第2話

 宿についたのはいいけれど、今回泊まる場所が思ったよりも広くて落ち着かない。

以前の人生では同行者は数名の護衛と、専属の使用人だけでの移動だったから宿泊する施設も貴族が使うには狭いところだったから違和感が凄くて困惑してしまう。


「えっと……」

「マリス何をしているの?部屋に運ぶ荷物の方は使用人達に任せてこちらにいらっしゃい」

「ごめんなさいお母様、今向かいますわ」


 こんな広くて豪華な部屋に泊まれるならお父様も着いて来てくだされば良かったのにと思うけど、ピュルガトワール領の領主が長期間不在になるのは難しい。

信頼出来る家臣がいれば領地の運営を一時的に任せる事は出来るだろうけど、お母様との恋愛結婚の際に起きた問題が原因で任せられる人がいないそうだ。

私にとっては母方の祖父に当たる人だけれど、未だにお父様に対して悪感情を抱いているようで、優秀な人材を求めて王都に使いを寄越すと邪魔をされてしまうとの事。

何て言うか他領の問題に介入して来ないで欲しいと思うけど、これに関しては私ではどうする事も出来ない事だから黙っているしかない。


「来たわね、これから護衛騎士と共に明日からの移動経路についての話し合いをするから、あなたも参加なさい」

「参加なさいって言われても、私に何か出来る事があるの?」

「……勿論あるわよ、あなたは将来ピュルガトワール領の領主になるのよ?そうなったら行かせたくはないけれど、モンスターの討伐に行く事が増えるわ……その時にあなたに同行する護衛騎士や各地の街や村の代表とやり取りをする事になるのよ?今のうちに慣れておきなさい」

「……分かりました」


 確かにお母様の言う事は正しいと思う。

以前の人生ではこの国の王子と婚約関係になったおかげで、ピュルガトワール領の領主になる事は無かった。

それどころか魔王になり国を滅ぼしてしまったけど、今回の人生では王子……シルヴァ・グラム・ファータイル様と親密な関係になるつもりはない。

そういう意味でも、お母様の言う通り今のうちに慣れておいた方がいいだろう。


「では護衛騎士よ、明日からの移動経路について説明してちょうだい」

「ハッ!今からピュルガトワール辺境伯婦人アデレード・レネ・ピュルガトワール様及び、マリス・シルヴィ・ピュルガトワール様にお話しいたします明日からの経路となりますが、まず物資の補充の為、陽が一番高く上がるまでの時間はこの街に滞在いたします、その間に身支度等を整えて頂き、準備が終わり次第出発する予定です」

「……物資の補充が必要なの?」

「はい、マリスお嬢様は長距離の移動をした事が無いので存じ上げないとは思いますが、今回大人数での移動になりますので、馬車を引く馬の体調の事を考え次の宿泊施設がある街につくまでの間、二日ほど野営を行う必要性があります、なので日持ちのする食料や新鮮な水等の物資を補充しなければなりません」


 護衛騎士の人が私にも分かるように詳しく教えてくれる。

確かに馬車を引く馬の負担を考えると、野営をした方がいいのも確かだ。

でも……今までそういう経験をしたことが無いから不安になるけど、必要な事なら我慢して慣れた方がいいだろう。


「他に何かここまでの話の中で疑問に思われたり、お聞きになりたいところはありますか?」

「私は大丈夫よ、マリスは何か気になるところはあるかしら?」

「私も問題無いわ」

「ありがとうございます、では続いて出発し街道に出た後の経路となりますが、特に変更が無ければ道なりに進ませていただきます、そこの従騎士よ!荷物の中からこの近辺の地図を取り出して広げなさい」

「はいっ!了解致しました!」


 護衛騎士の指示を受けて、私達の荷物を運んでいたアーロが近くの使用人に荷物を預けると急いで走って来た。

そして騎士の荷物の中から地図を取り出すとテーブルの上に広げると、私達が見やすいように位置を調整してくれる。


「……指示してから1分、次はもっと早くするように心掛けよ!主君を待たせる時間は出来る限り減らすように!」

「はい!了解致しました!」

「だが、返事してから行動に移すまでの動きは見事であった!では先程の作業に戻りなさい」

「ありがとうございます!」


 アーロは護衛騎士に頭を下げると、荷物を運んでいる使用人達に合流して作業に戻る。

先程までの姿はまるで立派な騎士のようで、始めてみるその姿に思わず眼が奪われてしまう。


「……マリス、他の事に気を取られるのは構わないけれど、今は護衛騎士の話に集中なさい」

「ごめんなさいお母様」

「……では、こちらの地図を見て頂けるとお分かりになられると思われますが、街道を真っ直ぐに進む事で王都まで安全に進む事が出来ます」

「マリス、私がマリウスの元へ嫁ぐ際もこの街道を利用したのよ?だから安全は私が保障するわ」

「アデレード様が仰るように、この街道は定期的に王都から派遣された騎士が見回りを行っている為、安全が確保されております……道中には旅の者が使う小屋が建っているので、野営時はその近辺を使う予定です」


 護衛騎士が教えてくれた街道、そこは以前の人生で野盗に遭遇した場所だった。

厳密には身分を偽り、護衛と共に平民のふりをして旅をしていた王子が、襲われているところに出くわしてしまったところで、当時馬車の護衛に頼んで彼を助けた結果、王都までの旅を共にすることになってしまった。

……このままこの経路を利用してしまったら以前の人生と同じになってしまうかもしれない。


「あの……護衛騎士さん」

「マリス様、いかがなされましたか?」

「この街道以外を使う事って出来たりするかしら?」

「他の道ですか、あるにはあるのですが……その場合、野盗やモンスターに遭遇する危険性がある為、結果的に安全を確保しながら進むことになり大変遠回りになってしまいますので、学園の入学式までに王都に着く事が出来ないかもしれません、人数が今よりも少ない場合でしたら、馬を使いつぶすつもりで強引に移動をすれば間に合うとは思いますが、この人数だと不可能でしょう」

「そう……ですか、分かりました、それでは街道の方を使って移動する方でお願いします」


 つまりどうあがいても、シルヴァ・グラム・ファータイル王子と出会う事になる運命なのだろう。

それなら以前と同じように野盗から彼を助けた後は極力距離を取って、会話も必要最低限にした方がいいかもしれない。

けど……出会ってしまったら私は冷静でいられるだろうか、過去にお互いに惹かれ合い、そして魔族に操られていたとはいえ、自身の手で殺してしまった最愛の人。

もうあれからかなりの時間が経っているというのに、両手には今でも刺した時の生暖かい血の感覚を鮮明に思い出す事が出来る。

同じように出会い、惹かれ合い悲劇を繰り返してしまうよりも、出来れば今回の人生では、私とは極力関わらずに他の人と結ばれて幸せな人生を生きて欲しい。


「マリス?街道を使いたくないって思った理由は何かしら?」

「え?あ……、他に早く王都に着く道が無いか気になったの」

「なるほど、確かに我々の負担を考えたら、移動は少ない方が良いですからね、マリス様、お気遣いありがとうございます」

「いえ、大丈夫よ、おかげで街道を移動した方が安全って言う事が分かったもの、護衛騎士の……えっとお名前は?」

「私の名前ですか?アーロから聞いていると思っておりましたが……、お二人に名乗るのは恐れ多いのですが、私はリバスト・フランク・ケルトゥスと申します」


 護衛騎士がとても緊張した表情で頭を下げながら名乗る。

そんな怖がらなくてもいいのにと思いながら、彼の名前を呼んでお礼を言葉にすると、今度は感動したかのように頭を上げて私達の顔を見るのだった。

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