第03話「死神課?」
「ボクの先輩さ、ポンコツなんだ」
「ぽんこつって?」
「見た目はこう、シュッとした美人で細いメガネかけていて、
「勉強とか仕事がすごくできる女の人?」
「それだ。体にピチッとしたスーツが似合う女性なんだ。白衣を着せても似合うと思う」
「うん」
「そんな人が」
ボクは少女――栞の前で手にした手帳型のファイルを広げて見せた。
開いたページは細かい字でびっしりと
問題は、その『字』にあった。
「わ、汚い字。読めるけど、すごく読みにくいな。綺麗な字がまっすぐ立った高身長の人だとしたら、この字は腰が曲がりきったおじいちゃんみたい」
「面白い表現するね……」
「死神さん、これ、あなたの字?」
「これ、先輩が書いたものなんだ」
「そうなの?」
ボクが解読にさんざん手こずらされた字だった。
「最近、死後の世界でもOA化が進められていてさ。こういう手書きのファイルを少しずつコンピュータに入力してデジタルデータにしているんだ」
「へえ……あの世にもコンピュータがあるんだ」
「まだフロッピーディスクを使ってるんだけどね」
「フロッピーってなに?」
彼女の疑問をボクは無視した。
「この汚い手書きの内容をボクが一生懸命データに直すために入力していたんだけど、この『9』、この『9』の字が問題なんだ」
「『9』?」
ボクが指差している日付の部分――『死亡予定日9月22日』の『9』に顔を近づけ、栞はきょとんと首を傾げて見せた。
「これ、『7』でしょ?」
「そう思うんだ、キミは……ボクもだったんだけど……」
「『9』だって言われたら、そう見えないこともないかな」
――『7』と、『9』。
漢数字で書いていてくれれば
それが、全ての始まりだったんだ。
「ボクも嫌な予感がしたんだ。死亡予定日を間違って入力したら大変だからね」
「どうして?」
「人が死ぬとボクたちがその場に訪問して、死んだ人間から出てくる魂を回収しないといけないんだよ。ほら、このカプセル」
ボクはスーツのポケットから透明の丸いカプセルを取り出した。二つのプラスチック製のタグがついていて、それがぶつかり合ってカタカタと鳴っている。
「あ、それ、ガチャガチャのオモチャが入ってるあれね」
「似たようなものかな。これに死んだ人から出てきた魂を入れて死後世界に持って帰って、現世の罪に汚れていたら浄化して再利用して、新しい人間の魂として再利用するんだ。最近は汚れすぎていたり破損していたりしていて、再利用できないことも多いんだけど」
「魂もリサイクルするのね……」
「人間が増えすぎているから、その分魂を大急ぎで新しく製造してもいるんだよ。でも工場での生産が
「じゃあ、死神さんのあなたが殺して回っているわけじゃないの?」
「だからボクは死神じゃないんだってば……」
ボクは手帳のファイルをスーツの内ポケットにしまい、代わりに名刺を出した。
「ボクはこういう者なんだ」
「あ、これはごていねいに……って、あれ?」
差し出された名刺を栞が受け取ろうとして――つかめない。
「これは死後世界の産物だから手に取れないよ。本当は見ることもできないんだけど。さっきのファイルと同じようにね。まあ、読んで」
「『
薄く青く光っている名刺を彼女は声に出して読んだ。
「住所と電話番号は?」
「ないよそんなの」
「名前もないの?」
「死後世界では個人に名前はつかないんだ」
「どうやってひとりひとりを区別してるの?」
「なんとなく」
「なんとなくなんだ。でも、そのワッペンの死神イラストはどういうわけで?」
「なんだかんだいっても、ボクたちは人の死に立ち会う仕事だからね……しかも死者の魂を持っていく。外野からは『死神課』なんて笑われてるんだ」
「『死神課』?」
「それで課長がキレて開き直って、『だったら死神課に
「死後の世界でも病んじゃうんだ……」
「ボクたちが仕事をしないと魂の供給が止まってしまって、死後世界も成り立たなくなるのに、外野はそういう心ないことを言うんだ――って、話が
完全に
「回収した魂は速やかに浄化装置に入れなければならないし、メンテナンスもしなきゃいけないしで、そのための準備も大変なんだよ。量産品じゃない、手作りの一品ものに近いものだからね。だから、その人の死亡予定日に近づくとボクたち以外の部署も大勢動く。死亡予定日に魂を回収して他部署に送らないと、あとのスケジュールがメチャクチャになるんだよ。それで明日、予定日の七月二十二日に向けて準備がされていたんだけど――それが間違っていたんだ!!」
「わ」
ボクのいきなりの爆発に彼女が
「間違っていることに気づいたのは今朝だったんだ! キミが本当に死ぬのは、九月二十二日なんだ! キミの病状とかを考えれば、そうとしか考えられないんだ!」
「この下手な『9』を『7』と読み違えたのね。『9』で正しかったんだ。でも、書いた本人に確認すればよかったんじゃないの?」
「確認したんだ!」
ボクは血の涙を流しそうになった。
「もうずいぶん前に『これ、9ですよね?』って書いた本人に聞いたら、『9なわけあるか、バカ。7に決まっているだろう』と言われたんだ! それで今朝、間違ってるのに気がついてあわてて先輩に相談したら、『あたしのミスに気づかないお前が悪い』とかもうメチャクチャなんだよ!」
「ああ……それは……」
彼女がボクを可哀想なものを見る目で見つめてくるのが、本当に心に痛かった。
「だから! 予定を前倒しして二ヶ月早くキミに死んでもらわないと、ボクの初仕事もメチャクチャになってしまうんだ! もう準備が完了している色んな部署に頭を下げて回らないといけないし! だから――」
ピピピピ、ピピピピ。
「あ」
「何の音?」
スーツの左ポケットで鳴った音にボクは興奮を削がれ、反射的に手を突っ込んだ。
「先輩からの呼び出しだ」
「それ、何?」
ボクが取り出したものに彼女は興味を向けていた。
「ポケベルだよ」
「ポケベルって?」
「ごめん、いったんちょっと戻るよ」
「あ、また来てくれるんだ」
背中を向けようとしたボクに、彼女は笑顔で言った。
本当に嬉しそうな笑顔だった。
「すぐに来てくれるの?」
「すぐだと思うけれど……急ぎの案件だし……」
「よかった。待ってるから」
バイバイ、と彼女――栞は可愛く手を振って見送ってくれていた。
「……本当に変な子だ」
ボクは窓をすり抜け、そして現世を抜けた。
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