第16話
近づいて来ているあの人影は誰だろうか。
もしかして死に戻りをする前に遭遇したサラサリズが、奴隷契約の書類が入ったカバンが動いた事に気付いて近づいて来たのかもしれない。
「……あれは?」
「貴様何者だ!そこで止まれ!」
護衛騎士達が接近してくる何者かに向けて、止まるように声を掛けるけど止まる事無くこちらに向かって来る。
けど、その足取りは先程感じたように何処か弱弱しくて、まるで怪我をしているように感じて、もしかしたらサラサリズではないのかもしれない。
「──けてください!お願いします!助けてください!」
「この声は……」
声変わりする前の特徴的な少年の声で私達に向かって、助けを求めながら近づいて来る。
姿はまだ見えないけど、何処か聞き覚えのあるような懐かしい声で……
「……マリス様、どうしますか?」
「え?」
「アデレード様が馬車でおやすみになられ、リバスト護衛騎士隊長も場を離れている以上、今ここで決定権を持っているのはマリス様です、どうかご決断を……」
護衛騎士の一人が私の元へ走って近づいて来ると指示を求めて来る。
確かに現状でこの場の決定権を持つのは私だけど、本当に私で良いのだろうか。
「えっと……」
「マリス様、指示を出してあげてください」
「ヘルガ?」
「そうだよマリス、いえ、マリス様は将来ピュルガトワール領を継いで領主になるんだから、です、今のうちに馴れといた方が良いと思います」
ヘルガとアーロが言葉で私の背を押してくれる。
確かに将来ピュルガトワール領を継いで領主になるのだから、今のうちに指示を出す事に対して慣れておいた方がいい。
「……ならそうね、助けを求められているのに救いの手を差し伸べなかったと、お父様が知ったら悲しむと思うし、護衛騎士は声の主の保護をお願いするわ……必要なら私が使う予定のテントを使っていいわ」
「それだとマリス様は何処で本日はおやすみになられるので?」
「私はそうね……、先程小屋に入ってみたら誰もいないようだったから、今日はそこで休ませて貰うわ」
「承知致しました、でしたら後で必要なお荷物の方を小屋に移しておきます」
護衛騎士が敬礼をすると、近くの騎士達に指示を出す。
名前は分からないけれど、多分彼がリバストがいない時に指揮を取る立場の人なのかもしれない。
けど、申し訳ないけれどあの顔を見ると少しだけ警戒してしまう、だって死に戻りする前の時間軸で正気を失って、私に襲い掛かりアーロの腕を切り落とした人だから……
「あっ!それなら俺が!俺がやります!ほら、俺マリス様の専属使用人兼従騎士ですから!」
「なるほど、君が言うのなら任せよう、従騎士アーロよ……リバスト護衛騎士隊長に変わり指示を出す!主人であるマリス様の荷物を持って小屋に移動せよ!」
「了解です!」
指示を受けたアーロが、元気に馬車の方へと向かって走っていく。
その姿を見送りながらヘルガの後ろにそっと移動すると、一瞬だけ彼女が私の方を見て何かを察したかのように頷いて口を開く。
「それなら私はどうしますか?」
「どうしますも何も、ヘルガは立場的には俺達と同じなのだから、自分で判断して行動するべきだろ」
「……言質は取りましたよ?、なら私はあなたの言う通りに自分の判断で好きに動かさせて貰うわね」
「おまえ……まじかぁ、平民出なのにそういう強かなところ、本当に凄いよな」
「リバスト護衛騎士隊長に育てられたおかげね、だって私はあの人の教育に忠実に従っているのだもの、それくらい分かっているでしょう?」
ヘルガの言葉を聞いた護衛騎士が困ったような表情を浮かべると、彼女の肩に手を置く。
そして真剣な顔をすると、私の方を見て……
「……何でおまえが貴族のマリス様に気に入られたのか、色々と疑問に思う事が多いけど、リバスト護衛騎士隊長の顔に泥を塗るような事だけはするなよ?」
「ねぇ……そんな話をするよりも、マリス様の指示通りに動いたらどう?」
「……おまえに言われなくても分かってる、取り合えずマリス様の事はヘルガに任せたからしっかりとやれよ?」
そう言った後私に対して頭を下げると、先に行動を開始していた他の護衛騎士達の元へと走って行ってしまう。
彼の姿を見送りながら、二人のやり取りを改めて思い出しながら考えると思った事がある。
「……もしかしてだけど今の護衛騎士とヘルガは仲が悪いのかしら?」
「ん?いえ、彼とはむしろ仲が良いですよ?あぁやって憎まれ口を良く言いますが、平民出の私をいつも気にしてくれて、騎士になりたての頃は食事に誘ってくれたり、武器を買うお金を貸してくれたりとかしてくれましたから」
「へぇ、それってもしかしてあなたに気があるとかじゃなくて?」
「私にですか?そんな事はないかと、むしろ『お前が立派な騎士になって、後輩が出来たら俺がやったように下の面倒をちゃんと見てやれよ?』って言われましたからね、きっと面倒見が良いのでしょう」
「……そう」
正式な騎士になる条件の一つに、自分の力で騎士剣を購入し手に入れるという物がある。
それに従騎士の寝食の面倒は、主人となる騎士が見るもので本来なら先輩騎士が食事に誘う事は滅諦に無いし、お金を貸すという事は尚の事、私の中にある常識ではありえない事だ。
だから……それらを踏まえて考えてみると、どう見てもあの人はヘルガに好意を寄せているのだろうなと思うけど、本人が気づいていないのなら第三者が口を出す必要は無いと思う。
「どうしました?そんな面白いものを見たような笑顔を浮かべて」
「え?んーっと、何でも無いわ、取り合えずここで話しているより小屋に戻ってアーロが荷物を持ってくるのを待ちましょう?」
「……?え、えぇ了解致しました」
「あ、そうだ……、夜は長いし眠くなるまでヘルガの事を色々と教えてちょうだい?」
「私の事をですか?……えぇ、分かりました、寝物語になるかは分かりませんが色々とお話しましょう」
そうして助けを求めに来た人の事は護衛騎士達に任せて小屋に戻った私達は、アーロが荷物を持ってくるまで、彼女が話す私では体験できないような面白い体験を話してくれた。
それはとても新鮮で、楽しくて……思わず自然と笑みがこぼれて来て、死に戻りをする前の事を一瞬だけでも忘れる事が出来て、心が落ち着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます