第13話

 どうして壁に投げつける必要があるのか、何でいきなりそんな奇行に走ったのか。

ヘルガの突然の行動に理解が追い付かなくて思考が止まってしまう。


「……結構頑丈ですね」

「ヘ、ヘルガ!?」


 壁にぶつかって床に落ちたカバンをもう一度持ち上げると、今度は更に勢いをつけて投げ続け、その度に小屋を揺らす程の衝撃に尻もちを付きそうになるけれど何とかその場で耐えて踏みとどまる。


「ちょ、ちょっとあなた本当に何をしているの!?」

「何をしているのってマリス様、鍵が掛かっているので叩きつけて壊そうとしているだけですよ?」

「叩きつけって、道具か何かで開けたりとかできないの!?」

「……出来ますけど、態々細かい作業をしてストレスをため込むよりも、こうやって壊した方が簡単じゃないですか!」

「えぇ……」


 ヘルガってもしかして、しっかりした人のイメージがあるけれど……本当は凄い変な人なのかもしれない。

そう思うとあの窓から飛び降りた時の事も納得が行くような気がする。


「それに、こうする事で罠が仕掛けられていたとしても壊して無力化する事が出来ます!」

「……そ、そうなの?」

「そうなんです!それに私……リバスト護衛騎士隊長の元で教育を受けた時に言われました『お前はそこまで頭が良くないから、考えて動くよりも迷ったら自分の思うように動いて見ろ』って言う風に、だからこうするのが私の正解です!」


 リバストはいったい、ヘルガをどういう風に教育したのだろうか。

どうすればここまで吹っ飛んだ行動が出来るのかと、話しを聞きながら思うけど……私が彼女に感じた初対面の印象は、とても知的で頼りがいのあるお姉さんのような感じだったのに、たった一日で変わってしまった気がする。

現にこうして話している間にも、カバンを蹴り飛ばしたり、また壁に向かって投げつけたりしているけど、一向に壊れる気配が無い。


「えっと、初対面の時と余りにも印象が……」

「騎士としての礼儀作法は出来るようになるまで、身体と頭に叩き込まれました!なのであれも私です!」

「えぇ……?」

「それにマリス様が私に言ったじゃないですか!ドニの娘である私だから護衛として近くにいて欲しいって……それなら私がどういう人間か!いまっ!ここでっ!見て深く知ってください!あなたが側に置きたいと思った女は、こんな人だって言う事を!」


 ヘルガの手元に魔法陣が表れたかと思うと、そこから抜き身の大剣を引き抜くとカバンに向かって勢いよく叩きつける。


「よっし!壊れたっ!マリス様、鍵が開きましたよ!」

「……それ、空いたんじゃなくて叩き切ったのではないかしら?」

「大丈夫です!ちゃんと大剣の腹の方でぶっ叩きましたので!」

「……もういいわ、一々反応してると頭が疲れそうよ」


 もはや、バッグではなくただの残骸と化したそれは、鮮やかな加工が施された金属製の鍵をひしゃげさせていた。

それだけでは無くて、中に入っていた書類と思われれる紙とかも全て飛び出して床に散らばってしまっているし、この中から奴隷契約の書類を探すのには手間が掛かりそうで、想像するだけで頭が痛くなる。


「リバスト護衛騎士隊長にも当時従騎士だった時に同じ事を良く言われました、けど……これが私なんです、諦めてください!」

「……人選を間違えたかしら」

「いえ、人選の間違い何て事はございません、私はちゃんと場所を考えて行動致しますので!」


 場所を考えて行動出来るのは、初対面の時と今の印象の差で分かってはいるけれど、これから先もこんな事があったらと思うと少しばかり、自分の下した決断に対して自信が無くなりそう。

アーロとヘルガの二人を専属にして側に置く事に決めたのは私だけど、学園に一緒に来てもらう事が正式に決まったら、何だか変なトラブルに巻き込まれそうで少しだけ不安に感じる。


「……信じてるけど、学園に一緒に来る事になったらくれぐれも気を付けてよね?」

「おまかせください、我々騎士は貴族を守る剣であり盾でありますので、私の行動でご学友の方達に不快な思いを与えませぬよう心掛けて行動させて頂きます!」

「……さっきと温度差が違いするのが凄い怖いのだけれど?」

「ふふ、このようにしっかりと場を弁えた行動を致しますのでご安心ください」


 ヘルガはそういうと床に散らばった書類を慣れた手つきで拾い集めると、内容を確認するように声に出して内容を確認し始める。

その内容は……


「行商人であるボブソンは【サラサリズ】との契約の元、ファータイル国の第三王女セレスティア・リゼット・ファータイルの身柄を奴隷として身柄を確保し、その存在を利用して有力貴族の子を私の元へ連れて来る事……なんですかこれ、サラサリズ何てこの国では聞かない珍しい名前ですね」

「……そうね、多分響き的に女性だと思うけれど、第三王女を奴隷として身柄を確保って何を考えているのかしら」

「それは私にも分かりませんが、取り合えず今は分からない事を考えるのは止めて……マリス様がお探しになられていたこの書類の処分を致しましょうか」

「えぇ、お願いするわ」

「承知いたしました」 


 返事と共に契約書が二つに引き裂かれる。

……これでセレスティアに掛けられた呪術の効果が切れて、時期に意思を取り戻して眼を覚ますだろう。

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