第18話

 私の話を聞いたアーロが、難しい表情を浮かべる。


「……つまり、カバンの中に入っている契約書を破いたりすると、愛欲のサラサリズ?っていう化物が襲って来るという事……ですか」

「えぇ、だからセレスティアの奴隷契約から解放するのは止めた方がいいわね、ここにいる戦力じゃ戦う事すら出来ないわ」

「いや、護衛の騎士も沢山いるし、事前に戦う準備を整えておけば戦るんじゃないですか?」

「無理ね、話したでしょう?男性の護衛騎士達が正気を失って襲い掛かって来たって」



「……じゃあどうすればいいんだよ」

「分からないから悩んでるのよ……、それに私達に止めをさした巨大な蜘蛛もそうだけど、到底今の私達では太刀打ちが出来そうに無いわ」

「という事は、何時になったらセレスティア様だっけ、自称この国の王女様を助ければいんだよ……です」

「だから、このまま進んで倒せる人達の前で契約書を破棄するの」


 王都についてからセレスティアの奴隷契約の書類を破棄すれば、彼女が解放された事を知ったと言えど、サラサリズもどうする事も出来ないと思う。

それに……あそこなら、争いが起きたら話し合いをして何事も解決しようという考えの持ち主が多いけれど、王族直属の騎士達なら実力も確かだろうから、私達の変わりに討伐してくれる筈。


「倒せる人達って、いったい誰に頼むつもりなんですか?」

「……私達が通う事にある学園がある場所は王都よ?なら、国を治める王族を動かして王族直属の騎士達を出動させるの、そうすればいくら強力な能力を持つ魔族だったとしてもひとたまりもない筈よ」

「……ちょっとまってくれ、くださいマリス様!魔族?相手はもしかして魔族なんですか?」

「えぇ……【愛欲のサラサリズ】って呼ばれていたもの、以前私達が遭遇した【飢餓のリプカ】と同じ魔族で間違いないと思うわ」


 魔族は必ず名前の前に、自身が生まれるに至った欲の形が付く。

つまりサラサリズの愛欲という言葉から想像出来る範囲だと、異性に対する欲求の事なのだと思うけれど、それなら何故あんなに幼い少女の姿をしているのだろうか。

愛欲というからには、大人びた女性だったり見た目が整った男性の方が自身の欲を満たせると思うのだけれど……


「愛欲って聞いてて思うんだけどさ、マリス様……愛欲ってなんだ?」

「え?あ、アーロ?あなた何を言ってるの?」

「何をって、愛欲って言葉を知らないから聞いてるんだけど……、もしかして俺恥ずかしい言葉を聞いてたりするの……ですか?」

「え?あぁ……、アーロが今よりも大人の男性になったら分かるかもしれないわね」

「……?大人になると分かる事なのか……ですけど、この言葉にはどういう意味があるんですか?」


 アーロが興味津々とでも言いたげな表情を浮かべて私の事を見つめてくるけど、彼にどうやって伝えればいいのか分からなくて困惑してしまう。

だって……異性に対して、そういう気持ちを抱くような歳では無いとはいえ、愛欲って言葉は一般的には異性に対して性的な欲求を持つ事よ?何て言うのを、どんな顔をして説明すればいいのか。


「……ほら、大人になったら夫婦になった二人が、えっと……その」

「……ん?」

「あのね?アーロのお父様と、お母様のステラが夫婦として一緒に暮らしたりしているでしょう?そうしたら子供が出来たりとかするじゃない?だから、そうえっとね?」

「まぁ……夫婦になったら、平民として未来の労働力になる子供を作るのは当然だからな……ですけど、そもそもどうすれば出来るのかとか分からないから、そんな説明じゃ分からないぞ……です」

「……私と一緒に学園に通う事になったら教えて貰えると思うから、今は分からないままでいてちょうだい」


 そう言う事を知らないアーロに対して、一から全部を教えるのは何だかいけないような事をしているような気持ちになるから、そうやってごまかす事にした。

だって、良く考えたら彼は平民で……本来なら大人になり成人すると共に、村や町を治める長から教わるもので、私のような貴族のように物心がついた時から教育を受ける訳では無いのだから


「……んー、何かもやっとするけど、マリス様が言うなら分かりました」

「うん、ありがとうアーロ、そういう素直な所が私は好きよ?」

「お、おぅ……そっか、んでさ、取り合えず大まかな流れは把握出来たけど、もし王都で奴隷契約の書類を破いたけど、その時にどうしようも無い状態になったらどうするんだ?です、ほら……男が正気を失って女性に襲い掛かるんだろ?だったら王都でも同じような状況になるんじゃん?」

「その時は……大人しく死んで、またここに戻って来るわ、多分だけど私が死んだ場合に戻って来る場所がここだと思うし」

「出来ればマリス様に死に戻り何て事して欲しくねぇですけど、分かった……」

 

 彼が納得出来ないとでも言いたげな顔でゆっくりと頷くと同時に、小屋の扉が勢いよく数回叩かれる。

もしかしてヘルガが戻って来たのかもしれないと思い、今の会話を終わらせる為にアーロが手に持っている魔導書を受け取ると


「マリス様!昨晩保護した人物から、マリス様に対して直接お礼を申し上げたいとのことでお連れ致しました!」

「……分かりました、通してちょうだい」


 という声が扉越しに聞こえて来る。

そして私の返事を聞いた護衛騎士の一人が、扉を開けるとお礼に言い来た人物と共に小屋の中に入って来た。


「え……?うそ、まさか」

「ピュルガトワール領の領主マリウス・ルイ・ピュルガトワール様の唯一のご息女であり、未来の領地を治める幼き太陽にお会い出来た事を運命の神々に感謝致します」

「……え、えぇ」

「身分を明かすことが出来ませんが、とある事情にて旅をしているシルと申します」


 金色の髪に透き通るような青い瞳、そして黒い服には明らかに自身が高い身分で事を表す金色の刺繍が施された服を着た……とても懐かしくて、出来る事なら出会いたく無かった見覚えのある人がそこにいた。

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