第2部:第3話 純真の祭り

 隼人と翼は、次の妖狐の村を目指す途中、森の中で不思議な光景に出くわした。


 木々の間から聞こえてくるのは、無邪気な笑い声。近づいてみると、そこには数匹の子狐たちが遊ぶ姿があった。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんたち、一緒に遊ぼうよ!」


 子狐たちは、隼人と翼を仲間に引き入れようと、無邪気に誘う。


「わぁ、可愛い子狐ちゃんたちだね! ねぇ隼人、少し遊んでいこうよ」


 翼は子狐たちに心を奪われたようだが、隼人は少し顔をしかめる。


「翼、そんなのんびりしてる場合じゃないだろ。母さんの死の真相を探るのが先決なんだ」


 真相究明に熱心な隼人に、翼は物言いたげな表情を浮かべる。


「でも隼人、たまには気分転換も必要じゃない? 子どもたちと触れ合うことで、新しい発見があるかもしれないよ」


 そんな二人の議論を聞いていた子狐たちが、口を挟む。


「お兄ちゃんたち、今度うちの村で『純真の祭り』があるんだ。一緒に来てよ!」


 子狐たちは、目をキラキラさせて祭りに誘ってくる。にっこり笑った翼が、隼人に投げかける。


「ねぇ隼人、『純真の祭り』に参加してみない? 子どもたちの純真無垢な心に触れることで、僕たちも新しい気づきが得られるかもしれないよ」


 しかし隼人は、まだ乗り気ではない。


「祭りに参加している暇はないんだ。鞍馬を倒すためにも、一刻も早く真相に迫らないと」


 真相究明に固執する隼人に、翼は諭すように言う。


「でも隼人、真相を追うあまり、大切なものを見失ってはいけないと思う。時には立ち止まって、心を見つめ直すことも大切なんじゃないかな」


(俺は、本当に大切なものを見失っているのか…?)


 迷いを感じた隼人だったが、子狐たちの純真な瞳を見て、決心する。


「…わかったよ。『純真の祭り』に参加してみるか」


 隼人の決定に、子狐たちは大喜びだ。


「やったー! お兄ちゃんたち、ありがとう!」


 子狐たちに囲まれ、隼人と翼は顔を見合わせる。


「隼人、きっと良い経験になるよ。子ども時代の記憶を思い出すことで、新しい気づきが得られるはずだよ」


 翼が言うと、隼人も静かに頷いた。


「…そうだな。俺も、少し考え方を変えないといけないのかもしれない」


 隼人は、子ども時代を過ごした人間界のことを思い出していた。無邪気に遊んだ日々、家族や友人との温かな思い出。


(あの頃は、こんなにも純粋だったんだ。今の俺に足りないものは、もしかしたらそこにあるのかもしれない…)


 隼人は、『純真の祭り』に参加することで、失いかけていた大切なものを取り戻せるような気がしていた。こうして二人は、祭りへの参加を決意したのだった。


 その夜、村の宿で休む隼人と翼。ふと隼人が、真剣な表情で翼に話しかける。


「本当に、母さんの死の真相を探ることより、祭りに参加することを優先していいのかな?」


 隼人の問いかけに、翼は静かに答える。


「隼人、真相を追うことも大切だと思う。でもそれと同じくらい、今この瞬間を大事にすることも大切だと思うんだ」


 そう言って立ち上がると、翼は窓から満天の星空を見上げる。


「人間の一生は短いからこそ、今を精一杯生きなきゃいけない。大切な人との出会いを、一期一会のものだと思って大切にするんだ」


 翼の言葉に、隼人は黙り込む。


「お前は…俺よりも、ずっと先を見ているんだな」


 そんな隼人に、翼は優しく微笑んだ。


「隼人、君は真っ直ぐ過ぎるんだよ。時には回り道をすることで、新しい景色が見えてくるものなんだ」


 翼の言葉は、隼人の心に静かに響いた。


(俺は、真相を追い求めるあまり、足元の大切なものを見落としていたのかもしれない…)


