第2部:第8話 敬意の祭り
隼人と翼の旅は、新たな村へとたどり着いていた。村は「敬意の祭り」の真っ只中だという。その名前に、隼人が興味深そうに呟く。
「敬意の祭り…か。どんな祭りなんだろうな」
隼人の心には、期待と共に、この祭りを通して妖狐たちとの絆を深めたいという思いが芽生えていた。一方の翼は、少し不安げな表情を浮かべている。
「ねえ隼人…。敬意って、尊敬とか敬愛とか、そういう意味だよね?」
「ああ、そうだな。相手を敬い、大切にする気持ちのことだ」
「じゃあこの祭りでは、妖狐たちがお互いを敬い合うってことなのかな…」
翼の言葉に、隼人は首を傾げる。
「どうしたんだ、翼。なんだか元気がないな」
「あ、ううん。なんでもないよ…」
翼は慌てて笑顔を作るが、どこか晴れない様子だった。
(自分の気持ちをきちんと伝えようとしない僕は、隼人に敬意を払えているだろうか…)
翼の想いは複雑だった。
さて、そんな気持ちの嚙み合わない二人を、村の入り口で一人の少女が出迎えた。
「あ、あの! よそ者さんたちですよね? 私、このお祭りの案内役をしている、『導きの狐』っていいます!」
『導きの狐』と名乗った少女の妖狐は、無邪気に笑顔を見せる。彼女に導かれるまま、隼人と翼は祭りの中心へと向かう。
「そうだな、せっかくだし参加させてもらおうかな。なあ、翼」
「え…? あ、うん…そうだね…」
翼は少し戸惑いながらも、頷いた。広場に着いた二人が目にしたのは、数多くの妖狐たちだった。しかし、そこで繰り広げられる光景に、隼人は息を呑む。
「あれは…喧嘩か…?」
妖狐たちは二手に分かれ、激しい言葉の応酬を繰り広げているのだ。
「お前のその態度、本当に腹が立つ!」
「ふん、お前こそろくに仕事もできないくせに!」
罵り合う言葉の数々。それを見た隼人は、『導きの狐』に詰め寄った。
「ちょっと待ってくれ! これのどこが敬意を表してるっていうんだ!?」
隼人の悲鳴にも聞こえる質問に、『導きの狐』は困ったように微笑む。
「あ、これはね、お祭りの前座なの。本当の敬意を知るには、まず相手への不満をぶつけ合わないといけないんだ」
「は? どういうことだ、それ…」
隼人が眉をひそめる中、『導きの狐』は嬉しそうに続けた。
「不満を言い合うことで、お互いの本音が見えてくるの。そうやって相手のことを理解し合ってこそ、初めて敬意も生まれるんだよ」
その説明に、隼人は半信半疑だ。
「ただ罵倒しあうだけで、相手を理解できるとは思えないけどな…」
すると、その会話に耳を傾けていた一人の妖狐が口を挟んだ。
「ふん、人間ごときにこの祭りの意義が分かるわけがない。おまえら人間は、いつだって自分勝手なんだからな」
その妖狐の発言に、翼が反論する。
「そんなことないよ! 隼人は、いつだって僕や仲間のことを思ってくれる、優しい人なんだ!」
「ほう、それは興味深い。ではその優しさ、私に証明してみせろ」
妖狐は挑発するように言い放つ。その態度に、隼人の怒りが爆発する。
「ふざけるな! 俺は誰であろうと、敬意を持って接してきたつもりだ!」
隼人と妖狐が、にらみ合う。その険悪な空気に、『導きの狐』が慌てて割って入る。
「ちょ、ちょっと待って! 喧嘩したら意味ないよ!」
しかし『導きの狐』の制止も空しく、隼人と妖狐は一触即発の様相を呈していた。ついに堪忍袋の緒が切れた隼人が、拳を振り上げようとしたそのとき。
「隼人、やめるんだ!」
翼が隼人に飛びついて、その腕を押さえ込む。
「翼…? 離せ、こいつには敬意の意味を教えてやる必要があるんだ!」
「だめだよ! 暴力ではなにも解決しない! お互いの気持ちを、言葉でちゃんと伝え合わないと…」
翼の必死の訴えに、隼人の拳がゆっくりと下ろされる。
「……わかったよ。すまない、俺が感情的になってしまった」
隼人は深呼吸をして、改めて妖狐に向き直った。
