向けるべきなのよ。でも手を出そうとするのなら許さない。あの子は私の、私だけのものなの。ストーカーなんてして許されると思うの?手籠めにしようなんて考えることすら罪よ。綺麗な宝石はそれを生み出したもの以外には触れられないからこそ尊いのよ。それを犯そうとするのなら…死ぬしかないわよね?」


力に任せてスマホを階段に叩きつけるとバラバラの残骸となって亡骸の近くに広がった。

そして…ザーと周囲の音をすべて消し去る勢いで雨が降り始めた。

その雨は何もかもを洗い流していく。

亡骸から流れていた血も、スマホのデータも…階段に付着していた液体も。

それを見届けてから日奈は雨に打たれながら自らのスマホを取り出してどこかに電話をかけ始める。

ガチャリと通話が始まる音がして…それと同時に日奈は取り乱したように叫ぶ。


「た、助けてください…!!ひ、ひとが…雨で足を滑らせて…!おち、おちて…は、はやくきて!!」


その日、静かなはずのその地域で死亡事故が起こった。

運動不足解消のために人目を避けて運動していたらしき男が突然の雨に足を滑らせて長いことで有名だった階段から転落…たまたま居合わせた少女が通報をしたが時すでに遅く…。

世間にはそう報道され、少女も軽い事情聴取のあとすぐに自宅に返されたとのことだった。


────────


その翌日、月実は部屋で一人スマホを耳に当てて通話をしていた。

その相手は…月実の「ご主人様」だ。


「ええ、それで今日はいろいろと面倒そうで学校にも行けなかったし、家から出ないほうがいいと思うから会えないわ。でもスキンケアは欠かさないで。あと運動も」

「うん…わかってるよ日奈ちゃん…た、たいへんだったね…」


「ええそうね。でもそんなことよりあなたが心配よ。この前言ってたストーカーは大丈夫?」

「え、う、うん…あの…まだわかんないんだけど…この前死んだ人がその…」


「…そう。それはすごい偶然ね。私の月実に手を出したんだもの…きっとバチが当たったのよ」

「そ、そうなの…かな…あ、あのね!あの…日奈ちゃん…もしかしてだけど…」


「なに?」

「ううん…なんでも、ない…」


それならもう切るわねと通話は突然終わりを迎えた。

音のならなくなったスマホをわきに置き…月実は顔を伏せる。

月実はあの日…日奈に一通のメールを送っていた。

その内容は最近誰かに痕を付けられている気がするというもので、そういう時は何よりも先にまず日奈に報告するようにと言いつけられていた。

なのでそれに従いメールを送って…その数日後におそらくそのストーカーと思われる男が事故死した。


「…っ…」


月実は顔を伏せたまま、かすかに全身を震えさせていた。

日奈はすごい偶然だと口にしたが…そんなはずがない。

その場にある月実が知りえる状況のすべてが恐ろしい真実を物語っていて…。


「…っ…は…」


身体を震えさせながら声を押し殺しているかのような吐息を漏らして…月実は顔をあげた。

その表情は…恍惚に彩られていた。


「あはっ!あはははははははっ!やってくれた…「また」やってくれた…日奈ちゃん…んふふふふふふふ!!」


そのタイミングで部屋に置いてあったプリンターがやや耳障りな機械音をあげながら…一枚の紙を吐き出した。

それに一目散に飛びつき、プリントされた紙を見て月実はさらに表情を喜色ばんだものにゆがめていく。


「んはぁ~…日奈ちゃん…すてきぃ…」


プリントされた紙に印刷されていたもの…それは雨が降る闇の中、死体を前に佇んでいる日奈の姿だった。

そう…あの日、あの瞬間。

あの場所にはもう一人…闇に潜んでいた者がいたのだ。

その人物は雨音に紛れてシャッターを押し…その瞬間を写真という永遠に刻み込んだ。

そうして手に入れた写真に月実は頬ずりを繰り返し…引き出しの奥から一冊の本のようなものを取り出した。

それはいわゆるフォトアルバムと呼ばれるもので…はぁはぁと呼吸を乱しながら月実がページを開いていく。

そこに張り付けられていたのは数十枚にも及ぶ日奈の写真たち…ただし普通の写真ではない。

すべて…日奈と一緒に死体が映り込んでいた。

そのフォトアルバムの写真が貼られていないページにに今しがた手に入れたモノを貼り付けると同時に月実の身体がビクンと一度だけ跳ねた。


「んんっ~…!…あはっ!これで…五人目♡また日奈ちゃんは…はぁ…私のために殺してくれた…んふふふふふふふふふ!…んぁ!…はぁはぁ…本当に…本当に日奈ちゃんは私の事好きでいてくれてるんだぁ…だってそうじゃないとここまでしてくれないもんね?んふふふふふ!私を…私だけをこーんなに好きでいてくれる日奈ちゃんが…私もだぁいすき…ありがとう名前も知らないストーカーさんっ。あなたのおかげで私と日奈ちゃんは…もーっと仲良くなれたよ!あはっ!」


