第1部:最終話 絶望の狐
『狐の宴』に平穏が戻って数ヶ月。隼人、翼、響也の三人を中心に、店は活気に満ちていた。
「いやぁ、最近は客足も伸びて、いい調子だな」
隼人が満足そうに言う。
「ああ。隼人や翼の頑張りがあってこそだ」
響也も笑顔で同意する。
そんなある日、店に一人の男が現れた。
「久しぶりだな、隼人」
その男は、隼人の父親であり、妖狐の長・鞍馬だった。
「父上…!」
隼人が身構える。
「ふふ、私としたことが、忘れ物をしてしまってね。取りに来たのだよ」
鞍馬は不敵な笑みを浮かべる。
「忘れ物…? 何のことです?」
「それはお前だ、隼人。お前は妖狐の長たる器。私の跡を継ぐ運命なのだよ」
その言葉に、店内のお客たちが騒ぎだす。
「隼人が、妖狐の長だって…?」「信じられない…!」
動揺が走る中、鞍馬は続ける。
「隼人、お前には人間の中で生きる価値はない。今すぐ、私の下に戻るのだ」
「ふざけるな! 俺はここで生きると決めたんだ。妖狐だろうと、関係ない!」
隼人が怒りを露わにする。しかし鞍馬は、哄笑するだけだ。
「愚かだな、隼人。お前には、この店を守る力はない。絶望だけが、お前の未来に待っているのだ」
そう告げると、鞍馬の体が妖しく輝き始める。
「現れよ、絶望の狐!」
鞍馬の呼びかけに応じ、黒煙が店内に充満する。そこから現れたのは、漆黒の巨大な狐だった。
「こ、これは…!」
翼が息を呑む。
「私の育てた『絶望の狐』だ。この狐が、お前たちに絶望をもたらす!」
「ふふふ…人間どもよ、絶望こそが真理だ。希望など、無意味な抵抗に過ぎない」
『絶望の狐』が、不気味な声で告げる。その言葉に、客やホステスたちの表情が暗くなっていく。
「そ、そんな…絶望しか、ないのか…?」
「私たちには、希望は…ないの…?」
絶望の狐の力は、人々から希望を奪い、絶望へと導く。そんな絶望の力に、隼人も飲み込まれそうになる。
「く…! み、みんなの希望が…!」
隼人の声も、次第に弱々しくなっていく。
「無駄だ、隼人。絶望こそが、人間の本質なのだ。希望など、幻想に過ぎん」
鞍馬が不敵な表情で告げる。
「そんな…絶望が、真理だなんて…」
翼も、絶望の狐の力に飲み込まれそうになる。その時、隼人が声を上げた。
「いや、違う! 絶望が真理なんかじゃない!」
「何…?」
絶望の狐が、不審そうに隼人を見る。
「確かに絶望は、強い。でもそれは、希望があるからこそだ!」
隼人が語り始める。
「俺たちが絶望を感じるのは、希望を持っているから。そして、絶望があるから、希望の尊さがわかる!」
「ば、バカな…! 絶望が希望を生むだと…?」
『絶望の狐』は動揺を隠せない。
「そうだ。希望があるから、絶望を乗り越える力が湧いてくる。絶望は、希望への第一歩なんだ!」
隼人の言葉に、人々の表情が変わっていく。
「そ、そうか…絶望は、希望の裏返しなのか…!」「絶望を知っているから、希望が輝くんだ…!」
「み、みんな…! その通りだ!」
隼人の言葉に勇気づけられ、翼も立ち上がる。
「俺も、絶望を感じたことがある。でもそれは、立ち上がる原動力になった!」
響也も隼人に同調する。
「な、何だと…!」
『絶望の狐』は、次第に追い詰められていく。
「絶望は終わりじゃない。新しい希望の始まりなんだ!」
隼人の言葉に、店内に希望の光が満ちていく。
「こ、この力は…人間どもの希望…!?」
『絶望の狐』の体が、光に飲み込まれていく。
「そうだ! 俺たちは、絶望を糧にして、希望を紡ぐ! お前なんかに、負けるわけにはいかないんだ!」
隼人の雄叫びとともに、『絶望の狐』は消滅した。
「そ、そんな…ありえない…! 異常な結束の力だ…!」
鞍馬も、信じられないという表情で崩れ落ちる。
「父上、絶望は確かに強い。でも、希望はもっと強い。俺たちは、絶望に負けない!」
隼人の言葉に、店内から歓声が上がる。
「や、やったぞ! 隼人、ありがとう!」「お前のおかげで、俺たちは希望を取り戻せた!」
隼人は、仲間たちの喜びの声に笑顔で応える。
「みんな、俺一人の力じゃない。絶望に負けない、みんなの希望が勝利したんだ」
隼人は、改めて絆の強さを実感するのだった。
鞍馬は敗北の衝撃から我に返ると、悔しそうに歯を食いしばった。
「ふざけるな…! 『絶望の狐』が、人間どもの希望如きに敗れるだと…!?」
鞍馬の声は、憎しみに震えている。隼人は、そんな鞍馬を見据えて言った。
「父上、絶望と希望は、表裏一体なんです。片方だけを見ていては、真実は見えない」
「何だと…?」
「絶望を知ることで、希望のありがたみがわかる。希望を知ることで、絶望に負けない強さが生まれる」