「俺は、お前を見下したつもりはない。ただ、言葉だけで相手を判断するのは、良くないと思っただけだ」
その言葉に、妖狐もまた怒りの表情を和らげる。
「……ふん。言葉だけじゃ足りないのは、わかってるさ。だからこそこの祭りがあるんだ」
「どういうことだ…?」
「お前らにも、本当の敬意を知るチャンスをやろう。明日行われる、とある儀式でな」
そう告げた妖狐は、何かを思い出したように付け加えた。
「ただし、その儀式に参加するには、資格が必要だ。お前らには、その資格があるかな?」
「資格…?何をすればいいんだ?」
「ふっ、そんなことも分からないのか。儀式の参加資格は、妖狐たちから認められることだ」
妖狐はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。残された隼人と翼は、顔を見合わせる。
「妖狐たちに、認められる…か。俺たち、一体何をすればいいんだろう」
「でも、やるしかないよね。僕たちが、本当の敬意を知るために」
二人は固く頷き合い、新たな決意を胸に刻んだ。
こうして隼人と翼は、妖狐たちから認められるための奮闘が始まったのだった。
村を案内してもらいながら、隼人と翼は妖狐たちと交流を深めていく。最初は警戒されていた二人だったが、真摯に妖狐たちと向き合う姿勢が、徐々に信頼を勝ち取っていった。
「おい人間のガキ、そこをどけ。じゃまなんだよ」
荷物を運ぶ妖狐に文句を言われた隼人が、手伝いを申し出る。
「こんな重いもの、一人で運ばないほうがいいぜ。体、壊しちまうからな」
「何…?」
最初は不機嫌だった妖狐も、次第に隼人に心を開いていく。
「ふん…悪かったな。人間のくせに、なかなかやるじゃねえか」
隼人の手助けを素直に感謝する妖狐。その様子を見て、隼人も微笑みを浮かべるのだった。一方の翼も、子どもの妖狐たちの世話を買って出る。
「ケガしたの? すぐに手当てしなくちゃ。ほら、泣かないで」
翼の優しさに、子どもたちはすっかり懐いてしまった。
「ねえねえ、また遊んでくれる? 約束だよ!」
無邪気に笑う子どもたちに、翼も柔らかな表情を見せる。そんな触れ合いの中で、子どもたちの母親も翼に心を開き始めていた。
「翼君、あなたは特別な人間の子だと思う。こうして妖狐の子と隔てなく接してくれるなんて」
「いえ、特別なことなんてしていません。僕は単に、一人一人を大切にしたいだけなんです」
翼の言葉は、母親の胸に深く響いた。こうした交流を通して、隼人と翼への評判は村の中で次第に高まっていく。
「あの人間たち、なかなかいい奴らだな」
「うん、私たちのことを真剣に考えてくれてるみたい」
妖狐たちの間で、隼人と翼への信頼が着実に育まれていたのだ。そして迎えた儀式当日。隼人と翼が広場に着くと、そこには例の妖狐が待っていた。
「よく来たな、人間ども。儀式への参加、認めてやる」
その言葉に、隼人と翼の顔がパッと輝く。
「本当か!? ありがとな!」
「僕たちの想い、ちゃんと届いたんだね!」
二人の喜ぶ姿を見て、妖狐も思わずほころんでしまう。そんな中、儀式の始まりを告げる太鼓の音が響き渡った。
「さあ、本番はこれからだ。お前らの『敬意』、しっかり見せつけてくれよ」
妖狐にエールを送られ、隼人と翼は儀式の舞台へと歩を進める。太古より伝わる神聖な儀式。そこには村中の妖狐たちが集まり、二人を見つめていた。
緊張で震える手を、隼人と翼は互いに握り合う。
「隼人…僕、ちゃんとできるかな…」
「大丈夫だ、翼。俺たちは、精一杯誠意を尽くそう。それが、妖狐たちへの敬意になるはずだ」
隼人の言葉に、翼も覚悟を決めたように頷く。
「うん…! 僕も隼人と一緒に、最後までやり遂げるよ」
そのとき、儀式の始まりを告げる太鼓の音が、再び響き渡った。村長と思しき老妖狐が、隼人と翼の前に進み出る。
