第2部:第10話 団結の祭り
隼人と翼が辿り着いたのは、海辺の小さな村だった。空にはカモメのような、紅い不思議な鳥が編隊を組みながら飛んでいる。村は「団結の祭り」の真っ只中だった。
「団結か…。妖狐たちが、絆を確かめ合う祭りなのかな?」
隼人が感慨深げに呟く。一方の翼は、やや不安げな表情を浮かべていた。
「きっと、妖狐たちは昔から強い絆で結ばれているんじゃないかな…。僕たち人間が入っていけるのかなぁ…」
そんな二人の前に、一人の妖狐が姿を現した。
「おや、旅の方ですね。私はこの村の長老をしておる『団結の狐』と申すものです」
白髪を風になびかせた老妖狐は、隼人と翼を優しく見つめる。
「あの…、『団結の狐』さん。僕たちは人と妖狐の絆を探る旅をしているんです。よかったら、この祭りに参加させてもらえませんか?」
翼の言葉に、『団結の狐』は一瞬驚いたように目を見開く。
「ほう、人間が妖狐の祭りに興味を持つとは…。それは嬉しい限りだが、少し考えさせてもらえますかな」
そう言うと、『団結の狐』は広場へと先に歩いていった。
「どうしたんだろう…。やっぱり俺たちではダメだったのかな…」
不安そうに呟く隼人に、翼は思い悩むような顔をする。
「隼人、僕は心配だよ。君は妖狐たちとの絆を深めたいって言うけど…本当にそれでいいの?」
「どういう意味だ? 俺たちは、人と妖狐を結ぶ架け橋にならなきゃいけないんだろう?」
「でも、そのために自分たちの立場を忘れてしまっては本末転倒だよ。僕たちはあくまで人間側の存在なんだから。無理に入り込もうとしたって嫌がる妖狐だっているかもしれない」
翼の指摘に、隼人は眉をひそめる。
「翼、お前はまだ妖狐を信用していないのか? 俺たちがここまで来られたのは、妖狐との絆があったからだろう」
「僕だって、妖狐たちとの絆は大切にしたい。でも、だからといって誰でも彼でも簡単に心を開けるってわけじゃない」
ぶつかり合う二人の思い。そんな中、再び『団結の狐』が姿を現した。
「お二人とも、お話は聞かせていただいた。私からの提案だが…今宵の祭りに参加してみてはいかがかな」
「え…! 本当ですか?」
隼人が驚く中、『団結の狐』は続ける。
「ただし、一つ条件がある。祭りの間、お二人にはある"試練"に挑んでいただきたい」
「試練…? それって、どんなことですか?」
翼が身構える中、『団結の狐』は意味深な笑みを浮かべた。
「祭りが始まれば、自ずとわかるだろう。ふふ、楽しみにしておりなされ」
そう言い残すと、『団結の狐』の姿は人混みの中に消えていった。
「隼人、これって本当に大丈夫なの…? 妙な試練を押し付けられそうで、嫌な予感がするよ…」
「大丈夫だ、翼。俺たちは今まで、どんな困難もふたりで乗り越えてきただろう? 今回だって、必ずやり遂げてみせる」
隼人の力強い言葉に、翼も小さく頷くのだった。
そして、祭りの夜がやってきた。
神秘的な灯りに照らし出された広場。そこには大勢の妖狐たちが集まり、何やら議論を交わしている。その中心にいるのは、『団結の狐』の姿だった。
「皆の者よ、今宵は特別な客人を迎えておる。人間の世界の若者ふたりが、我らの祭りに参加するのだ」
そう告げる『団結の狐』に、どよめきが広がる。
「人間だと…!? 何を企んでいるのだ…」
「ああ、またトラブルでも起こすつもりか…!」
妖狐たちの敵意むき出しの反応に、隼人と翼は身をすくませる。
「ち、違うんです! 僕たちは、妖狐の皆さんとの絆を深めたくてここに来たんです!」
翼が必死に説明するが、妖狐たちの怒りは収まらない。
「うるさい! 人間如きが偉そうに…出て行け!」
怒号とともに、石や果物が二人に向かって飛んでくる。
「くっ…! 翼、こっちだ!」
隼人は咄嗟に翼の手を引き、その場を走り去った。人混みをかき分け、ようやく人気のない場所まで逃げてきた二人。
「はぁ…はぁ…。ひどい歓迎だ…」
「ご、ごめん翼…。こんなことなら、来ないほうが良かったな…」
肩を落とす隼人に、翼は優しく語りかける。
「いいんだよ、隼人。妖狐たちの気持ちも、わからなくはない。長年の確執は、簡単には消えないさ」
「ああ…。だからこそ、やっぱり俺たち人間側が歩み寄る必要があるな…」
隼人もまた、覚悟を決めたように目を見開いた。その時、背後から聞き覚えのある声が響いた。
「お二人とも、よく逃げ切ったな」
振り返ると、そこにはあの『団結の狐』が立っていた。
「『団結の狐』さん…! 一体何のつもりですか!?」
隼人が詰め寄ると、『団結の狐』は静かに手を上げる。
「落ち着きたまえ。これはすべて、お二人のための"試練"だったんじゃよ」
「試練だって…? どういうことですか?」
「妖狐たちの反発を、身をもって感じてもらいたかったんじゃ。人間不信は、そう簡単には拭えん。そのことを、肝に命じておいてほしいんじゃ」
『団結の狐』の言葉に、隼人と翼は黙り込む。
