第14話
契約書を破いて小屋を出た私達の前に見えたのは、仲間同士で斬り合っている異様な光景だった。
「なに……これ」
「これはいったいなにが?」
小屋の中にいた時はそんな騒がしい金属同士がぶつかるような音が聞こえなかったのにどうして?、まるで外の音が聞こえてこないように魔法が掛けられていたように感じる程に不自然で……
「……ヘルガ、これがどういうことかあなたなら分かるかしら?」
「いえ……分からないですよ、本当にどうしてこんな?」
聞いても分からないって言うのは理解しているけれど、こういう時は落ち付いて周囲の状況を確認してみるべきだろう。
そう思いながら辺りを見渡すと……男性の護衛騎士だけが正気を失っているようで、虚ろな眼で武器を持って女性へと襲い掛かっている。
これで分かるのはつまり……、ここにいると私達も危ないという事で……
「……ヘルガ、取り合えずお母様がおやすみになっている馬車まで急いで移動しましょう」
「はっ、承知いたしました」
「後は道中で男性の護衛騎士のみを死なない程度に無力化して、女性の護衛騎士を助ける事とか出来るかしら?」
「……難しいとは思いますがやってみます」
ヘルガの返事を聞いた私は走って移動しながらセレスティアがいた場所を見ると、そこに女性の護衛騎士達が集まって武器を構えて必死に攻撃を防いでいるのが見える。
他にも馬車の方に目をやると、私を探しているののかお母様が焦ったような表情で周囲を探すような仕草を見るような仕草をしていた。
「……セレスティアは大丈夫かしら」
「先にあちらから向かいますか?」
「えぇ、折角助けたのに死なれでもしたらトラウマになりそうだから……」
ここでセレスティアが死んでしまったら、間違いなくシルヴァ王子は悲しむ。
今の人生ではまだ一度も出会った事は無いけれど、それでも彼が辛い思いをするのは見たくない。
それに……シルヴァがこの国に戦力を求めたのは、彼女が捕らわれて奴隷として連れていかれてしまい、消息を絶ってしまったのが理由だと思う。
だからこそ、ここでセレスティアを助けて彼の元に無事に届ける事で、彼に茨の道を進ませずに平穏な世界で生きて幸せな人生を全うして欲しいと感じるのは私の我が儘だろうか。
「分かりました、それならあそこを突っ切ります」
「出来るの?」
「えぇ、私はマリス様とアデレード様を王都まで送る為の護衛である前に、騎士ですよ?それに……モンスターの討伐で今以上の地獄を何度も見てきましたからね、これくらいなら……余裕ですよ!」
ヘルガが走りながら手元に魔法陣が表れると先程のように大剣を取り出す。
そして……正気を失っている騎士達に向かって、横薙ぎに叩きつけると
「マリス様!安心してください横っ腹でぶん殴っただけなので、峰打ちのようなものです!」
こちらを振り向きながら大きな声でそう言葉にするヘルガに、何とか走っておいつくけど、あの大剣という重量がある武器で横から殴られたら死んでしまうのではないだろうか。
一応死なない程度に無力化して欲しいとは言ったから大丈夫だとは思うけど、不安になるのはしょうがない気がする。
「ヘルガ、それって死ぬんじゃない?」
「鎧を着た騎士がその程度で死ぬわけがないでしょう!ほら、防戦一方だったあなた達!セレスティア様は無事なの?」
「あ、はい……ヘルガ様!無事です、が、これはいったい?」
「それは私が知りたいけど今はそれよりも正気を保っている騎士達を集めてアデレード様のところに行くのを優先しなければいけないの、だから手を貸して貰える?」
「はいっ!それなら私達が対応しますので、ヘルガ様は先にマリス様とセレスティア様を連れてアデレード様のところに行ってください!!」
全身に傷を負っている騎士達が敬礼をすると、各々が得意な武器を持って走っていく。
それを見送ったヘルガが、大剣を魔法陣の中にしまうと腰に差している剣を抜いてから器用にセレスティアを小脇に抱えて持ち上げると……
「さぁマリス様、後の事は彼女達に任せて私達はアデレード様のところに合流しましょう!」
「えぇ……わかっ──」
ヘルガの言葉に返事を返そうとした時だった。
