第11話
咄嗟に眼を閉じてしまったから一瞬何が起きたのか理解が出来なかった。
そして眼を開けて見えたのは、頭が無い恰幅の良い死体が地面に転がっていて、その近くに銀髪の少女が倒れている光景で……
「……お、お母様、今のは?」
「誰の娘をこんな醜く肥え太った豚に売り渡すって?恥を知りなさい……まぁ、死んだから恥を知る事すら出来ないわね、全く豚の頭が蒸発したおかげで空気が汚れたわ
、あなた達この家畜を捨てて来なさい」
「あの、お母様、今のは雷の……」
「マリス、今は魔法の話よりもあの家畜を捨てる事の方を優先するべきではないかしら?」
お母様はそう言葉にすると、扇を広げて不快そうに眉をひそめながら顔を隠す。
その姿を見たリバストが、走って私達の方に向かって来ると……
「はっ!護衛騎士隊長リバスト、責任を持って捨てて参ります!」
リバストが複数人の護衛騎士に指示を出して、行商人の死体を持ち上げると野営地を離れて何処かへと持っていく。
「残りの者は、野営の準備を進めよ!従騎士のアーロはヘルガの指示の元アデレード様とマリス様両名の護衛及び、身の回りの世話をするように!」
「わか……、了解しました!」
「承知いたしました」
指示に従って、私達の近くに二人が来るとそれを確認したリバストが頷いて、行商人の死体を運んでいる人達に合流する。
「アデレード様、マリス様……先程は不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません」
「構わないわ、あなた達の立場を考えたら動けないでしょう?だから今回は特別に許してあげる……、けど次は無いわよ?」
「アーロ共々……アデレード様の寛大なお心遣いに感謝致します」
「か、感謝致します」
「さて……、この二人はマリス、あなたの従者と護衛騎士でしょう?私は馬車でゆっくりと休んでいるから、後の事はあなた達で話し合いなさいな」
お母様はそう言うと眠そうに眼を細めながら馬車に戻ってしまう。
とりあえず忙しく野営の準備をしている、他の護衛騎士達の邪魔にならないように移動をすると、改めて周囲を見渡してみる。
もしかしたらあの行商人の仲間がいるかもしれないしそうだった場合、襲われたらヘルガとアーロだけでは戦う事が出来ずに殺されてしまうかもしれない。
……私は死んでもやり直す事が出来るからいいけど、出来れば二人が死ぬような事だけは回避したい、そう思うとこの周囲が見渡せる距離が警戒するにはちょうどいいはずだ。
「……話し合うって言っても何を話せば良いのかしら」
「あ……、それならお聞きしたい事があるのですけどよろしいでしょうか」
「ヘルガ?何が聞きたいの?」
「えぇ、何故私を護衛として近くに置こうと思ったのですか?」
ヘルガが姿勢を正すと、改めて確認をするように聞いて来る。
彼女からしたら、アーロの他にお世話をして守ってくれる人がもう一人欲しいと言われても、内心納得が出来ていないのかもしれない。
「言ったでしょう?アーロ以外にもお世話をしてくれる人が欲しいって」
「……それは分かりましたが、どうして私なのですか?」
「え?」
「私以外にも護衛騎士の中には女性が少なからず同行しています、なので他の方に頼む事も出来たのではないですか?私は平民出の騎士ですから、マリスお嬢様に仕えるには……」
確かに彼女の言う事はもっともだと思う。
現に周囲を見渡すと野営用のテントを張っていたり、料理をしている護衛騎士達の中には女性の姿が確認出来る。
「そんな事は無いわ、私はあなただからお願いしたのよ」
「それはどういう……?」
ヘルガは他に相応しい人がいると言いたいのだろうし、実際に平民出の護衛騎士を領主の娘の専属にすることは非情に珍しい事だ。
本来なら他領の嫡男や嫡女ではなく、貴族から嫡子の身に何かあった時に家を継ぐスペアとして扱われる第二子以降の子や、領主が男性だった場合、使用人やお忍びで訪れた町等で一夜の過ちの末に産まれてしまった庶子を着ける事が多い。
「ヘルガは、ドニの娘でしょう?」
「もしかしてそれが理由ですか?」
騎士としての教養を学んだヘルガからしたら理解が出来ないかもしれないけど、私はあなたの生まれが例え平民だったとしても構わない。
そもそも出自を気にしているのなら、彼女と同じ町の出身で平民であるアーロを専属使用人兼将来の護衛騎士として近くに置くことなんてしないのだから。
「えぇ、それもあるわね……私は今より少しだけ幼い頃に彼に助けて貰ったわ」
「父にですか?」
「えぇ、そこにはアーロもいたのだけれど、私がお父様とお忍びで町に訪れた際に観光目的で外に出て──」
ヘルガに対して魔族に遭遇した事までは言えないけれど、話せる範囲で当時の事を説明する。
最初は驚いた表情をしていたけれど、途中で納得したように頷くと
「つまり、マリス様は父に恩があるから、私を旅の道中側に置きたいということですか?」
「それもあるけど、単純に私はあなたの事が気に入ったのよ、まぁ……窓から飛び降りたことに関しては驚いたけどね」
「あれはほんと驚いたよなぁ、ヘルガさ……いや、ヘルガ先輩がいきなり上から落ちて来たましたし」
「アーロ?言葉がおかしいわよ……、だから出来れば王都についた後も私の従者として良かったら学園に一緒に来て貰えないかしら?」
「私が学園にですか?……これに関してはちょっとばかりリバスト護衛騎士隊長と相談させていただいてもよろしいですか?気持ちは嬉しいのですけれど私の一存では決められないので」
確かにこれに関して、私の我が儘を押し通すのは難しいだろう。
彼女はピュルガトワール領を治めるお父様に仕える騎士である以上、学園に連れて行きたいというのは無理がある。
だからヘルガの言うように、リバストの元へこの話を一度持って行って貰って王都に着くまでの道中でお母様を交えた三人で話し合いをした方がいい。
この場で最高決定権を持つのはお母様だというのもあるけれど、街を出る時のように私の味方をしてくれるかもしれないから、まずはそうなる状況を作るところから始めないと……
「えぇ、良いわよってあら?」
私が返事をすると同時に、気を失い倒れている少女を介抱していた騎士の一人が走りながら近づいて来る。
「マリス様、お話の最中に失礼致します!」
「……何かしら?」
「はいっ!あの肥え太った豚に囚われていた自称王女様についてなのですが、目を覚ました後まるで人形のように動かなくなってしまいまして……アデレード様はどうやら馬車内でおやすみになられてしまったようなので、マリス様の判断を仰ぎたいと思い……」
「そう言う事なら分かった直ぐに行くわ、アーロとベルガも着いてきて?」
「了解!」
「承知いたしました」
返事をして騎士について行くとそこには、目を見開いた状態で意思のない人形のように固まってしまった銀髪の少女が、冷たい地面の上に寝かされていた。
行商人に奴隷と呼ばれていた事から考えると、首に付けている首輪によって隷属の呪術が込められているせいで、意思を封じられているのかもしれない。
確か……あの呪術は特別で、主人と奴隷となる人物の血を媒介に契約書を作成する事で、首輪を起点に呪術が発動する類いの者だった筈。
なら契約書を破ったり燃やすなどして、破棄してしまえばセレスティアと名乗った彼女の意思は戻るだろう。
そう思った私は騎士にそのことを説明した後、アーロとヘルガを連れて行商人達が使う小屋へと向かった。
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