第8話

 今の子は誰だろう。

眼が例えるのが難しい程に不思議な色をしていたし、独特な形をした帽子。

それ以上に気になったのは、地面に付いてしまう程に長い髪……。


「マリス様、そんなに窓から外を見て何かありましたか?」

「外にいる女の子と眼があった気がして……」

「女の子?そんなのいなか……、いませんでしたよ?」

「……え?ほら、馬車で街を出る前に特徴的な帽子を被ったピンク色の髪の子が外にいたでしょ?」


 私の言葉を聞いたアーロが、馬車の扉を開けて遠くを見るような仕草をする。

そんな事をしても、既にかなり距離が離れているから意味が無いのにと思いながら見ていると、頭を傾げなら扉を閉めると……


「んん?ヘルガ様、外にそのような子いた?……ました?俺にはやっぱり見えなかったというか」

「……ごめんなさい、私は先程のやり取りで判断が鈍っていて気付かなかったわ」

「そっかぁ……」

「なら、アデレード様は?いたのに気づいた、ですか?」


 アーロがお母様の表情を伺うようにしながら、確認をするように聞くと口元を隠していた扇子を閉じて眼を細める。


「……そういえばいたわね、嫌な魔力を持った子がいたわね」


 お母様はそう言葉にすると、眼を細めて意味ありげに笑う。

その姿は何かを見透かしているかのようで……


「お母様も姿が見えたの?」

「えぇ、魔力を扱える者ではないと姿を視認するのは難しいでしょうけど、気にする必要は無いと思うわよ?」

「……お母様、でもあの不思議な容姿は気になるわ」

「どうせ、私達と同じ王都へと向かう道中でここに滞在している貴族の子でしょう?姿を隠しているのもあなた達が飛び降りて起きた騒動が気になった野次馬でしょうね」


 本当に貴族の子なのだろうか。

やり直す前の人生を思い出しても、ピンク色の髪を持った子に学園で会った記憶はない。

もしかしたらたまたま会わなかっただけかもしれないけれど、それでもあの見た目なら噂になっていただろうし、そう思うと考えれば考える程分からなくなる。


「アデレード様、魔力を扱える者じゃないと視認出来ない?ってどういう事なんだですか?」

「あなた、意識してぎこちない言葉遣いになるくらいなら、許すから堂々と普通に喋りなさい」

「アデレード様、お気遣いは嬉しいのですが……アーロは従騎士として立派な言葉使いを覚えなければいけません、なので出来れば練習に付き合って頂ければと」

「私があなた達の練習に?いやよ……、と言いたいけれどマリスの為になるから付き合ってあげるわ」


 お母様が私の方を見ながらそう言葉にすると二人を見て優しそうに見える笑みを作る。


「感謝いたします、アーロ……あなたは使用人として動いてる時は丁寧な言葉使いが出来るのですから、その感覚で話してみなさい」

「……あ、はい、魔力を扱える者ではないと姿を視認するのは、難しいってどういうことですか?」

「その言葉の通りよ、私やマリスのように貴族は生まれながらに魔力を扱う事が出来るけれど、平民であるあなた達は訓練を受けないと使う事が出来ないのは何故だと思うかしら?」

「えっと……良く分からない、です」

「でしょうね、マリス?これはあなたも聞いておきなさい、貴族と言うのは長い年月を掛けて、受け継がれていく血の中に刻印が刻まれているの……、それは親から子、そして子が親になったら再び子へと受け継がれて行く事で、訓練を受けなくても家柄に応じた独自の血統魔法を使う事が出来るの」


 血統魔法……、それは貴族に生まれた者達が持つ特別な術。

勿論私も使えるけれど、この身体ではまだ魔力をうまく扱える自信が無かったから使用した事はない。

でも……


「血統魔法?」

「えぇ、ピュルガトワール家の血統魔法は呪術と空間を操る魔法で……私が持っているものは風と水を操る物で、組み合わせる事で雷を操る事が出来るわ」

「……けど、アデレード様は呪術も使う事が出来るんだろ?あ、いえ……ですよね?」

「婚姻を結んだ後に、お屋敷内にある書庫にある魔導書を読んで学んだのよ、血統魔法のような強力な物はその血筋の者しか使えないけれど、簡単な物なら誰でも覚える事が出来るわ」

「と言う事はお母様……、私も風と水を操る魔法を使う事が出来るのですか?」


 魔王になってしまった一番最初の人生では、呪術と空間を操る魔法しか使う事が出来なかった。

だから風と水を操る事が出来るなら、これから先無いとは思いたいけれど【飢餓のリプカ】のような魔族と遭遇した際に守って貰うだけじゃなくて、戦う事が出来るかもしれない。


「えぇ、使えるわよ?ただ……使うなら風と水を合わせて雷を作るのは止めておきなさいね?、あれは扱いを間違えると魔力が暴走して死ぬリスクがあるわ」

「でもお母様は使えるのでしょう?」

「……使えるけれど好きでは無いわ、子供だった頃は学園でマリウスに出会えた事以外にはあまりいい思い出が無いもの」


 お母様が何処か遠くを見るようにしながら眼を細めると、馬車の中が静寂に包まれる。

もしかして思い出したくない事を、思い出させてしまったのかもしれない。

二人もそう思ったのか、指示を待つかのように私の方を見て姿勢を正した。

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