ポーカーフェイスを忘れるな。

 「紙パック製造終了って……マジですか!?」

 思わず先輩の方へ寄り詰めてしまう。滅多に見ない恋斗の様子に、叶はなんとか笑いを堪えている様子である。

「うん。来月から缶での製造になるみたいだよ」

 聞いた恋斗は、大袈裟に膝を落とした。駆け寄った雪だけがまともに心配していた。

「別に、缶になったからって、味が変わるわけでも無いでしょ。落ち着きな?」

「そうだぞ〜。それに、容器が硬い方が、持ち歩きやすいだろ?」

 恋斗の背後で、顔の手を当て笑っている叶。叩いて出た埃のようなフォローに大志も便乗する。

「確かに持ち運びはしやすいかもしれない。けど!俺はストローで飲むのが好きだったんだ!それに!缶だとなんか鉄分が溶け出してるような感じがして嫌だろ!?」

 皆を目まぐるしく見回して熱く恋斗は語った。皆の頭上には、黒点が三分の三拍子で走っている。

「なんか……、うん、残念だね」

 雪に浮かぶ苦笑。その後の移動は、一同恋斗に、少々気を使うのだった。

 ステージに着くと、先輩は、中央まで恋斗たちを案内した。フロアではバレー部が準備運動をしているところである。演劇部の先輩は、他にまだ来ていない様だった。

「ごめんね。まだみんな来てないみたい。まぁいつも僕が一番に来るんだけどさ」

 頭を掻きながら、柔和な声を差し向けてくる。

「先輩は……二年生ですか?」

 雪が訊く。坊主頭の先輩は目が線になるほどの笑みを浮かべる。

「そうだよ。うちはね、僕らの一個上の代が部員ゼロで同好会だったんだ。でも僕らの代が結構入ったから、やっと部活になったんだ」

「てことは、僕らの代で部活になって二年目ってことですか」

 返した恋斗にはどうしてか、喜色が浮かんでいた。

「うん、そういうこと。今年はとりあえず四人は確保できそうで、一安心かな」

 言い終わったところで、話が途切れてしまう。バレー部のシューズが擦れる音が絶えず飛び込んでくる。感じる微妙な温度感。そこには静と動が框によって棲み分けられていた。

「ところでなんだけど」

 またも唐突な切り出し方をする先輩。緊張の解けない四人は身構えてしまう。

「俺、最近彼女に振られてさ」

 落雷。空気は死んでいた。気を使うべき相手に、どう返すべきなのか、道は最初から無かった。

「へ、へぇ。そうなんですね。どれくらい付き合ったんですか」

「えっとね……一ヶ月くらい」

 勇気を出した恋斗。すでに振られたことで頭が飽和している先輩は、早めの梅雨前線が到来した様である。

「ま、まぁ!きっといい相手がまた見つかるっすよ!」

 大志は肩を優しく叩いてやった。裏返りそうな声も、先輩の耳には届いていないのだろう。天気雨が過ぎた様である。

「だといいね……。けど今日!そう思えるかもしれない子を見つけたのさ!」

「うぉ……。いきなり元気に……。まるで変面だな」

「ちょっと大志。失礼だからやめなさいよ」

 誰に届けたいのか、フロアへ向け意気揚々と声を張り上げた先輩の姿。恋斗には、そこだけスポットライトが当たっているように見えた。直前まで、弱々しく、ポンコツに見えた先輩は、瞬間にして役者に早変わりしたのである。

「で、そこの女の子。名前は――」

「川端雪です。……なんですか?」

 首を傾げた。恋斗たち男性陣は、何かを察したように顔を見合わせる。けれども、大志は二人と違い、額に手を当て、見ていられないと言わんばかりの様子である。

「雪さん。今彼氏はいるのかな?もし居ないのなら僕なんか……ほら、僕って顔は悪く無いと思うし性格は一途で――」

「ごめんなさい!私好きな人がいるので!」

 清々しい返事が少しばかり反響する。先輩は蝋人形の様になっていて、返事を受け止めるのにタイムラグを生じている。見ていた三人は、叶と恋斗が遅れて大志と同じポーズをとった。