隼人は静かに、しかし力強く語る。
「隼人…お前…」
鞍馬は、息子の成長に目を見張る。
「俺は、絶望を恐れない。だって、俺には希望があるから」
そう言って、隼人は仲間たちを見渡した。
翼、響也、紅葉、梓、朱璃、英嗣、そして銀次。彼らの笑顔が、隼人の希望の源だった。
「お前には、仲間がいるというわけか…」
鞍馬は、皮肉めいた笑みを浮かべる。だが、その目には、かすかな敬意の色も浮かんでいた。
「だが隼人、お前はまだ本当の絶望を知らない。真の絶望は、お前の希望をも打ち砕くだろう」
「…何だって?」
その時、鞍馬の口から衝撃の言葉が放たれた。
「隼人、お前の母親、小百合が死んだ。そして、その死の責任は、お前にある」
「な…!? そ、そんな…」
隼人の表情が、一瞬で青ざめる。
「お前が妖狐の長として、私の下に戻らなかったから、小百合は命を落とした。お前の身勝手が、母を死に追いやったのだ!」
鞍馬の言葉は、隼人の心に深い傷を残していく。
「母さんが…俺のせいで…?」
「ははは! どうだ隼人、これでも希望を語れるか? 真の絶望を前にして、お前の希望は無意味だ!」
鞍馬の残酷な言葉が、隼人の心を引き裂いていく。
「そ、そんな…俺は…母さんを…」
仲間たちも、言葉を失って立ち尽くしている。隼人の悲しみが、彼らの心をも揺さぶっていた。
「お前の絶望は、まだ始まったばかりだ。この先、お前は更なる絶望に飲み込まれるだろう」
そう告げて、鞍馬はその場を去っていった。
「隼人…」
翼が、隼人に歩み寄る。しかし隼人は、悲しみに暮れて言葉を発することができない。
「母さん…ごめん…俺が、俺があなたを…」
隼人の脳裏に、優しく微笑む母・小百合の顔が浮かぶ。
(母さん…! 俺は…俺は…!)
隼人の心が、絶望に呑み込まれていく。母の死という重い事実。そしてその責任が、自分にあるという現実。果たして隼人は、この絶望を乗り越えられるのだろうか。
過去を思い出すかのように、隼人は母との思い出を反芻する。幼い頃、優しく微笑みながら自分の頭を撫でてくれた母。美味しい料理を作ってくれた母。どんな時も、隼人の味方でいてくれた母。
そんな大切な母を、自分の身勝手さが殺してしまったのだ。隼人の胸に、深い後悔の念が沸き起こる。
もし、自分が妖狐の長になると決意していたら。もし、父・鞍馬の下に戻る選択をしていたら。母は死ななくて済んだかもしれない。
そんな想いが、隼人の心を締め付ける。自分のせいで母が死んだ。その事実が、隼人から希望を奪っていく。
(母さん、俺は…俺は、あなたを守れなかった…)
隼人は、悔恨と絶望に身を震わせるのだった。
「隼人…私たちは、あなたを一人にしない。必ず、みんなであなたを支える」
翼が、隼人の肩に手を置いて告げる。
「そうだ。俺たちは、隼人の仲間だ。悲しみも、苦しみも、共に乗り越えていこう」
響也も、力強く頷く。
「隼人さん…あなたは、私たちにとってかけがえのない存在よ。だから、負けないで」
紅葉が、涙を浮かべながら微笑む。仲間たちの温かい言葉が、隼人の心に染み入っていく。
「みんな…俺は…」
その時、隼人の脳裏に、母・小百合の言葉が蘇る。
『隼人、あなたは一人じゃない。仲間がいる。だから、前を向いて生きて』
母の遺した言葉が、隼人の心を揺さぶる。
「…そうだ。俺は、一人じゃない。みんながいる。だから…」
隼人は、涙を拭うと、仲間たちに向かって言った。
「みんな、ありがとう。俺は、立ち上がる。母さんの死を、無駄にはしない」
「隼人…!」
「おう、その意気だ!」
仲間たちに囲まれて、隼人は新たな決意を胸に刻む。母の死という絶望に打ちのめされても、希望を信じて前を向く。それが、隼人の選んだ道だった。
「さあ、営業を再開しよう。俺たちの居場所を、守るために」
隼人の言葉に、仲間たちが力強く頷く。
こうして『狐の化身』編は、悲しみを乗り越え、新たな希望を目指す隼人の姿で幕を閉じた。
母の死の真相と、妖狐の長としての宿命。『狐の宴』の仲間たちと共に、これからも隼人は運命に立ち向かう。
「母さん…俺は、強くならなきゃいけない。あなたのためにも、みんなのためにも…」
隼人は、胸の奥に眠る悲しみを力に変えようと奮闘する。その先に待つものは、光明なのか、それとも絶望なのか。
「母さん…俺は、あなたに誇れる男になる。必ず、この店を、みんなを守ってみせる…!」
隼人の覚悟が、新たな物語の幕を開ける。
『狐の宴・第二部 異界の祭り編』へ続く──。
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