月実は物心ついたときからなぜか愛されるというものが大好きだった。

自分を、自分だけを見てくれて、甘やかしてくれて大好きだって言ってくれて…自分だけのものになってくれて自分の事だけを考えてくれる…そんな感情を向けられるのがたまらなく快感に感じられた。

最初は両親からの無償の愛…それだけで満足ができていた。

でもそれは心の底から自分を満たしてくれるものではないと気が付くのにそう時間はかからなかった。

親が子供を愛してくれるというのは…それは当たり前に近い事なのだ。

それができない親などそもそもが子を産む資格などないのだから。

だからそんな当たり前の愛ではなく、他人からの…血のつながりなんて何もない誰かの愛がほしかった。

そして日奈はそんな月実の欲望を誰よりも濃厚に、そして深く満たしてくれていた。

だからやめられない。

どこまでやってくれるのか、どこまで愛してくれるのか…それが知りたくて、それを試したくてたまらない。

だから…月実はいつの日からかこの遊びを始めた。


「今の時代さストーカーになってくれそうな人なんてこっちからも簡単に見つけられるんだよ?ちょーっと煽ってあげればみんなすぐに私に乱暴しようってしてきてくれる…そしてそれを日奈ちゃんが…!あぁっ…んっ!!わたしぃ…すっごく愛してもらってるっっ♡♡♡」


ビクンビクンと何度も何度も月実の身体が痙攣し、口の端からだらしなく涎が一筋流れ落ちる。


「んはぁ…!…さてさて~次はどのストーカーさんを使おうかなぁ~…立て続けはさすがに危ないかなぁ?でもでも!危ない状況でも日奈ちゃんならきっと…!んふふふふふふ!!!楽しみだなぁ楽しみだなぁ…またいっぱいいっぱい愛してくれるかなぁ…んふふふふふふ!!」


スマホを操作して「リスト」の中身を吟味しつつ…月実は幸せそうに一人笑っていた。


────────


今日も学校にはいつもと変わらない、ありきたりな日常が流れていく。

クラスの中心ではみんなの人気者…太陽である月実が笑い、隅っこでみんなの厄介者…月である日奈が一人本を読んでいた。

二人は交わることなんてあるはずがなくて…日向者と日陰者、関わることなくその一生を終える。

それが正しい在り方だ。


ふと日奈が立ち上がり、ふらふらと教室を抜け出ていく。

クラスメイトたちは陰気臭いのがいなくなったと笑っていたがその数分後…突然「ひゃんっ!」と月実が身体を震えさせた。


「ど、どうしたの!?月実ちゃん!」

「う、ううん…な、なんでもない…ちょ、ちょっとごめん…おトイレ…」


慌てて小さなポーチを手に月実は教室を抜け出し、人気のない校舎裏まで走った。


「遅い」

「ひ、日奈ちゃん…こ、これ…とめてよぅ…普通に電話で、ん…呼んでくれればぁ…んん!?」


「それだと面白みがないでしょ。こういうスリリングも女を綺麗にするために必要なのよ」


スイッチのようなものを日奈が操作すると様子のおかしかった月実が平常を取り戻し、深呼吸を繰り返す。


「そ、それで…どうした…の?私なに、か…」

「なにかじゃない」


すばやく日奈が月実の襟元を掴み、無理やりその場に座らせてチョーカーを露出させる。

二人の関係を象徴する首輪…どちらがペットでどちらがご主人様なのかを知らしめる二人だけの秘密。

それが露出しているとき…二人は普段つけている仮面を外す。


「え…?」

「あんたさっきのはなに?いい?あのクラスで一番地位が高いのはアンタなの。なのに人に媚びるようなこと言って…クラスの連中なんてあんたの綺麗さの足元にも及んでいないの。いい?私の月実はそんな女じゃないの、ちゃんとやって」


「う、うん…ごめん…わ、わたしがんばる、よ!」

「がんばるじゃない。やるの。あなたは私が世界で一番綺麗にしてあげるんだから…美しい宝石は何もにも媚びないいから美しいの。人当たりはよく、誰にも好かれるように柔らかく、でも媚び諂うのはダメ。わかった?」


「…えっと…う、うん!わかった!」

「そ。いい子。じゃああとでご褒美をあげなくちゃね」


「う、うん!えへ、へ…あ…そうだ日奈ちゃん…ちょっと相談があるんだけど…」

「なに?」


「あのね…この前事務所に変な人から手紙が来て…怖くて…」

「ふーん?最近数が多いわね。ねぇ?月実」


「え!?あ、うん…そ、そうかな…?」

「まぁいいわ。それだけあなたが美しいってことでしょうからね?じゃあほら早く話しなさい」


「うん!大好きだよ日奈ちゃん」

「私も好きよ月実」


誰よりも綺麗だから…自分の手でどこまでも綺麗に美しく仕上がってくれるから…だから大好き。

私を誰よりも見てくれて、何でもして愛を証明してくれるから…だから大好き。

それぞれの欲望を深く絡ませて、二人はどこまでも落ちていく。

そんな二人はきっと…世界で一番幸せな二人だった。

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