「人間よ、よくぞここまで来た。我らは今、そなたらに問う。妖狐に対して、真に敬意を払う覚悟はあるか?」
その問いかけに、隼人は真っ直ぐに答えた。
「ああ、覚悟はできている。俺は、妖狐の一人一人を、かけがえのない存在として敬う」
隼人の言葉を受け、翼も続ける。
「僕も同じです。妖狐の皆さんの生き方に、心から敬意を表します」
二人の答えに、村長は満足げに頷いた。
「よろしい。ならば、その言葉を証明してもらおう」
村長の合図で、一人の妖狐が隼人の前に歩み出る。
「俺は昔、人間に酷い仕打ちを受けた。人間なんて、信用するに値しないと思っていた」
妖狐は隼人を見据えて言う。
「それでもお前は、俺たち妖狐に心を開かせてくれた。一体、何が違うんだ?」
その問いに、隼人は静かに答えた。
「俺も以前は、妖狐を恐れていた。でも、旅を通して気づいたんだ。妖狐も人間も、みな同じ想いを持っているってことに」
隼人は妖狐たちを見渡しながら、語り続ける。
「喜びも、悲しみも、怒りも。そういう感情は、妖狐も人間も変わらない。だからこそ、俺たちは分かり合える。お互いを、敬い合えるはずなんだ」
隼人の言葉に、妖狐たちがざわめく。すると今度は、子どもの妖狐が翼に駆け寄ってきた。
「ねえ、お兄ちゃんはどうして、妖狐の子どもと遊んでくれたの?」
その純真な問いかけに、翼は優しく微笑んだ。
「それは、君たちが大切な存在だから。種族が違っても、笑顔で過ごせる時間はかけがえのないものなんだよ」
翼は子どもの頭を撫でながら、続ける。
「一人一人を、唯一無二の存在として大切にする。それが、僕の考える敬意だよ」
翼の真摯な想いに、子どもたちの瞳が輝く。隼人と翼の言葉は、確かに妖狐たちの心に届いていた。村長は感慨深げに目を閉じ、静かに告げる。
「皆の者よ。この人間たちは、我らに真の敬意を示してくれた。私は彼らを、妖狐の友として認めるものとする」
その宣言に、広場が大きな拍手に包まれる。
隼人と翼も、安堵と喜びに満ちた表情で互いを抱き合う。
「隼人、僕たち、やったよ…!」
「ああ、翼。俺たちの想いは、ちゃんと伝わったんだ」
そのとき、例の妖狐が二人に近づいてきた。
「よくやったな、人間ども。お前たちなら、この祭りの意義を背負っていける」
そう言って妖狐は、隼人と翼に二つの指輪を差し出した。
「これは、人と妖狐の絆を象徴する『敬意の指輪』だ。お前たちに託す」
指輪を受け取った隼人と翼は、感激に胸を震わせる。
「ありがとうございます。必ず、この絆を大切にします」
「お互いへの敬意を、これからも忘れません。ずっと…」
そう誓い合う二人の姿に、妖狐たちも深く頷くのだった。
村を後にする隼人と翼。二人の指には、キラリと『敬意の指輪』が光っている。
「隼人、この指輪は一生の宝物だね」
「ああ。俺たちの絆の、何よりの証だ」
穏やかに微笑み合う二人。この経験で学んだ敬意の心は、きっと彼らを強くしてくれるだろう。
「にしても、翼。さっきはカッコよかったぜ」
「え? ど、どこが?」
「だって翼は、妖狐の子どもたちと本気で向き合っていた。あれは、本物の敬意だと思う」
そう言われ、翼の頬が赤く染まる。
「で、でも隼人だって、妖狐たちの心に響く言葉を言っていたよ。あんなに真剣な隼人、初めて見たかも…」
照れくさそうに言う翼に、隼人も柔らかな表情を見せる。
「これも、翼と一緒にいたからこそだ。お前の支えがあったから、俺は精一杯敬意を伝えられた」
「隼人…僕も、隼人といるから頑張れるんだよ。これからも、二人で敬意の心を大切にしていこう」
「ああ、約束だ。お互いを敬い合える、最高のパートナーでいよう」
夕日に照らされて輝く二人の笑顔。『敬意の指輪』の光が、静かに二人の行く末を見守っているかのようだった。
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