「僕たちが、もっと妖狐の皆さんの気持ちを理解しなくちゃいけなかった…」
「ああ、俺たちの考えは甘かったのかもしれない。一朝一夕では、心の垣根は取り払えないんだな…」
反省する二人に、『団結の狐』は優しく微笑んだ。
「いや、お二人が妖狐たちとの絆を求める気持ちは、しっかりと伝わっていた。だからこそ、皆も心を開こうとしていたんじゃ」
「え…! そうなんですか…?」
驚く隼人たちに、『団結の狐』は広場を指差す。
「行ってみるがいい。お二人を待っている者たちがおるはずじゃ」
半信半疑ながらも広場に戻ってみると、そこには先ほどとは打って変わって、穏やかな光景が広がっていた。
「お、お前たち、戻ってきたのか!」
「さっきは悪かったな。つい、感情的になってしまって…」
隼人と翼に詫びる妖狐たちに、二人は笑顔で手を振った。
「いいんです。僕たちも、もっと妖狐の皆さんの気持ちを理解すべきでした」
「ああ、俺たちの考えは甘かった。改めて、妖狐との絆の尊さを学ばせてもらったよ」
そんな中、『団結の狐』が二人に歩み寄ってくる。
「隼人、翼。『団結の儀』に参加する覚悟は、できておるか?」
「『団結の儀』…? あ、あの、まだ何も聞いていませんが…」
戸惑う翼に、『団結の狐』は優しく微笑んだ。
「ふふ、それが今宵のメインイベントなのじゃよ。妖狐たちの間で、古くから伝わる神聖な儀式でのう」
「そ、そんな大切なものに、俺たちが参加していいんですか…?」
身の引き締まる思いで尋ねる隼人。『団結の狐』は力強く頷く。
「ああ、お前さんたちこそふさわしい。人と妖狐の絆を、この儀で示してほしいんじゃ」
『団結の狐』の言葉に、隼人と翼は深く息を吸った。
「…わかりました。僕たちの絆、精一杯披露させていただきます」
「ああ、この儀を成功させて、人と妖狐の未来への扉を開こう」
意を決した二人に、『団結の狐』は満足げに頬を緩めた。
そして迎えた『団結の儀』。
神聖な祭壇に立つ隼人と翼。二人の前には大勢の妖狐たちが集まり、期待に胸を膨らませている。
「隼人、ちゃんとできるかな…」
「大丈夫だ、翼。俺は翼と共にあることを、全身で伝えるだけでいい」
隼人の言葉に、翼も勇気づけられるように瞳を輝かせた。
やがて、『団結の狐』の合図で儀式が始まる。
荘厳な音楽に乗せ、隼人と翼は歌い始めた。ふたつの声が響き合い、重なり合う。隼人の力強い歌声と、翼の優しい歌声。
それは、互いを想い合う心そのものを表現しているかのようだった。聴き入る妖狐たちの表情が、次第に柔らかく変化していく。
最後の一音が消えた時、広場は大きな拍手に包まれた。
「なんと美しい歌声だ…!」
「人と妖狐の心が、ひとつに結ばれた瞬間だな…」
喜びの声が飛び交う中、隼人と翼は固く抱き合う。
「翼、俺たちの想い、みんなに届いたんだ」
「うん…僕たちの絆の深さ、ちゃんと伝えられたね…!」
感極まる二人を、『団結の狐』が優しく見つめていた。
こうして、人と妖狐の垣根を越えた『団結の儀』は幕を閉じた。
翌朝。旅立ちの準備を整える隼人と翼に、妖狐たちが集まってきた。
「本当にありがとう。お前たちのおかげで、人間を違った目で見られるようになったよ」
「これからは互いを尊重し合える、新しい時代が来ると信じています」
妖狐たちに感謝される隼人と翼。二人の胸にも、大きな充実感が満ちていた。
「俺たちこそ、たくさんのことを学ばせてもらった。この経験は、一生の宝物になるよ」
「私も、妖狐の皆さんとの絆を大切にしていきます。心から、ありがとうございました」
涙ながらに礼を告げる二人に、『団結の狐』が名残惜しそうに語りかける。
「隼人、翼。今まで知らなかった世界を、お前さんたちは教えてくれた。わしも、心から感謝しておるよ」
「いえ、『団結の狐』さんの導きがあったからこそ、僕たちは一歩前に進めたんです」
「ああ、『団結の狐』さんには頭が上がりません。俺たちを最後まで、見守っていてくれて」
互いに感謝の言葉を交わし合う隼人、翼、そして『団結の狐』。
(小百合、鞍馬。あの頃の約束…今なら果たせそうだぞ)
遠い日の記憶が、『団結の狐』の脳裏をよぎる。
(人と妖狐が手を取り合える未来…必ず、この子たちが切り拓いてくれるはずだ)
そう信じて疑わなかった。
こうして、隼人と翼の新たな旅路が始まる。二人を見送る妖狐たちの眼差しは、新しい時代への期待に満ちていた。
「行ってらっしゃい、若者たち! 人と妖狐の想いを、しっかりと繋いでいってくれ!」
「みんな、ありがとう! 俺たちの絆を、世界中に広げてくるから!」
「必ず、また会える日を楽しみにしています! それまで、元気でいてくださいね!」
力強く手を振り合い、隼人と翼は次なる地へと旅立っていった──。
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