第10話
恰幅の良い男性の前に護衛騎士隊長リバストが近づくと、腰に下げている剣に手を掛ける。
「そこの男!そこで止まれ!なんの用があって、我らに近づいて来た!」
「これはこれはお貴族様と護衛の騎士様方、今宵の美しい月と夜空を彩る宝石のような星々の導きに感謝致します」
彼の言葉を聞いても止まる事無く、私の顔を見て気持ちの悪い笑みを浮かべて近づいて来る姿はとても不快で気持ちが悪い。
「もう一度言う、何用だ!」
「そんな大きな声を出さなくても聞こえておりますとも、私はただそちらの見目麗しいお貴族様と是非取引をさせて頂けたらと思いまして」
「取引だと?ならばここで我ら護衛騎士に言うが良い、もしその内容がこの地を治めるピュルガトワール家に相応しいと判断できた場合のみ話を通そう!」
ピュルガトワールの名を聞いた瞬間、笑みが更に深まりまるで私が幾らの価値があるのか見定めようとするような視線を感じて、思わず数歩後ろに下がってしまう。
そんな私を守るかのようにお母様が私を後ろに隠すと扇子を広げて口元を隠しながら、向かって来る相手を睨みつける。
「ピュルガトワール家ですと!、なんと!あの【呪剣】として名高いマリウス辺境伯様の!という事は、そちらの美しい女性は奥方のアデレード様で、先程後ろに隠されたとても魅力的で……熟す前の青い果実ともいえる幼き少女は、次期領主として噂に聞くマリスお嬢様ですな?」
「あなた、不快ね……、貴族に対する礼儀がまるでなってないわ、護衛騎士リバスト……私が許可をするから今ここで、この醜く肥え太った豚を切り捨ててしまいなさい」
「ハッ!我ら護衛騎士、アデレード様の命に従い目の前の醜く肥え太った豚を見事討ち取り、今宵の夕飯の肴にいたしましょう!……一同、抜剣!」
リバストの声に応えるように、アーロが腰に下げている短い剣を抜き。
ヘルガは大剣を構え、他の護衛騎士達も各々が武器と盾を構えて行商人に向けて殺気を放つ。
「おぉ、怖い怖い……、そんな貴族ともあろうものが行商人に対してそのような横暴な態度を取って良いと思っているのですか?」
殺気を向けられた行商人は余裕そうな表情を浮かべて、銀髪の少女を盾にするように後ろから抱きしめる。
そのせいで護衛騎士達は動けなくなってしまったようで、武器を構えてその場に止まってしまう。
「それはあなたが無礼な態度を取ったからでしょう?護衛騎士はあなたに二度警告をしたはずよ?それなのに話を聞かずに近づいて来たのはあなたでしょう?」
「だからと言って、私達が外の国からこの国へと滅多に手に入らない品物を届けなければ、農業以外に何のとりえもない国は困るでしょう?そうなった場合、アデレード様は責任が取れるのですか?この国を治める王にどうやって謝罪を致すので?幼い娘を残してその首を捧げるので?」
「……っ!てめぇ、黙って聞いてりゃ何だその言い草は!」
アーロが声を荒げて今にも飛び掛かりそうになるけれど、ヘルガに肩を掴まれて踏みとどまる。
「ヘルガさん!どうして止めるんだよ!アデレード様とリバスト隊長からの命令があったろ!」
「落ち着きなさいアーロ!、私達騎士は民を守る剣であり盾、人質が犠牲には出来ません!」
「けどっ!」
「おや?いいのですか?他国の者を害したと分かったら、国際問題にもなりますぞ?、まずは私の話を聞いて頂けませんかな?良い商品があるのですよ、ほら……先程護衛騎士の方がいいましたでしょう?内容がこの地を治めるピュルガトワール家に相応しいと判断できた場合のみ話を通すと」
行商人が少女を強く抱きしめる。
けど……さっきから何かが変だ、抱きしめられたり人質にされたりしているのに抵抗する素振りを見せない。
まるで意識が無い人形みたいにされるがままで……
「……分かったら、話しくらいなら聞いてあげる、だからその子を盾にするのを止めなさい、護衛騎士も武器も納め指示があるまで待機なさい」
「……承知致しました」
お母様の指示に従い、護衛騎士達が武器を納めるとその場に立って動かなくなる。
けどリバスト以外の全員が、嫌悪感を露わにした表情をしている辺り、納得が出来ていないのかもしれない。
「ふふ、物分かりが良い貴族様は良いお客様ですぞ……、さて早速商談なのですが、今私が抱きしめている奴隷をお買い求め頂けませんかな?」
「……奴隷?」
「……マリス、私が対応するから黙っていなさい」
「おぉ、マリスお嬢様は興味がおありのようですな!、えぇ……えぇ、奴隷でございます、見てくださいこの美しい銀の髪に透き通るように美しい青い瞳、とても良い商品だと思いませんか?、この奴隷は現在、特殊な魔法が込められた首輪により意識を封じられている為、どんな命令でも聞きますよ?例えば、ほらあなたの主人になるかもしれない方々に自己紹介をしなさい」
「はい……ご主人様、わたくし、この国の第三王女セレスティア・リゼット・ファータイルと申します、今のご主人様に御遣いする前、大事な取引を目撃してしまい商談が失敗し大きな負債を背負わせてしまった事に対する責任を負う為に、奴隷にならせていただきました……どうか、私を買ってください」
奴隷として紹介された少女が自己紹介をした瞬間、場の空気が凍る。
「さぁ……購入していただけますか?、お代は勉強としてピュルガトワール領の可愛らしく実る前の果実で良いで……ブッ!?」
行商人がゆっくりと私に近づいて来ようとする時だった。
お母様の指先から、まばゆい光が走ったかと耳をつんざくような音が響き渡り視界を白く染めた。
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