第1部 狐の化身編
第1部:第1話 優越の狐
歌舞伎町の夜、ネオンが眩しく輝くその裏で、キャバクラ『
「今日も変わらない夜だな」
そう呟いた隼人の隣で、マネージャーの
「平和だね。でも、この平穏は、君が守ってくれているからこそだね」
翼の言葉に、隼人は小さくうなずく。自分が妖狐の血を引く存在であること、そしてその力を封印して人間として生きる決意をしたこと。それは、隼人にとって誇りであり、同時に大きな責任でもあった。
そんな中、入口のドアを勢いよく開ける音が店内に響いた。そこに現れたのは、いつもと様子の違う常連客、
「銀次、いらっしゃい。いつもと雰囲気が違うね。何かあったのかい?」
隼人の問いかけに、銀次は高慢な笑みを浮かべて答える。
「ふん、隼人よ。お前には分からんだろうが、俺は今日、自分が選ばれた存在だとわかったのだ」
その言葉に、隼人と翼は、一瞬視線を交わす。いつもの猫を被った態度ではない、銀次には尋常なまでの高揚感があった。そこに潜む違和感を、二人は敏感に感じ取っていた。
銀次は、まるで王様が臣下を見下ろすかのように、店内を闊歩し始める。
「おい、お前ら。もっと俺を持てなせ。俺は偉大なんだぞ!」
そう言って、ホステスの紅葉に絡みつこうとする銀次。それを咎める紅葉に、銀次は激昂する。
「うるさい! 俺に逆らうとは、この店は最低だな!」
銀次の剣幕に、怯えるホステスたち。周りの客からも不満の声が上がり始め、店内は騒然とした雰囲気に包まれる。
この事態に、隼人と翼は即座に対処を始めた。
「翼、お前は店を頼む。俺は銀次を個室に連れていく」
「わかった。銀次のことは任せたよ、隼人」
隼人は興奮した銀次を個室に誘導し、翼は店内の混乱の収拾に動く。ホステスの梓が、翼に不安げに話しかける。
「翼さん、銀次さんはどうしちゃったんでしょう…。いつもと全然違う様子でしたね」
「大丈夫。隼人が必ず銀次を救ってくれる。信じているんだ」
そう言って、翼は梓の頭をそっと撫でる。その言葉に、梓も少し落ち着きを取り戻すのだった。
一方、個室で銀次と対峙する隼人。ドアを閉めた瞬間、隼人は銀次の周りに漂う妖気に気づいた。まるで紫の炎が銀次を包み込んでいるようだ。
(この気配は…まさか、銀次が妖狐に取り憑かれているのか!?)
隼人の脳裏を過ぎる、不吉な予感。普段の銀次を知る隼人だからこそ、彼の異変を見逃さなかったのだ。
「銀次、いったいどうしたんだ? いつものお前らしくないじゃないか」
隼人が問いかけると、銀次の瞳が赤く輝く。
「ふふふ…お前ごときには分からんだろう。俺は今、この世界の頂点に立ったのだ!」
妖しく歪む銀次の顔。それは、もはや隼人の知る友人の表情ではなかった。
「銀次、しっかりしろ! お前は今、妖狐に操られているんだ!」
その言葉に、銀次は高笑いを上げる。
「操られているだと? ふざけるな! 俺は選ばれし存在なのだ!」
周りの紫の炎が、さらに激しさを増す。それは、隼人に危機感を抱かせるには十分だった。
(このままじゃ、銀次の心が妖狐に飲まれてしまう…!)
隼人は、銀次を助けるため、自らの妖力を使う決断をする。
「俺は行くぞ、銀次。お前の心の中に!」
そう宣言し、隼人は妖力を解き放つ。刹那、隼人の意識が銀次の心の中へと飛んでいく。
そこは暗く歪んだ空間。銀次の心を映し出すかのような、不気味な異空間だった。
「銀次、俺だ。隼人だ」
「隼人…? お前は、俺の偉大さを妬んでいるんだな!」
妖狐に取り憑かれた銀次は、隼人の呼びかけにも心を開こうとしない。
隼人は、銀次の内なる子供に優しく語りかける。その子の親であるかのように銀次の心に寄り添おうとする。
「銀次、お前は本当は、自分に自信がないだけなんだ。だから、他人を見下すことで、自分が上になったと錯覚している」
「何だと!? ふざけるな! 俺は…俺は本当に偉大なんだ!」
銀次の周りの紫の炎が、さらに燃え広がる。その炎の中から、妖艶な女狐の姿が現れる。
「我が名は『優越の狐』。愚かな人間どもよ、我の力を見るがいい!」
『優越の狐』は、銀次の心に入り込み、彼の感情を操っていた。
「銀次、お前は優れた存在なのだ! 他者を支配することこそ、お前の生きる道!」
『優越の狐』の言葉に、銀次の瞳が赤く染まっていく。
「ハッハッハ! 愚かな半妖め、私の力の前では無力だ!」
『優越の狐』の挑発に、隼人は怒りを燃やす。
「黙れ! お前のような卑劣な妖狐に、銀次の心を蝕ませはしない!」
「卑劣だと? いいや、これこそが真の力だ! 優越感こそが、この世を支配する鍵なのだ!」
優越の狐の言葉に、隼人は一瞬言葉を失う。
「他者を見下すことが、力だと…?」
「そうだ! 弱者を踏みつけることで、自分が選ばれた存在だと実感でき、人を導けるのだ!」
狐の言葉は、隼人の心に迷いを呼び起こした。力で人を守ることと、力で人を支配することの違いとは何なのか。
「俺は…人を守るために力を使いたいと思ってきた。だが、その導きは支配につながるのか…?」
隼人の迷いを見透かしたように、『優越の狐』が高笑いする。
「ハッハッハ! 隼人よ、お前も本質では同じなのだ! 力を欲する者は、みな支配者の道を歩むのだ!」
「いや…俺は…」
言葉に詰まる隼人。だが、その時、仲間の笑顔が脳裏をよぎる。
(違う…俺が目指してきたのは、仲間と共に歩む道だ!)