先程、大剣で殴り飛ばされた騎士の一人が曲がってはいけない方向に行ってしまった腕を使って落ちた武器を拾うと、虚ろな瞳でぶつぶつと言いながら近づいて来る。
「……サラサリズ様の為に、全ては愛おしい我らのサラサリズ様の為に贄を取り戻すのだ、我らが娘の為に、我らの娘の願いを叶える為に!」
あの状態で強引に腕を動かしたせいだろう。
騎士の腕の関節から骨が飛び出したかと思うと、血しぶきを上げながら強引に切り掛かって来る。
……これは死んだかもしれない、この場合何処からやり直す事になるのだろうか、そう思いながら強く眼を閉じて痛みに耐える為に体に力を入れると……
「マリスっ!」
「え!?」
「……ぐぅ!」
声が聞こえると共に誰かに抱きしめられ、そのまま硬い物に身体が叩きつけられる。
それと同時にくぐもった声が聞こえたかと思うと、何かが当たったような音がして……
「マリス様!アーロ!無事ですか!?」
「……あぁ、俺は腕をやられたけどマリス様はちゃんと守ったよ」
「え?あ、アーロ?」
ヘルガの声が聞こえて強く閉じていた眼を開けると、片方の腕が途中から無くなって大量の血を流しているアーロが残った方の腕で器用に立ち上がるのが見えた。
……何が起きたのか確認しようと周囲を確認しようとすると、頭の無い腕が千切れた死体と、私がいる事に気付いたのか、お母様が顔を蒼褪めながら走って来る姿が見えて
「アーロあなた、その腕……」
「気にすんなって……こんなの痛くねぇよ」
「痛くねぇって、無理しちゃダメよ!早く止血しないと!」
「……止血何て後でも出来るから!ほら、アデレード様のとこに行くぞ!ヘルガさん、マリスの事は俺が守るから移動しよう!」
「えぇ、けどあなたそのままだと出血で……、いえ、分かったわ、二人とも私に着いて来て!」
ヘルガの指示に従って走り出す。
けど……アーロが腕が無いせいで上手くバランスが取れないのか、真っ直ぐに走る事が出来ないで何度か転びそうになってしまう。
その度に身体を支えるけど、どんどん顔から生気が無くなって来て……
「……アーロ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって、それよりも……マリス聞いて欲しい事があるんだ」
「……聞いて欲しい事?」
「あぁ……、俺がリバスト護衛騎士隊長に小屋での出来事を伝えようとした時に、頭が無くなって死んだ筈の行商人がいきなり起き上がって、中から大きな蜘蛛のような化物が出て来たと思ったら、お、俺の目の前で皆食われて……、そうしたら蜘蛛のお腹が膨らんで……中から皆が産まれて、愛おしそうな声で【愛欲のサラサリズ様、我らが母であり、愛おしき娘】とかいいだし、て……それで」
どんどんアーロの動きが遅くなって行くと、人形のようにその場に力なく倒れ込む。
そんな彼を何度か抱えて立ち上がらせようとするけど、私の力でもどうしようもなくて……
「なに、かが……おかし、おもって、マリスを守ろうと、戻って来たら……地面に届くくらいになが、い綺麗なピンク色の髪の女の子が、護衛騎士達と話してるのがみえ、て……そしたら、女の騎士達をおそっ──」
「ア、アーロ!?」
彼の声が途切れたかと思うと全身の力が抜け、私では抱えきれない程に重くなり地面に倒れると
「……マリス!逃げなさい!」
「マリス様!」
お母様とヘルガの声が聞こえたのと同時に、目の前に大きなピンク色の毛を持つ蜘蛛が落ちて来る。
その姿は遥かに大きくて、そしてころころとまるで鈴を鳴らしたかのような綺麗な音がして……
「あなたが私の贄を解放したのね?ダメよ、あれはこの国に封印された私達の魔王様を解放するのに必要な物なの、だからそんな悪い事をしたあなた達にはお仕置きね?……大丈夫、死んだら私の中で生まれ直しをしてあげる、ここにいる子達みぃんな私の子で?私を愛して、私を見て、私の為に尽くしてくれる大事な大事な家族にしてあげる」
何を言っているのか分からない、言葉であるのかすら分からない。
そんな理解が難しい何かが耳に入って来たかと思うと、蜘蛛の足が大きく持ち上がり私とアーロへとゆっくりと落ちて行き……私の意識と身体は潰れた。
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