オガイモゴイ ❸
「あ、いたいた、優輝くんいたよ! コウスケの隣の隣!」
そう言って意気揚々と私へ報告してくれるコウスケくんママは、スマートフォンのカメラを握り締め、手放さなかった。
園に入ってからほとんどずっと撮影状態のままで、さすがに疲れるのではないかと少々心配もしてしまうが、唯一の息子の思い出を激写することにコウスケくんママはとかく必死なようだった。
保育園の運動会が、もうそろそろ始まるところにまで差し掛かっていた。
いつもの送り迎えの際は疎らである園内も、今日に限ってはたくさんの家族で溢れ返っていた。
その賑やかさが新鮮で微笑ましいので、私としてはこの空間が幾分か楽しかった。
「優輝は何をやるんだったっけ」と隣にいる夫が尋ねてくるので、「一番最初が竹馬、次が玉転がし、その次がリレー、最後がバルーン」とプログラム表を見ながら順々と答える。
「玉転がしはあなた行ってね」
「おう、任せとけ」
普段は仕事で忙しいが故に園内で勤しむ優輝を見ることができていない夫にとって、この運動会は頑張る息子をあらゆる角度から見ることの出来る絶好の機会だろう。
私だって普段は送り迎えをするだけで、優輝が園内で遊んでいるところ、頑張っているところはあまり見れないのだ。
この場にいる親は全員漏れなく、手に汗握る思いで過ごしていることだろう。
園児の隊列は、短くて可愛い脚を上下に動かしながら行進を開始する。たまに手と脚の両方を動かしてしまう子もいて、私も含めた親連合はそのあどけなさに逐一癒されていた。
その中でも、優輝はしっかりと脚を上げ下げできていた。
他の子よりも自信があるのか、地面の踏みつけ具合もかなり強気であった。
優輝の足が一番砂の粉塵を舞わせていた。
さすが我が子であると優輝を誇りに思う。
行進が終わると、早速お楽しみである競技が催される。
優輝は後列の方であったから、出番は後の方だ。
竹馬が始まり、児童たちが震える足を頑張って竹馬へ固定しながらじわじわと進んでいく光景が目に映り出す。
親たちが竹馬園児へ釘付けになっている中、私は優輝を見ていた。
コウスケくんと喋っているのかなと思ったら、案外そうでもなく、優輝はしゃがみながらボーッとしていた。
お兄さんのうっとりタイムに思わず微笑んでしまう。
だが、よくよく表情を眺めていると、優輝の様子が若干おかしいことに気づく。
ただただ出番がまだであるから、ボーッとしている感じではなかった。
優輝は何かしらを見るために、一点をじっと見つめているようだった。
「ねえ、優輝見て」
夫の肩を叩き、優輝へ顔を向けさせる。
「なんか変じゃない? 優輝の様子」
「……そうか? 暇そうにしてるだけじゃないのか」
「でも、なんか目が、虚ろっぽくない?」
私が心配の念をここぞとばかりに露わにするからか、さすがの夫も優輝を凝視して私が言っていることを確認しようとする。
「体調悪いんかな」
首を傾げて呟いた夫の言葉が、私の心配の念を後押しした。
一気に不安の波が押し寄せ、今すぐにでも優輝の方へ駆け出したいと思った。
すると、ボーッとしている優輝の手を引っ張ってくれるコウスケくんの姿が見える。
どうやら、優輝の出番が来たらしい。
しかし優輝は、自分の出番に気づかず、コウスケくんが手を引っ張ってくれたおかげで、我に返ったかのように竹馬へ向かい始めた。
心配が杞憂に終わったと言わざるを得ないくらい、優輝は竹馬でかなりの活躍を見せてくれた。
最初は少し乗るのに手こずっているようだったが、一度乗ることができたらあとは快調で、一番最初に突っ走った子を追い抜くくらいの勢いを見せてくれた。
さっきまでの心配などなんのそのといったように、「優輝ーっ!」とはしゃいでしまった。
その後はしばらく年中・年少さんの競技があって、その次に玉転がしがあった。優輝と夫の協力プレイが聢と見れて、ここでも思わず声を上げて応援してしまった。
玉転がしが終了すると、ランチタイムへと差し掛かった。外で食べるもよし、中で食べるもよしだったため、私はコウスケくん家族と一緒に外でランチを食べた。
夫はコウスケくんパパとの談笑へひたすらに集中し、私もコウスケくんママとの会話へ夢中になった。
優輝とコウスケくんはさっきの競技のことなどをわいわい話していた。
ランチが終わっても少し時間が余っていたため、その後もコウスケくんママとの会話を楽しんでいた。午後の開催までは、まだ時間があった。
「おすなばいってくるね」
そう言って優輝は、コウスケくんと一緒にお砂場へトコトコと歩いていってしまった。
私は変わることなく、コウスケくん夫婦との会話を続ける。
しかし、どうにも優輝の方が気になった。
会話をする傍ら、定期的に優輝の方へ目がいってしまう。
コウスケくんと一緒に遊んでるんだから、大丈夫。
そんな風に思っても、結局はお砂場の方を向いてしまう。
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