第31話 なかったかのようなこと

 戦場は私立梁団扇高校図書館、そして、相手は大量の生徒とそこに宙に浮いているサキュバス。


「さぁ、我が新たな下辺ども!そこにいる女神と少年を殺しなさい!」


 ついさっきまではただのクラスメイトだった彼女がそんなことを言った。

 ちょっとでも、彼女に向けて「恋」という感情を抱いていた自分が恥ずかしい。

 

僕はまんまと流されていたのか。


 そう気づくと、次第に憎しみ、怒りといった感情が込み上げてくる。

 こいつは俺たちが殺さないといけない。


「女神、勝算はあるか」

「どうでしょう。彼女はサキュバスでもかなりの魔力を持ち合わせている個体ですので……」


 女神も今回の戦いは少し不安そうだ。

 女神ということは、勿論、俺もだ。


 しかし、そう思ってなんかいられない、


「とりあえず、タイマンなら確実に倒せます。しかし、やはり生徒たちが邪魔です」

「やはりそうか」


 そこが、明日香の作戦だ。彼女は量で攻めたのだ。


「この生徒たちは倒せるの?」

「明日香の邪魔がなければ、いけます」


 では、やることは……。


「俺が明日香の攻撃を引きつける。その隙にアイツらを無双しろ」

「え!それじゃあ、宗太さんが危険な目に……」

「いや、お願いだ」


 その後、女神は少し戸惑った様子を見せた。

 しかし、決心がついたようで。


「分かりました」


 そう一言、言った。


*****


 そして、女神は大群の中に突進していった。

 低空飛行で程よく衝撃波を起こす速度で飛んで、彼女は突っ込んだ。


 俺は急いで図書館の上の階に行く。

 精神を乗っ取られた生徒は一階に集中しているため、上部の階には一人もいない。明日香を引き付けるにはもってこいの場所だと言えよう。多分。


 そして、上る経過……。


「なぁ~にやってるの?」


 俺の背後には明日香がいた。

 背後をつかれた、不覚!


 振り向いて、彼女の姿を確認することができた。

 その明日香の姿は悪魔というのに相応しい姿をしていた。

 服装こそ学校指定の制服を着ているが、背中からは黒い翼が生えており、体からは気味の悪い瘴気をまとっている、そして、念力によって宙に浮いている無数の本が彼女の周りにあった。それを俺に向けて発射する気なのだろうか。


「じわじわと痛めつけてやるわ」


 すると、本が俺に迫ってきた。俺はそれを間一髪で避ける。その本は俺を素通りした後、壁に衝突すると、びりびりに敗れ散った。

 かなりの威力だ。当たったら、軽く骨くらいは折れるだろう。そうすると、とても動けたもんじゃなくなるから、結果的に殺される。あれに当たったら死ぬ。


 覚悟は勿論していたが、いざ「死」に直面してみると身体は震えるものである。

 俺はその恐怖で少し、筋肉が緊張し、動きにくくなってしまった。

 しかし、動かなくては。動かなくてはその「死」が現実となってしまう。


*****


 俺はそのあと、ただひたすらに、無我夢中で逃げた。

 後ろから、ものすごい音が聞こえる。恐らくアイツが暴れに暴れて、俺を殺しにかかっているのであろう。

 しかし、人は「死」が関わると予想もしない力が出てくるもので、何とか、女神が間に合うまでに逃げ切った。


 女神の力は凄まじいものであった。

 初めに不意打ちで顔面に光線を浴びせ、そこからは連続的な攻撃を浴びせ、一瞬で消してしまった。


 明日香が消えるとこの聖域という閉鎖空間は完全に消滅し、図書館の本やそこにいた人共々、何もなかったかのように元通りになっていた。


 この世界において、変わったことはただ一つ。明日香の姿が完全に消え去ってしまったことだ。


「別に明日香は完全に消え去ってしまったわけではないですよ」

「どういうことだ?さっきお前が消しただろう?」

「そうですけど、魂は消していません。天界に送りました。これから、浄化され、じきに輪廻転生してると思いますよ」

「なるほど。そういうことか」


 

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