第2部:第2話 忍耐の祭り
遠くの地平線に、巨大な鳥居が見える。その鳥居をくぐり抜けた先には、また別の不思議な世界が広がっているのかもしれない。だが、鳥居はどれだけ歩いても近づいてくることはなかった。
隼人と翼は、何日も旅を続け、山深い村にたどり着いていた。村は『忍耐の祭り』の真っ最中だという。
「『忍耐の祭り』か…。どんなお祭りなんだろうな」
不思議そうに首をかしげる隼人に、翼も興味深そうな表情を見せる。
「きっと、困難に立ち向かう忍耐の大切さを教えてくれるお祭りなんじゃないかな」
二人が話し込んでいると、一人の妖狐の老婆が声をかけてきた。
「おやおや、旅の方ですか。ちょうど良いタイミングで我が村にいらっしゃいましたな」
「あ、はい。私たちは人と妖狐の絆を探る旅をしているんです」
隼人が丁寧に説明すると、老婆は嬉しそうに微笑んだ。
「そうじゃったか。なら、ぜひこの祭りに参加してみてくだされ。きっと、あなた方の旅の糧になるはずじゃ」
そう告げた老婆に導かれ、隼人と翼は祭りの会場へと向かう。会場では、数多くの妖狐たちが行列を作っていた。
「あれは…」
隼人が目を見張ると、老婆が説明を始めた。
「この祭りでは、妖狐たちが己の忍耐力を試すのですよ。長い行列に黙って並び続けることで、己の心の強さを磨くのじゃ」
「ただ並ぶだけで、忍耐力が試せるんですか?」
半信半疑の翼に、老婆は意味深な笑みを浮かべる。
「そうじゃよ。じゃが、ただ並ぶのではない。行列の途中には、様々な試練が待ち受けておるのじゃ」
「試練…?」
「時には辛く、苦しいこともあるじゃろう。じゃが、それに耐え抜くことこそが忍耐なのじゃ」
老婆の言葉に、隼人と翼は深く頷く。
「なるほど…。俺たちも、参加させてもらおうかな」
「そうだね。私たちなりの忍耐を、試してみたいと思うよ」
そう言って、二人は行列の最後尾に並んだ。
ゆっくりと進む列。最初のうちは退屈しのぎに、二人は『狐の宴』の思い出話に花を咲かせていた。
「そういえばさ、隼人。お店のお金が無くなったとき、大騒ぎしたよね」
「ああ、まさか、常連の真島さんが犯人とは思ってもみなかったよな」
そんな会話をしているうちに、徐々に疲労が蓄積されていく。
「うう…足が痛くなってきた…」
「俺も…。でも、まだまだ先は長そうだな」
お互いに痛みを堪えながら、二人は前を向き続ける。
そのとき、不意に隼人が立ち止まった。
「…待てよ、翼。これじゃダメだ」
「えっ? 何がダメなの?」
「ただ我慢するだけじゃ、本当の忍耐とは言えないんじゃないか?」
隼人の言葉に、翼は眉をひそめる。
「どういうこと? 忍耐は我慢することだと思っていたけど…」
「いや、違うんだ。ただ耐えるだけなら、それは単なる受け身の行為だ」
力強く言い放つ隼人。その瞳には、確信の色が宿っていた。
「真の忍耐とは、苦しみの中にも意味を見出して、それを乗り越える力を持つことじゃないか? ただ我慢するんじゃない、目的を持って耐え抜かなければ意味がないんだ」
「隼人…」
隼人の言葉に、翼は目を見開く。
「俺たちが目指しているのは、人と妖狐が分かり合える世界。その理想のために、困難に立ち向かう覚悟が必要なんだ」
「…そうだね。僕も、隼人と同じ気持ちだよ」
翼も力強く頷くと、隼人の手を握りしめた。
「一緒に頑張ろう。僕たちの忍耐は、きっと大きな意味を持つはずだから」
「ああ、そうだな。二人なら、どんな試練でも乗り越えられるさ」
固い決意を胸に、隼人と翼は再び歩み出す。だが、行列の道のりは過酷さを増していく、まるで二人の意思を試すかのように。
灼熱の太陽に打たれ、肌は火照り、喉は渇く。それでも二人は、目的を胸に刻み、前へ前へと進んでいく。
「くっ…厳しいな…」
「でも、負けないよ…。僕たち、必ず乗り越えてみせる…!」
互いを励まし合いながら、二人の忍耐は限界に近づいていた。ふと、隼人の脳裏に小百合の笑顔が浮かぶ。