「どうしてだよぉぉぉぉぉ!」

 膝を落として四つ足をつく。悲しみでは表現し切れぬその声は、さながら野獣の咆哮だった。その後先輩は、漫画ばりの雄叫びをあげて、走ってどこかへ消えてしまった。

 残された四人は、そこでおとなしく待つことにした。部活動開始まではあと五分ほど。他の先輩も、同じ入部希望者もまだ居ない。

「もしかして、今年は俺たち四人だけかな?」

「かもなぁ。あんまり少ねぇと、今年は良くても来年からヤベェよなぁ……」

「私は、別に、四人でも……」

 暗がりのステージ上。四人はひっそりと佇んでいる。訪問者であるはずの四人が、その世界の住人のように見えてしまう次第である。恋斗は心中で安堵していた。四人という人数は決して多くはないが。自分が叶を誘わなければ、自分の他に誰も居なかったと思うとゾッとするのだ。

「おはよーございまーす!あれ?誰もいない。もりっぴーは?」

 ステージの袖から女性の声が聞こえる。少し高く、小さい子供の様である。荷物の置かれた重い音が響いたのち、袖幕の間から女性は現れた。

「あれ?もしかして一年生!?ここにいるってことは、演劇部に入りたい子たちだよね!ごめんね!まだ先輩には誰にも会わなかったかな?」

「えっと……坊主頭の先輩にここへ連れてきてもらって……」

「あ!もりっぴーに連れてきてもらったのね!大丈夫?ナンパとかされなかった?」

 余程嬉しいのだろう。鈍い音を立てて飛び跳ねながら喋っている。先程の先輩と同い年だと思われるその先輩の言い草から。もりっぴーと呼ばれる彼は、ナンパ常習犯なのだろう。

「彼氏はいるのか、とか、もし居なければ……とかは……」

「遅かったかぁ!ごめんね!うちのバカが……。あ、私は鈴村美姫!ここではラビって呼ばれてるの!」

 両手でピースサインを作るラビ。先程の激しい飛び回り方から、兎を連想してしまう一同である。

「ちょっと待っててね!後少ししたらみんな来ると思うから!」

「あの……二年生の先輩って、何人いらっしゃるんですか?」

 ラビの発する優しい光に飛び込んで、訊いてみる恋斗。終始笑顔を崩さぬままラビは答えてくれた。

「えっとね!私たちの代はね〜男三人女五人の八人だよ!みんな変わりも――あぁいや!個性的な子たちが多いから毎日楽しいよ!」

 狭間に出かけた言葉を、四人は何となく察せていた。しかし、先ほどのもりっぴーに会った時から、覚悟は出来ていた。

 ふと腕時計を見ると、針は部活動開始の四時を指していた。階段を登る足音が不規則に聞こえてくる。ようやく他の先輩も集まってきたようである。入ってきたのは、六人の女と、三人の男。先程のラビの話から、入部希望の一年生がその中に二人居ることがすぐにわかった。

「……みんな揃ったかな?じゃあとりあえず円になろうか!一年生の子たちはこっちに!」

 肩ほどまでの髪の長さの人物が全体に声を掛ける。見た目は中性的だが、低く心地よい声があたりに響いている。

「よし!ほら、部長の方にいっておいで〜!」

 ラビは明るく手を振った。雪はすっかりラビのことが気に入ったようで、笑顔で手を振りかえした。ステージを占める形で楕円形に並んだ。一年生は出口側へ固められていて、最終的には男女三人ずつの六人となった。

「はーい!今年はとりあえず、六人の子が来てくれました!はい!拍手!」

 パチパチパチパチ……。手厚い歓迎が拍手で為される。音と共に、光を帯びた白色が飛び散っている。

「それでは!自己紹介を兼ねて簡単なゲームをしていこうと思います!それではブルー!よろしく!」

「リアルに混ざる嘘を見抜け!ポーカーフェイス自己紹介〜!」

 さながらバラエティ番組のように回されていく場、一年生は、あまりの早さとテンションの高さに置いていかれそうになっている。

「ふふ……。面白くなりそうだな」

 静かに笑って呟く叶。恋斗は、あぁ。とつられて笑った。

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