第2部:第4話 慈愛の祭り

 『純真の祭り』を終えた隼人と翼は、次なる妖狐の村を目指して旅を続けていた。道中、ふと隼人が立ち止まる。


「どうしたの、隼人?」


 隼人は、遠くを見つめながら答えた。


「いや、ここ最近、母さんのことを考えることが多くてさ…」


 隼人の母・小百合。その死の真相は、未だ謎に包まれていた。


「小百合さんは、とても優しい方だったんだよね。僕も、子どもの頃にお会いしたことがあるよ」


 翼の言葉に、隼人は懐かしそうに微笑む。


「ああ、母さんは誰に対しても優しくて、いつも俺を見守ってくれていた。でも…」


 隼人の表情が、一瞬曇る。


「でも、母さんが亡くなる直前、妙な言動が目立っていたんだ。まるで、何かに怯えているかのように…」


 その時、隼人の脳裏に一つの記憶がよぎる。小百合が、泣きながら誰かに話しかけている姿。そして、その相手は…。


(あれは…父上…? いや、でも何で母さんが、父上に泣かされるんだ…)


 隼人の記憶は、そこで途切れていた。


「隼人、どうかしたの…?」


 翼の問いかけに、隼人は我に返る。


「いや…なんでもない。とにかく、母さんの死の真相を聞き出すためにも、鞍馬を捕まえないとな」


 そう言って、隼人は再び歩き出した。


 やがて二人は、小さな村に辿り着く。村は華やかな飾りつけに彩られ、祭りの準備が進められているようだ。


「ここは…?」


 不思議そうに辺りを見回す隼人に、一人の妖狐が声をかけてきた。


「あら、旅の方ですか? ようこそ、我らが村へ。今日は『慈愛の祭り』の日なのですよ」


「『慈愛の祭り』…?」


「はい。母の愛の偉大さを称え、感謝を捧げる祭りなのです。今年は特別に、ある伝説の儀式が行われるとか…」


 妖狐の言葉に、隼人と翼は興味を引かれる。


「伝説の儀式って、何だろう?」


「詳しいことはわかりませんが、『慈愛の心を持つ者だけが参加できる』とか。まあ、村長様なら詳しいことを知ってるかもしれません」


 妖狐はそう言うと、村の中心部を指差した。


「村長様の家は、あちらの大きな屋敷です。よろしければ、お尋ねになってみてはいかがですか?」


「わかりました、ありがとうございます」


 隼人と翼は、妖狐に礼を言って屋敷へと向かう。村長の屋敷は、まるで城のように立派な造りだった。


「すごい豪華な屋敷だね。村長さんて、すごい人なのかな?」


 翼が感嘆の声を上げる中、隼人はどこか落ち着かない様子だった。


(なんだろう…この屋敷、見覚えがあるような…)


 屋敷の門をくぐった瞬間、隼人の記憶が鮮明によみがえる。


(ここは…。母さんが泣かされていた場所だ…。じゃあ、母と会っていた人物は…)