 隼人は、翼との会話を通して、新しい視点を得たのだった。


 しかし、その陰では鞍馬の手下たちが、二人の動向を見張っていた。


「ククク…隼人よ、無邪気な祭りなどに興じている場合か? お前には、『妖狐の長』としての使命があるだろう…」


 鞍馬の企みが、再び隼人と翼に迫ろうとしていた。


 『純真の祭り』当日。隼人と翼は、村の広場で子狐たちと一緒に歌や踊りを楽しんでいた。そんな中、一匹の子狐が泣きながら隼人たちに近づいてきたのだ。


「どうしたの? 何かあったの?」


 隼人が優しく声をかけると、子狐は涙を拭いながら話し始めた。


「ぼく、踊りが下手でみんなについていけないんだ。だから、いつも踊りの輪に入れないんだよ…」


 子狐の悩みを聞いた隼人は、翼と顔を見合わせる。


「隼人、僕たちで何とかしてあげられないかな?」


「うん、そうだな。踊りが苦手でも、一緒に楽しめる方法があるはずだ」


 二人は、子狐を励ますように微笑む。


「俺たちが、君の踊りをサポートするよ。一緒に練習して、みんなと同じように踊れるようになろう」


「本当? お兄ちゃんたち、ありがとう!」


 子狐の表情が、一気に明るくなった。隼人と翼は、子狐と一緒に踊りの練習を始めた。しかし、その時、不穏な気配が広場を包み込んだ。


「な、なんだこの気配は…!」


 隼人が身構える。と、広場の外から、鞍馬の手下たちが現れた。


「ククク…隼人よ、こんな子どもの遊びに興じている場合か? お前は『妖狐の長』の器なのだぞ!」


 鞍馬の手下たちは、容赦なく隼人に襲いかかる。


 広場は一瞬で戦場と化し、子狐たちは恐怖に怯える。


「う、うわぁぁん! お兄ちゃん、助けて!」


 泣き叫ぶ子狐たちを守るため、隼人は全力で敵に立ち向かう。翼も、子狐たちを必死に守ろうとする。


 鞍馬の手下たちは強く、隼人と翼は苦戦を強いられる。追い詰められた隼人の脳裏に、ふと母の言葉が蘇る。


(隼人、あなたの心の強さを信じなさい。その強さは、あなたが守りたいものがあるから生まれるのよ)


 母の言葉を思い出した隼人の瞳に、力強い光が宿る。


「そうだ…俺には、守りたいものがある。純真無垢な子どもたちを、絶対に守ってみせる!」


 その瞬間、隼人の体から炎のようなオーラが放たれる。その圧倒的な力に、鞍馬の手下たちは恐怖する。


「な、なんだこのオーラは! まるで、本物の『妖狐の長』のようだ…!」


 隼人のオーラは、鞍馬の手下たちを一瞬で吹き飛ばした。こうして、『純真の祭り』への脅威は去ったのだった。


 事件の後、隼人は我に返ったように呟く。


「今のオーラは、一体何だったんだ…? まるで、自分の体じゃないみたいだった…」


 隼人の様子を見た翼は、優しく微笑む。


「隼人、あれは君の心の強さが生み出した力だと思う。純真無垢な子供たちを守りたいという、君の強い想いが力を呼び覚ましたんだ」


 翼の言葉に、隼人は胸が熱くなるのを感じた。そんな二人の元へ、先ほどの子狐が駆け寄ってきた。


「お兄ちゃんたち、ありがとう! お兄ちゃんたちのおかげで、ぼく、もう踊りが怖くないよ!」


 隼人と翼は、その言葉に驚く。


「どうしてだい? まだ練習は始めたばかりなのに」


 すると子狐は、はにかむように笑った。


「だって、お兄ちゃんたちが優しく教えてくれるから、ぼく、自分のことを信じられるようになったんだ。お兄ちゃんたちみたいに、強い心を持てば、何だってできる気がするよ!」


 その言葉に、隼人と翼は感動を隠せない。


「そっか…君は、俺たちから強さをもらったんだね」


「ううん、違うよ。ぼくの強さは、ぼく自身の中にあったんだ。でも、お兄ちゃんたちが、そのことに気づかせてくれたんだよ」


 子狐の言葉は、隼人の心に深く響いた。


(そうか…強さは、自分の中にあるものなんだ。守りたいものがあるから、力が湧いてくる)


「君の言葉、俺は一生忘れないよ。ありがとう」


 そう言って、隼人は子狐の頭を優しく撫でた。


 祭りのフィナーレでは、あの踊りが苦手だった子狐も堂々と踊りを披露した。隼人と翼は、その姿を誇らしげに見守る。


「隼人、あの子、本当に素晴らしい笑顔だね。自信に溢れているよ」


「ああ。俺はあんな笑顔を守っていきたいんだ」


 隼人の言葉に、翼は優しく微笑んだ。


 こうして『純真の祭り』は、隼人と翼、そして一匹の子狐の成長を示すものとなったのだった。


 夜、宿で振り返る隼人と翼。


「翼、今日はあの子に、大切なことを教えてもらったよ」


「うん。強さとは、自分の中にあるものだと。でも時には、周りの人のサポートで、その強さに気づかされることもあるんだね」


 二人は、互いに目を見合わせて頷く。


「翼、これからも共に歩んでいこう。俺たちなら、きっと乗り越えられる」


「もちろん。僕は隼人の傍にいるよ、ずっと」


 その言葉には、隼人への伝えられない想いも込められていた。いつの日か、そんな言葉にできない想いも、きっと伝わる時が来るはずだ。

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