「LAST LETTER」

『――この封筒を開けてくれた、お父さんへ。


 まずは、この手紙がイタズラじゃないと思って読む気になってくれたことに、感謝します。


 普通は、イタズラと思うでしょうね。


 死んだ娘から、その娘が死んだあとに、手紙が届くのですから。


 内容を読んでもらえれば、私とお父さん、それからお母さんしか知らないことばかり書いているので、この私、しおり自身が書いた物であることを納得してもらえると思います。


 多分、今から私が書くことは、冗談のような妄想のような、そんなわけのわからないことばかりになるでしょう。


 でも、全部、本当のことです。


 お願いだから、一度だけでも、最後まで読んでください。



   ◇   ◇   ◇



 お父さんがこの手紙を手にした時、きっと、お父さんの元には私が死んだというしらせが届いているでしょう。

 おそらく、もう、私の遺体と対面しているのではないですか?


 この手紙は、二十二日の朝にあの青いポストから投函とうかんしました。

 私が病院に入院した日、お父さんが運転する車から見えた、国道の海岸沿いのあのポストです。

 私の機嫌を取ろうとお父さんが青いポストなんて珍しいと、指差して教えてくれた青いポストです。私はそれを覚えていました。


 このことからだけでも、この手紙を書いている私が栞本人であるということが、信じてもらえると思います。


 郵便局に調べてもらえばわかりますが、この手紙が私が言った時間に投函されたことは事実です。


 私は、自分の手で、死ぬ前にこの手紙を書き、出しました。

 そして、私は自分が死んだ時間を知っています。場所も知っています。

 二十二日の午後七時ごろ、病院近くの海岸で、水着姿で私は死ぬでしょう。


 死因は多分、自然死のような形になるでしょう。自殺でないことだけは確かです。

 何故、死ぬ日の朝にこの手紙を出す私が、その日の夜に自分が海岸で自然死するかということを、知っているのか。


 そもそも何故、もう走ることも、まともに歩くことさえ難しい私が、海岸にいるのか。

 その日の昼間、海岸で遊んでいる私を、たくさんの人が目撃するでしょう。私はこの一日中を、海で元気に遊ぶ自信があります。


 普通はあり得ないことです。九月の半ばには死ぬだろうとお医者様に言われた私が、そんなことができるだなんて。

 でも、みんな事実です。起こり得ないことが起こった、と理解してください。


 病院の先生方、看護師さんたちには、本当に申し訳ありませんでした。私の勝手で病院の方々にご迷惑をおかけしたこと、許されないと思います。私が病院の外で死んだことについては、みなさんに一切の責任はありません。


 全部、私の責任です。悪いことをしているとはわかっていながらもしてしまうこと、本当に許されないことです。


 お父さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。


 栞は、悪い娘でした。


 わがままで、癇癪かんしゃくを起こす悪い娘でした。

 仲のよかったお父さんとお母さんが離婚したのも、全部私のせいです。ごめんなさい。お母さんにも、ごめんなさい。お母さんに会えたら、私が謝っていたと伝えてください。


 もしも、お父さんとお母さんがもう一度、いっしょに暮らせるのであれば、是非とも、そうしてください。

 私は、私の病気がわかる前まで、ふたり幸せそうにしていたお父さんとお母さんが、とても好きでした。私のせいで別れなければならなかったこと、本当に悪いと思っています。


 ごめんなさい。

 お父さんとお母さんをなじってしまったこと、ごめんなさい。

 私が弱い体で産まれたのは、お父さんとお母さんのせいではないのに。


 ふたりに当たってしまって、ごめんなさい。本当にごめんなさい。


 私は二十二日の早朝、この手紙を書いています。

 書き終わったら、ずっと行きたかった海に行って、思う存分遊ぶつもりです。


 それが色んな人の迷惑になるとはわかっているのですが、そうしなければ私は、自分の願いをかなえられなかったのです。


 あなたの娘の、最後の最後のわがままを、許してください。

 これは、絶対に必要なことだったのです。

 私が自分の人生を納得するために、絶対の絶対に、必要なことだったのです。


 だから、二ヶ月の余命が今ここでなくなっても、私は後悔しません。

 二ヶ月の命をついやすにあたいする大事な価値が、病室から見えていた海にあったのです。


 私は海に行き、海で遊びます。一日の全部を思う存分遊んで、幸せになります。

 そして、満足して、笑って、死にます。

 死に顔が笑顔になるほど、幸せになって死にます。


 だからお父さんが対面する私は、笑っていると思います。

 詳しくは書けませんが、二十日、二十一日、今日の二十二日のたった三日間で、私は本当に幸せになりました。


 だから、幸せな顔で死んでいるでしょう。

 世界でいちばんしあわせになったから、幸せな顔で死ねているでしょう。


 お父さん、私に命を与えてくれてありがとう。お母さん、私を産んでくれてありがとう。

 私は今、生まれてきてよかったと心から思っています。

 嘘でも強がりでもありません。本当のことです。


 今度は、もっと丈夫な体で、お父さんとお母さんのこどもに生まれたいと思います。


 散々勝手なことを書いて、ごめんなさい。

 お父さんも体に気をつけて、いつまでも元気でいてください。

 お母さんとのこと、お願いします。


 先立つ不孝をお許しください。

 ここまで読んでくれて、本当にありがとう。

 本当の、本当の、本当に、ありがとう。

 さようなら。


 七月二十二日 あなたの娘、早川栞より』




『追伸


 私の骨をお墓に入れてもらえるなら、お願いしたいことがあります。

 お父さんが昔書いた小説、あれを私の骨壺こつつぼのいちばん下に入れてください。

 あれは、私がいちばん好きな小説になりました。もう暗唱あんしょうできるくらいに何度も何度も読みましたが、お墓の中でまた何度も何度も読みたいと思います。


 今では、男の子の気持ちも、女の子の気持ちもわかります。

 特に、今では自分の命を縮めてでも女の子におうとした男の子に共感します。

 私の心は今、あの男の子の心境、そのままだと思ってください。


 それでは』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る