第15話

 潰れた意識が元に戻っていくような感覚がある、壊された肉体が再構築されて行く不快感が身体を支配する。


「──リス様、マリス様!?起きてください」

「おい、マリス!いきなりどうしたんだよ!おいっ!」

「……え?あ、へ!?」


 背中から硬くて冷たい感覚が襲って来る。

誰かが私を呼んでいる声がする……、重い瞼に力を入れて何とか眼を開くとそこには見覚えのない天井と、不安な気持ちが分かる位に動揺したヘルガとアーロの姿があった。

……先程まで居た地獄とは違うその光景を見るに、どうやら私は久しぶりに死に戻りをしたらしい。

自覚をした瞬間、身体を襲っていた不快感が嘔吐と言う形で体内から外に出ようとして来るのを感じて、咄嗟に身体の向きを変えて四つん這いになると木の床に向かって吐き出す。


「マ、マリス!?」

「マリス様、いきなりどうして!?」


 部屋の中が吐しゃ物の嫌な臭いに包まれる。

でも今はそんな事を気にしているわけにはいかない、今は何時でここは何処なのかを把握しなければ、壮絶な死に戻りをしたばかりで脳が興奮しているのか頭が焼けるように痛い。

けどそのおかげで何時も以上に頭の中は冷静に思考か動いていて、アーロに向かって私が死に戻りをしたと分かるよう宿泊施設で彼に伝えた行動を取る。


「……ここは何処で私は何で倒れているのかしら?」

「へ?マリス様、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫……だとは思うけれど、記憶があやふやなのだから、何があったのか教えてくれるかしら?」

「ヘルガさん、ここは俺が話します……、えっとマリス様は小屋に落ちていたピンク色の髪の毛を見た瞬間その場に意識を失って倒れました」


 両腕で自分を抱くような仕草をした私を見てアーロが気付いてくれたようで、小さく頷くと説明をしてくれる。

それで分かったけれど……どうやら今の時間軸は『アーロがリバスト護衛騎士隊長を呼びに外に飛び出す前』だ。

出来る事なら、宿泊施設で彼に死に戻りの事を話した後に戻りたかった、そうすれば二人で作戦を立てたりとか出来た筈だし、何よりもセレスティアの事を落ち着いた環境で相談出来たのに……、けど死に戻りをしてやり直す場所は私の意思ではどうにも出来ないから、現状でどうにかするしかない。


「……マリス様、本当の本当に大丈夫ですか?」

「ヘルガ、心配し過ぎよ?私が問題無いと言ったのだから信じて欲しいわね」

「……分かりました、けど無理はしないでください」

「えぇ、そうするわね、心配掛けさせてしまってごめんなさい」

「い、いえ……、えっとその、取り合えずこの髪の毛についてどうしますか?」


 そう言葉にしながらあの時のように、長いピンク色の髪を見せられて思う。

もしかしたらあの【サラサリズ】と呼ばれていた少女は最初からここにいて、私達が入って来るのに気づいて逃げたのではないか。

そしてアーロが出て行ったタイミングで防音の魔法を施して、外で男性の護衛騎士達を操ってあのような狂気的な行動を起こしたのかもしれない。

ただ……何かが違うような気がする、床に着いてしまう程に長い髪で逃げたのなら地面にも後が残るだろう……もしかして敢えてここに残して様子を見に来た人を外に誘導しようとした可能性がある、そう思うと、ここでアーロと別行動をするのは危険だ。


「これに関しては……何だか嫌な予感がするから調べるのは止めて、行商人の持ち物であるカバンの事が気になるわ」

「嫌な予感ですか?それってどういう事で?」

「ん?あ、あぁ……ヘルガさんは知らないんだっけ……ですよね」

「アーロ、あなたは何か知ってるのですか?」

「はい、マリス様はとても勘が鋭い方で、俺が専属使用人になった時もそうなのですが、何か嫌な予感がすると教えてくれるんですが、それが良く当たるんですよ」


 アーロがヘルガに対して、必死に説明をしようとしているけど……死に戻りの事を知らない彼女がこれで納得してくれるだろうか。


「……なるほど、代々ピュルガトワール領の領主をお継ぎになられる方は妙に勘が鋭いと言いますし、もしかしたら呪術関係の血統魔法の一種なのかもしれませんね」

「血統魔法……、俺もそう思います!アデレード様が教えてくれたそれだと思います!」


 血統魔法と言う事で納得してくれたみたいだけど、実際は死に戻りをした事でこの後に何が起きるのかを知ってるだけに過ぎない。

なら、ここでもっと私の事をヘルガに信用させる為に切れる手札としては、かなり運任せになってしまうけど……、先の行動を読んだように見せかけるかもしれない。

彼女はこの後、カバンを調べようとするだろうし……それに合わせて上手く、やり直す前の出来事と組み合わせて誘導すれば……


「なら信じるに値するものかもしれないわね、ならマリス様、行商人の持ち物だと思われるバッグに関してですがお調べしてもよろしいでしょうか」

「えぇお願いするわね……、けど鍵が掛かっていて罠があるかもしれないからって壁に叩きつけたり殴ったり蹴ったりして、最終的に大剣で壊すとかして、『私に言ったじゃないですか、ドニの娘である私だから護衛として近くにいて欲しいって、それならどういう人間か今ここで見て深く知ってください、あなたが側に置きたいと思った女は、こんな人だって言う事を』とか言わないようにね?」

「……もしかしてそれも悪い予感ですか?」

「えぇ、何だかヘルガだとそうするような気がしたの」


 床に置いてあるカバンを拾おうとしたヘルガが、驚いた表情を浮かべて私の方を見る。

そして何かに納得したように頷くと


「驚きました、私がしようとしていた事を全部当てられる何て……、もしかしてですが、私をマリス様の専属として学園に連れて行こうとお考えになられたのも、その……勘の力ですか?」

「えぇ、そうよ?さっきので分かったと思うけど、私の勘は良く当たるの」

「なら、鍵が掛かっていたらどうすれば良いでしょうか?」

「壊さないでそのまま馬車に持ち帰りましょうか、何だか嫌な予感がするの……中から奴隷契約の書類を取り出して破いてしまったら、とても恐ろしい事が起きる気がするの、意思のないセレスティアには悪いけどここは私の勘に従ってちょうだい」

「分かりました、アーロ……私はカバンを持って移動するから、あなたは引き続きマリス様の事を守るように」


 そうしてカバンを持った私達が小屋から出ると、そこには行商人の死体を捨て終わったリバスト達が戻って来たようで、セレスティアを設営されたテントの中に運ぶ姿が見えた。

……やっぱり、あの奴隷契約の書類を破棄したのが原因でサラサリズが襲撃して来たのかと思うと、ここで彼女を奴隷の身分から解放する訳にはいかない。

ここは取り合えず、予定通り野営をして……朝になったら動いた方がいいだろうと思った時だった、遠くから赤い松明のような光が揺らめいて弱弱しく何者かが近づいて来るのだった。

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