「よく来たな、隼人」


 屋敷の奥から、低い声が響く。現れたのは、あの鞍馬だった。


「父上…! まさか、父上がこの村の村長だったのか…!」


 隼人が身構える。すると鞍馬は、不敵な笑みを浮かべて言った。


「隼人よ、お前は未だに真実に気づいていないようだな。お前の母、小百合の死に関わる真実を」


「な…!? 母さんの死に、父上が関わっているのか…?」


「フフフ、そうとも言えるがな。小百合は私に、ある『約束』をしていたのだよ」


「約束…? 何の約束だ!」


 隼人が問い詰めるが、鞍馬は答えない。


「真実を知りたければ、『慈愛の祭り』に参加するがいい。そこで全てを明かしてやろう」


 そう告げると、鞍馬の姿は闇の中に消えていった。


「ま、待て! 父上ぇぇぇ!」


 隼人が叫ぶも、もはや鞍馬の気配は感じられない。


「隼人…」


 翼は、複雑な表情で隼人を見つめる。


「翼…俺は、母さんの死の真相を、確かめなければならない。たとえ、どんな真実が待っていようとも…」


 隼人の瞳は、揺るぎない決意に満ちていた。


 『慈愛の祭り』が始まった。隼人と翼は、祭りの中心地へと足を進める。そこでは、多くの母親と子供たちが集まり、賑やかな雰囲気に包まれていた。


 しかし、鞍馬との再会は隼人の心に影を落とし、晴れやかな気分は徐々に曇っていった。


「隼人、大丈夫?」


 そんな隼人を心配そうに見つめる翼。隼人は小さく頷くと、前を向いて歩き出す。


「ああ、なんとかな。母さんのためにも、真実を知らなきゃいけないんだ」


 そう言葉にすることで、隼人は自らを奮い立たせた。


 やがて二人は、祭りのメイン会場に辿り着く。そこでは、一際大きな舞台が設けられていた。


「村の皆さん、お待たせしました! これより、『慈愛の祭り』の目玉、『母子の絆』の儀式を執り行います!」


 司会者の声に、会場が湧き上がる。


「『母子の絆』の儀式…?」


 首を傾げる隼人に、隣から声がかかった。


「あら、あなたは昨日の…」


 振り返ると、そこには屋敷へ案内してくれた妖狐の姿があった。


「ええ、その節はお世話になりました。ところで、この『母子の絆』の儀式というのは?」


「ああ、これは母と子の絆を確かめ合う、由緒ある儀式らしいですよ。母子の絆が本物であれば、大きな奇跡が起こるとか…」


 妖狐の説明に、隼人と翼は興味をそそられる。


「隼人、あの儀式に参加してみない? 何か、大事なことがわかるかもしれないよ」


 翼の提案に、隼人は深く頷いた。


「ああ、そうだな。母さんとの絆を、もう一度確かめてみるのも悪くない」


 そうして二人が参加を決めたその時、会場が騒然となった。


「な、なんだ!? あの黒い影は!」


 舞台の上空に、巨大な黒狐の姿が現れたのだ。


「ククク…愚かな母子どもめ。その絆も、今ここで引き裂いてくれる!」


 黒狐は不気味な声で告げると、舞台に向けて黒い炎を放った。


「うわぁぁぁ!!」


 母子たちが悲鳴を上げる中、隼人は翼を庇うように立ちはだかる。


「なんだ貴様は! 母子の絆を冒涜するのか!」


 隼人の体が、燃えるような光に包まれる。


「『妖狐の炎』よ、この怒りを力に変えてくれ!」


 隼人の放った炎が、黒狐に向かってほとばしる。


「ぐわぁぁっ! こ、この力は…!」


 凄まじい光に飲み込まれ、黒狐は消滅した。その時、黒狐の中から一つの影が現れた。それは…鞍馬だった。


「父上…! あんたは、母さんの死に関わっているんだな!?」


 怒りに震える隼人に、鞍馬は不敵に笑う。


「ククク…その通りだ。小百合は私と取引をし、お前の『妖狐の長』としての宿命を無くすために、命を差し出したのだ」


 隼人が鞍馬に詰め寄る。


「命を差し出した!? き、貴様が、貴様が母さんを殺したのか!」


「フフフ…どうかな…」


 鞍馬は不敵な笑みを浮かべたまま、隼人を見下ろしている。


「隼人よ。お前には生まれながらにして、『妖狐の長』の力が宿っている。その力があれば、妖狐の世界も人間界も、自由自在に操ることができるのだ」


「妖狐の世界と人間界を操る…? そんなことが、俺にできるはずがない!」


「いや、できるのだ。お前は『妖狐の長』としての宿命を背負っているのだから。ただし、その力を正しく使うも使わないも、お前次第だがな。小百合の願いもそこにあった」


「力を正しく使う…? 一体どういうことだ!」


「フフフ…お前は今、私に導かれるがまま。いずれお前は、自ら望んで、私の野望のための力となるだろう」


 鞍馬の言葉に、隼人の怒りは頂点に達する。


「ふざけるな! 俺は、あんたのような奴の野望のために力を使うつもりはない!」


「それは、お前が今はそう思っているだけのこと。お前の中の『妖狐の長』の血が、いずれ目覚めるのだ」


「…俺は、母さんの願いを継ぐ。人間と妖狐が、互いを理解し合える世界を作る。その力を、そのために使う!」


「ククク…ならば、その力で私を倒してみせるがいい。しかし、お前は必ず私のもとに来る。運命に逆らえぬ以上、それが避けられぬ結末だ」


 そう告げると、鞍馬の姿は闇の中に消えていった。


「父上ぇぇ! 待てぇぇ!」


 鞍馬を追おうとする隼人を、翼が必死に引き留める。


「落ち着いて、隼人! 今は鞍馬を追っても仕方ない。僕たちにできることを、冷静に考えよう」


 隼人は悔しそうに拳を握りしめたが、やがて深く息を吐き、翼に頷いた。


「…わかったよ。鞍馬の野望を阻止するためにも、俺は『妖狐の長』の力の使い方を知らないといけないんだ」


 その時、一人の女性が隼人に駆け寄ってきた。


「隼人、よく来てくれたわね」


「え…? あ、あなたは…」


 隼人の目の前に現れたのは、まるで小百合にそっくりな女性だった。


「私は小百合の妹、百合子よ。お姉さまから、あなたのことは聞いていたわ」


 優しく微笑む百合子。隼人は、信じられないという顔で尋ねる。


「…母さんは、なぜ俺のために命を差し出したんですか? 俺は、そんなことを望んでいません!」


 隼人の言葉に、百合子は悲しそうに目を伏せる。


「お姉さまは最期まで、あなたのことを想っていたわ。『妖狐の長』の宿命から、あなたを解放したかったの」


「母さんが、俺を…?」


「ええ。お姉さまは言っていたわ。『隼人には、自由に生きてほしい。自分の意思で、人生を選んでほしい』って」


 その言葉に、隼人は嗚咽を漏らす。


「母さん…俺は、母さんに何も伝えられなかった。本当は、ずっと母さんに『ありがとう』って言いたかったんだ…!」


 隼人を優しく抱き締める百合子。まるで、小百合が隼人を抱いているかのようだった。


「お姉さまの想いは、ちゃんとあなたに届いているわ。だからこれからは、あなた自身の人生を、精一杯生きてほしいの」


「…はい。母さんの分まで、しっかり生きていきます。俺は、もう一人じゃない…!」


 そう言って隼人は、隣の翼に目をやる。翼もまた、隼人を見つめ返し、頷いた。


「うん。僕も、ずっと君の傍にいるから。二人で、新しい人生を歩んでいこう」


 こうして『慈愛の祭り』は、隼人にとって新たな一歩を踏み出すきっかけとなった。母・小百合の死の真相には少しずつ近づけている。隼人は、小百合の愛に包まれながら、翼と再び旅立つのだった。

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