第24話「何でも頼んでいいの?」 「いいよ。何でも」

 海水浴場となっている浜は、多くの海水浴客で混雑していた。

 白い砂の上に色んな色のビニールシートが敷かれ、水着姿の様々な年齢層の男女が座って談笑している。立てられているパラソルの数もかなりのものだ。


 子どもたちがはしゃぎながら海に向かって走り、打ち寄せる波を踏みつけるようにして波打ち際を走る。大きなサーフボードを抱えて大きな波を待つサーファー。浮き輪に体を通して浮かんでいる男の子、女の子……。


 午後を迎えて海水浴客もぐっと増えてきた感じだ。奥行きのある白い浜を持つこの海水浴場は、きっと人気のスポットなのに違いない。


「あの建物かな?」


 海の真ん中で出会ったあの男の子のアドバイスに従って、ボクたちは食事を取るための海の家に向かっていた。ちょうど海水浴場の中心部に当たる、少し浜から奥まった場所に白いデッキハウススタイルの大きな建物が建っている。


 青で縁取りされた白地の上に大きく赤い文字で『氷』と書かれた旗がぱたぱたと風にはためいているそれは、どう見ても海の家だった。


 乾いた砂をサンダルで踏み、ビニールシートの間を縫うように歩きながらボクたちは五十メートルは先の海の家に向かって歩く。少し遠くの波の音に子どもたちのはしゃぎ声が混じり、それを払うように時折風が吹き抜けていった。


「わ、死神さん、あれ」


 足元で弾んだ大きなビーチボールをけたボクを、しおりが指でつついてきた。


「あの真っ赤なビーチパラソル、見て見て」

「真っ赤なビーチパラソ……あっ」


 真っ赤な、という時点で予測がついた。


「あの人、海の真ん中でお酒飲んでいた人よ」


 できれば見たくはなかったが、話題に上ってしまったのなら仕方がない。


「……やっぱり」


 視線の先に、セミダブルくらいはあるビーチベッドにその肢体を惜しげもなくさらした女性――先輩の姿があった。

 例の派手なハイレグの水着姿で仰向けに寝そべり、リクライニングで起こした姿勢で缶ビールを片手に細いサングラスで目を隠している。


 異様な迫力を漂わせるその雰囲気は謎の威圧感があるのか、混雑するビニールシートたちに間隔かんかくを空けられて真ん中でやや孤立するような姿でパラソルが立っている。


 いつもは黒いストッキングで完全に隠しているその白い脚を投げ出し、匂うような色香をかもし出して先輩はパラソルが作る影の中にいた。

 そんなフェロモンのような匂いに引きつけられたのか、若い男たちが二十人ほど、数メートルの距離を保ってもじもじと周囲をうろついている。


 誰かひとりが声をかければナンパに走ろうというのだろうが、先輩の余裕に満ちあふれたそのオーラにバリアを張られているように誰もきっかけを作れないでいた。


「すごいなぁ……」


 何に感心しているのかわからないが、栞の口からそんな声が漏れる。ボクもそれに深く突っ込みたくもなかった。


「よくボクたちよりも先に帰ってこれたもんだよ」


 どんな魔法を使ったんだか。


「あんなの見てると教育に悪いんだ。さあ行くよ」

「死神さん、あの人に当たりが強くない?」

「そ、そんなことないよ」


 首を傾げている栞の手を引いて、ボクは歩くスピードを上げた。

 背後で先輩がこちらに手を振っている気配がして、それが寒気に似た感覚となって、背中をゾワゾワとくすぐるようにした。



   ◇   ◇   ◇



 まだ昼食時の海の家は混雑していたが、ボクたちの到着と同時に席が空いたので待たされることはなかった。

 板張りのデッキの上や、その外の砂の上にもたくさんのテーブルと椅子が並んでいる。ボクたちは屋根の下に入り、屋内のテーブル席に着くことができた。


「うわあ、中は鉄板つきのテーブルになってるんだ」


 外より数度は高いのではないかという熱気が肌に触る。二十はあるテーブルがそれぞれに鉄板で熱を発している上に、メインキッチンの広い鉄板が最大火力で焼きそばやお好み焼きをひっきりなしに焼いているのだから暑いのは当たり前だ。


 人の熱気と料理の熱気で、離れているこちらも焼けてしまいそうだ。


「焼きそばにお好み焼き、たこ焼き串焼き海鮮焼き、ステーキ……鉄板焼き屋かな?」


 テーブルに備え付けられているメニューを読み上げる。


「ね、何でも頼んでいいの?」

「いいよ。何でも好きなの頼んで」


 大盤振る舞いの大サービスだ。


「じゃあまず、焼きそば!」

「いいね」


 注文を受けに来たお姉さんに飲み物と一緒に注文する。

 キャベツとイカ、エビ、ホタテがたっぷり具として入った焼きそばがすぐに運ばれ、熱々の鉄板の上に広げられた。


「もう美味しそうな臭いがしてる!」


 彼女が小手を忙しく使って具を炒める。目を輝かせて面白そうに作業に没頭する彼女を、ボクも自分の分を焼きながら見ていた。


「美味し――!」


 たっぷりのソースとマヨネーズをかけた焼きそばは本当に美味しかった。


「次はお好み焼き! 豚玉で!」


 ネタを混ぜ込んだ器がまたもすぐに運ばれてくる。それを鉄板の上に乗せると、ダシの利いた生地の臭いが熱い湯気と共に鼻をくすぐった。


「固まるまで焼かないと失敗するよ」

「上手くひっくり返す!」


 彼女が底から焼けてきたお好み焼きを、底にふたつの小手を差し込んでひっくり返す。


「ちゃんとひっくり返った!」

「豚に火が通ってるか確かめてね」

「うん!」


 かつお節と青のりをかけ、これもたっぷりのマヨネーズとソースをかけて小手で切り分け、口に運ぶ。


「あっつーい!」


 口の中に入れたお好み焼きをはふはふとさせながら彼女は笑った。


「たこ焼きも頼んじゃおう! お姉さーん!」


 さすがに平面の鉄板ではたこ焼きは焼けない。ちょうどキッチンで焼けていたのがこれもすぐに運ばれてきた。


「や、火傷しないでね」

「だーいじょうぶ!」


 添えられたつまようじで差したたこ焼きを彼女がかじる。


「外がカリッとしてるのに中はじゅわっとしてる! タコも大きい!」

「う、うん、これも美味しいや」

「お姉さーん! 次はフランクフルトと海鮮焼き!」

「え、ま、まだ食べるの?」

「まだまだ食べられる! お腹の中に入れたらすぐに消えちゃう感じ! というか食べるごとにお腹が減っていく気がするわ!」

「え、え、え」


 ボクは気づくのが遅かった。

 自分が発した『何でも頼んでいいよ』という言葉が、自らを破滅に導く悲劇の引き金になっていたことを。

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