隼人は揺るぎない意志を瞳に宿し、『優越の狐』に言葉を投げつける。
「俺が求めるのは、支配ではない! 仲間と支え合い、共に生きることだ!」
「仲間だと? 弱者の集まりに過ぎん! 強者が支配するのが世の理だ!」
「お前は、自らの優越感を満たすために、人の弱みに付け込んでいる。それは本当の強さではない!」
隼人の言葉に、今度は『優越の狐』が言葉を失った。
「何だと…?」
「本当の強さとは、自分の弱さを認め、それでも前に進むことだ。他人を踏みつけることで得られる優越感は、一時の満足に過ぎない」
隼人の言葉は、『優越の狐』の心の奥底に突き刺さる。その言葉は、銀次の心にも届いていた。
「隼人…俺は…本当は何を求めていたんだ…?」
銀次の瞳に、迷いの色が浮かぶ。その心の揺らぎを見逃さず、隼人は銀次に語りかける。
「銀次、お前は優しい心の持ち主だ。仲間と共に歩むことが、お前の本当の望みなはずだ!」
「隼人…そうだ、俺は…」
銀次の表情に、気づきを得たような変化が生まれる。優越の狐は焦りを隠せない。
「く、くだらん! 銀次よ、隼人の言葉に耳を貸すでない!」
だが、すでに銀次は気づいていた。
「俺が求めていたのは…仲間との絆だ! 狐め、俺の心から消えろ!」
「ば、ばかな…! 私の支配が…崩れる…!」
銀次の強い意志と、隼人の揺るぎない信念が、『優越の狐』を打ち砕いていく。
「お前には、真の強さの意味がわかっていない。だから、人の心を惑わすことでしか、自分の存在意義を見出せないのだ」
「そ、そんな…あり得ない…! 私の優越が…敗れただと…!?」
『優越の狐』は苦悶の叫びを上げ、闇の中に消えていった。
銀次の体から妖気が消え、彼はゆっくりと目を開ける。
「隼人…俺は、間違っていたんだな…」
「銀次…お前は、自分の心に気づいたんだ。それでこそ、俺の親友だ」
隼人の言葉に、銀次の瞳に光が灯る。
「俺は…俺は、もっと自分を信じないと。隼人、ありがとう」
「ああ、銀次。帰ろう、みんなが待っている」
こうして、銀次の心は『優越の狐』の呪縛から解き放たれた。
二人の意識が現実に戻ると、そこには心配そうに見守る翼の姿があった。
「隼人! 銀次! 大丈夫か!?」
我に返った隼人と銀次を見て、翼は安堵の表情を浮かべる。
「翼、心配かけてごめん。でも、もう大丈夫だ。俺は、俺らしく生きていくって決めたんだ」
そう言って笑顔を見せる銀次。隼人も、満足そうに頷く。
「隼人、本当にありがとう。お前がいなかったら、俺は助からなかった」
「いいや、銀次。お前が自分の心に正直になれたからこそ、『優越の狐』を追い払えたんだ。お前の強さが、勝利を呼び込んだんだよ」
隼人の言葉に、銀次は目頭を熱くする。
「隼人…俺、これからは自分の弱さから逃げないで、仲間と共に前を向いて生きていくよ」
「ああ、その意気だ。俺も、お前や翼、そして『狐の宴』のみんなと一緒に、笑顔あふれる店を作っていきたい」
固い握手を交わす隼人と銀次。その光景を、翼は嬉しそうに見守っていた。
騒動が収まり、店内は再び華やかな雰囲気に包まれる。ホステスの紅葉と梓も、銀次の無事を喜び、祝福の言葉を贈る。
「銀次さん、本当に良かったです。またいつもの調子で、私たちを楽しませてくださいね」
「ありがとう、梓ちゃん。俺、もっと魅力的な男になって、君たちを喜ばせるよ」
そんな銀次の言葉に、紅葉も柔らかな笑みを浮かべる。
「ふふ、期待しているわ。でも、無理はしないでね。あなたらしさが、私たちの元気の源なのだから」
優しい眼差しを向ける紅葉。その表情に、隼人は改めて『狐の宴』の絆の強さを実感するのだった。
店内に活気が戻ってくる中、ふと隼人は父・
(父上、なぜこんなことを? 俺たちを、この街を脅かすなんて…)
真意は計り知れないが、隼人は迷いを振り払うように立ち上がる。
「みんな、俺はこの『狐の宴』を、守りたい。この店は、人間と妖狐が心を通わせる、かけがえのない場所なんだ」
隼人の言葉に、翼も紅葉も力強く頷く。
「僕も、この店を守る。隼人と共に、みんなの笑顔を守るんだ」
「ええ、私たちも協力するわ。『狐の宴』の未来のために、私たちにできることを精一杯やらせてもらうわね」
涼やかな響きのシャンパンが注がれる。隼人は改めて、この店を、この街を守る決意を新たにする。
(俺の力のすべては、この『狐の宴』のために。父上の企みから、みんなを守るために…!)
こうして、『優越の狐』による騒動は幕を閉じた。だが、鞍馬の影はまだ色濃く、新たな脅威が『狐の宴』を狙っている。
隼人の戦いは、まだ始まったばかり。彼は妖狐の血を引く宿命を背負い、人間と妖狐の架け橋となる使命を果たさなければならない。
次回、「第2話 誘惑の狐」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます