エピローグ「メビウスの輪の航路」Ⅱ

 ボクは生きている。

 ボクは死のうとしている。

 そんな不安定な状態の中に、今、ボクはいる――。


 全ての照明が落とされた真っ暗な部屋の中で、機械のランプだけが無慈悲むじひまたたいている。死にかけているボクを看取みとろうとしてくれている唯一ゆいいつの存在だ。


 ベッドに縛り付けられたボクは、愛想のない光が点滅する無機質な星の世界にいた。


 この機械に無数のチューブやコードをつなげられ、栄養を送られ排泄物はいせつぶつを取り去られ、体のデータを採られてボクは生きている。生かされている。

 そんな無様な姿でなければもうとっくに死んでいるこの体を、生かされている。


 せきり乾ききり枯れきった、このいさらばえた体。自分の名前も思い出せないほどに収縮しゅうしゅくした脳のほんの一点だけが、最後の揺らめきのように思考している。


 今開けているこの目が閉じれば、二度と意識は開くまい。

 そして、その目ももう、開いているのを支えられない……。


「また…………え、なかったか……」


 ――え?


「次……こそは……」


 口が、勝手に、言葉をらした。

 ――『また』? ――『次こそは』?

『逢えなかった』、だって?


 誰に逢えなかった?

 また、とはなんだ? 次とはなんだ?

 またも次もない。もうボクはここで終わりだ。そのはずなんだ。


 でも、何かを忘れている。生まれる前のことを思い出せない。どうしても思い出せない。

 忘れている、ということは、覚えていたということだ。

 何故、生まれる前のことを覚えているのか。理屈が合わない。


 もう少し、もう少しで思い出せそうだ。

 だから、ボクに時間を……もう、少しでいいから…………。

 ボクに、時間を…………。


 ――――――――。

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