第7話
慣れた手つきでネグリジェを脱がすと、丁寧に服を着せてくれる。
そして寝癖がついてしまった髪を専用の水を付けて解す様に治して行く。
「……ヘルガさん、手際が良いのね」
「騎士になる際に、覚える教養の一つですから、今回のように使用人がいない状況において、守るべき方の身の回りの世話をするのも必要なので」
ここまで手馴れているのも話を聞いて納得出来る。
騎士としての教養の一つだというのなら出来て当然だけど、と言う事はアーロも出来るのだろうか。
もし彼に着替えを手伝って貰うとなったら、異性に下着を見られるのは恥ずかしい。
そういう意味でも、ドニさんの娘であるヘルガに出来れば味方になって欲しいと思う。
学園に連れて行く従者の枠は二名で、一人はアーロで埋まっているけど彼だけでは何か起きた時に対応しきれないかもしれない。
「ならヘルガは、従者の仕事もできるのね」
「本職には負けますが、それなりには出来るかと……えっと、それがどうしましたか?」
「あの……出来れば私の──」
「すいません、マリス様、話しの続きは道中で時間を見つけて馬車にお邪魔致しますのでその際に……、では少々お身体に触れさせて頂きます」
「え?ヘルガ、ちょっと!」
返事を聞く前にヘルガが私の身体を抱き上げると、器用に片腕で窓の留め具を外し片足を窓枠へとかける。
「時間が無いので少々衝撃があるかもしれませんが、ここから飛び降ります」
「飛び降りるってあなた、ここが何階か分かっているの!?」
「……もちろん、貴族が使う最上階だと存じておりますが?」
「分かってるなら、そんな危険な事をせずに階段を使えばいいと思わない?」
「そんな時間が掛かる事をしていたら、出発の時間に間に合いませんので、ご覚悟を!」
ヘルガが私の口に自身の腕を噛ませると、そのまま窓から飛び降りる。
驚きの余り目を見開くと、目の前の光景がゆっくりと……そして徐々に加速して経験した事が無い速度で地面へと落下していく。
これは、もしかしたら着地に失敗して死んでしまい、やり直しを行ってしまう事になるのだろうか。
そんな不安を感じながら恐怖に耐える為に力強く彼女の腕を噛むと、凄まじい衝撃が身体を襲う。
「……マリス様、そんな怖がらなくても騎士は魔力で肉体を強化する魔法を習得しておりますので問題ございませんよ?」
今の私はきっと、地面に咲いた花のようになっている事だろう。
そう思っていたら、頭上からヘルガの声が聞こえて……
「……え?、生きてる?私、生きてる?」
「ですから、騎士は肉体強化の魔法を習得しているから問題無いと」
「そ、それでもいきなり飛び降りられたら怖いわ」
「説明してる時間が無かったので、それよりもこれで何とか時間内に間に合いました」
ヘルガがそう言いながらゆっくりと降ろしてくれるけど、余りの恐怖に足元が竦んでしまって上手く立ち上がれない。
周囲を歩いていた人達も何があったのか気になるのか、私達の周りに集まっているし。
ここまで注目を浴びてしまうと恐怖よりも、羞恥心の方が強くなりそうで尚の事、動けなくなりそう。
「マリス様!?」
「……あら、凄い到着のしかたね」
馬車からアーロが飛び出すと、驚いたような表情を浮かべて近づいてくる。
それに続いてお母様が顔を出すけど、笑いを堪えるような仕草をしながら顔を扇子で隠すと直ぐに戻ってしまう。
「ヘルガ様、どうして窓から飛び降りる何て事を!それに部屋に残した荷物は!?」
「荷物の方は出発後、後方警戒の任についている護衛騎士達に回収して貰う予定です」
「……ヘルガ、窓から飛び降りた理由はなんだ?」
「リバスト護衛騎士隊長殿、窓から飛び降りた理由でございますが、階段を利用して馬車まで移動した際、出発時刻に間に合わないと判断したからであります!」
判断したからって窓から飛び降りる方の身にもなって欲しい。
けど……今回の事に関しては、防音の魔法を解くのを忘れた私のせいだから、意見をする訳にもいかないし、出来ればこれ以上周囲の注目を集める前に馬車に入って野営地点まで移動してしまいたい。
「起こしに行こうとしたアーロを上官命令で下がらせたと思ったら、窓から飛び降りる何て……何を考えてるんだ君は」
「騎士たるもの、時間厳守は絶対でありますので致し方なくであります!」
「予め報告があれば多少であれば、時間の調整をすると以前から何度も言っておるだろうが」
「私が従騎士だった頃に、指導教育したのはリバスト護衛騎士隊長でありますので!」
「……これも私の教育のせいか、分かった今回は私の教育不届きとして責任は私にあるものとする」
リバストがそう言葉にすると、私の方を見ながら腰を落として視線を合わせ……
「マリス様、此度の件謝罪致します……、罰を与えるのであればヘルガではなく、私にお願いします」
「いえ、これに関しては寝坊した私が悪いので謝罪はいらないわ、それに罰も……」
「それではピュルガトワール領の騎士として示しがつきません」
「じゃあ……、王都までの道中、護衛騎士ヘルガを借りても良いかしら?」
私の発言を聞いたヘルガが、困ったような表情を浮かべてリバストの事を見る。
「あの……私をですか?」
「えぇ、飛び降りた事に関しては驚いたし怖かったけど、私はこう思ったの……アーロの他にお世話をして守ってくれる人がもう一人欲しいなって」
「さすがにこれに関しては一度領主であるマリウス様に話を通さずに決める訳には……」
リバストもどう判断すればいいのか分からないみたいで、困惑した表情を浮かべてしまった。
罰を与える変わりに、我が儘を言葉にしてしまったけれど……やり過ぎてしまったのかもしれない。
そんな状況を見かねたのか、馬車からお母様が降りて来ると
「リバスト護衛騎士隊長でしたわよね?、マリスの言う通りにしてあげなさい……、この人員配置の変更に関しては私、ピュルガトワール辺境伯婦人アデレード・レネ・ピュルガトワールが取るわ」
「……アデレード様がそこまで言うのでしたら分かりました、護衛騎士ヘルガに人員配置の変更を命ずる!マリス様の馬車に乗り、専属使用人兼従騎士アーロと共にマリス様及びアデレード様の護衛をするように!」
「はっ!護衛騎士ヘルガ!ピュルガトワール辺境伯婦人アデレード・レネ・ピュルガトワール様及びリバスト護衛騎士隊長殿の命に従い、マリス様とアデレード様の護衛として馬車に搭乗させていただきます」
「……これで話は済んだわね?なら、マリス、あなたも早く馬車に乗りなさい、そこの二人もね」
お母様が私の手を握ると、何も言わずに無言で馬車まで歩いて行く。
続くようにアーロとヘルガが後ろを着いて順番に搭乗すると、扉が外からゆっくりと閉められる。
そして暫くすると御者が馬に指示を出し、ゆっくりと動き始める景色を窓から眺めると……、地面に触れる程に伸びた綺麗なピンク色の髪、そして白い不思議な形をした帽子をかぶった小さな女の子と一瞬眼が合った気がした。
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