(そうだ…母さんだって、俺のために耐え抜いてくれた…)
かすかな記憶が、隼人に新たな力を与える。
「…負けてられないな。母さんの想いを、無駄にするわけにはいかない」
そう呟いた隼人に、翼も感じ入った表情を見せる。
「小百合さんは、きっと今も隼人を見守ってくれている。だから僕も…隼人と共に、最後まで歩み続けるよ」
「翼…ありがとう。お前がいてくれて、本当に良かった…」
二人は互いに寄り添い、足取りを速めていく。
まるで、小百合の祈りが、二人を後押ししているかのように。
長い行列を歩み続ける隼人と翼。二人の忍耐は限界に近づいていた。
「もう…限界かも…」
ふらつく翼を、隼人が必死に支える。
「翼、もう少しだ…。みんな、ゴールが見えてきたぞ…!」
隼人の言葉に力を得て、翼は再び前を向く。そのとき、突如として黒い影が二人の前に立ちはだかった。
「よくここまで来られたな、隼人」
影から現れたのは、鞍馬だった。
「父上…! どうしてあんたがここに…」
「ふん。お前の成長ぶりを見届けに来たのだ」
不敵な笑みを浮かべる鞍馬。しかし隼人は、怯むことなく言い返した。
「俺たちは、お前に負けない。この試練を乗り越え、強くなることを証明してみせる…!」
「ほう…。ならば、最後の試練を用意しよう」
そう告げると、鞍馬は杖を地面に突き立てた。すると突如、二人の前に巨大な岩壁が出現する。
「この壁をどちらかが越えられたら、お前たちの忍耐を認めてやろう。さあ、やってみるがいい」
鞍馬はそう言い残すと、闇の中に姿を消した。
「隼人、どうしよう…。あんな高い壁、登れるわけがない…」
翼が不安げに呟く。しかし隼人は、決意を瞳に宿していた。
「…翼、聞いてくれ。俺一人で登る。お前はここで待っててくれ」
「えっ…!? そんな、絶対にイヤだよ!」
「でも、二人で登るのは無理だ。どちらかが困難のために犠牲にならないと…」
「僕は、隼人一人に困難を押し付けられない! たとえ辛くても、隼人と一緒にいたい…!」
涙ながらに訴える翼に、隼人は胸を打たれた。
「翼…」
「お願いだ、隼人。僕たちは二人で一つなんだよ。だから、最後まで一緒に…」
その言葉に、隼人の決意は揺らぐ。
(そうだ…俺は、翼と共に歩むと誓ったんだ…)
隼人は翼の手を、しっかりと握り返した。
「…わかった。一緒に登ろう、翼。二人の力を合わせれば、必ずできるはずだ」
「うん…! 僕も隼人を信じる。僕たちなら、乗り越えられる…!」
固く手を携え、二人は岩壁に立ち向かう。掴まる手には痛みが走り、何度も滑落しそうになる。それでも隼人と翼は、互いを信じ、励まし合いながら登り続けた。
「あと少し…! 頑張れ、翼…!」
「うん…! 僕も…負けない…!」
ついに二人は、壁の頂上にたどり着く。ゴールが見えた瞬間、隼人と翼は歓喜の声を上げた。
「やった…! できたよ、隼人…!」
「ああ…! 俺たちの忍耐が、実を結んだんだ…!」
抱き合って喜ぶ二人。その姿を、祭りに集った妖狐たちが祝福の拍手で迎える。
「おめでとう、若者たち。あなた方は見事、忍耐の真髄を体現しました」
現れたのは、祭りの長老だった。
「忍耐とは、ただ我慢することではない。苦しみに意味を見出し、仲間と共に乗り越えていく力なのじゃ」
長老の言葉に、隼人と翼は深く頷いた。
「俺たちは、この試練から多くを学びました。一人では到底越えられない壁も、二人なら乗り越えられる」
「そう。僕たちの絆が、僕たちを強くしてくれたんだね」
互いを見つめ合い、微笑む隼人と翼。
「鞍馬との戦いは、きっと簡単じゃない。でも、俺たちは負けない」
「うん。僕たちの忍耐は、必ず道を拓いてくれるはずだよね」
二人は再び、人と妖狐の絆を求めて歩みを進める。遥か遠くには、小百合の微笑む姿が見えるようだった──。
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