そして学園へ……

第1話

 あれから暫くの時が経った。

その間にあった事と言えば、アーロが使用人見習いから晴れて使用人になり、従騎士としても立派な成長をしたらしい。

何でらしいのかというと、アーロが一人前の騎士になるまでの間仕える事になったお屋敷の騎士から話を聞いた程度で、実際に立派な従騎士としての姿を見た事が無いのもある。


「……暇ね」

「マリスお嬢様、目的地に到着するまではどうかご辛抱を……」


 ……ただ、剣の才能において光るものがあるらしく、教えれば教える程凄い速度で新しい技術を習得していくという事で、彼を担当する事になった騎士曰く、どうしてこれほどの才能の持ち主が今まで平民として暮らしていたのか分からないと言う事らしい。

けど、一人前の騎士になる前に習得する一般的な魔法に関しては上手く行かずにてこずっているそうだ。

アーロの母親であり、私の専属使用人として復帰してお屋敷に戻って来てくれたステラから、将来の事を考えて教わっていたおかげで、平民にしては珍しくある程度の読み書きは出来るそうだけど、難しい言葉になると分からないそうで、それが原因で上手くいってないとのこと。


「辛抱って言っても、アーロ……、あなたは退屈じゃないの?」

「え?あぁ……、ほら俺、いや私は平民出身だか、いやえっと、ですからこういう光景も嫌いじゃないですね」

「そうなの、良かったわね……、じゃあアーロ、私がこれ以上退屈しないように何かしてくれないかしら?」

「何かって……何をすればいいんだよ」


 そして今の私達は何をしているのかというと、学園へと向かう為にピュルガトワール領を出て王都へと向かう馬車に乗っている。


「マリス、使用人を困らせてはいけないわ」

「お母様……でも」

「あなたはこれから卒業までの間、王都の学園で暮らす事になるのよ?それに……名前を呼ぶのを止めなさ……、いや呼びたかったら呼びなさい、それがあなたなのだから」


 あの一件以来、お母様は私の考え方を押し付けたり、否定する事が減った。

けど使用人の名前を呼ぶ事に関しては思う事があるみたいで……


「お母様、言われなくても私はアーロの事を名前で呼ぶわよ?」

「……分かってるけど心配なのよ、学園には私のように貴族至上主義の思想を持った貴族が多いから、あなたはマリウスとは違って女の子だから、酷い目に合わないか不安なのよ」

「何回も同じことを言わなくて大丈夫だから、学園についたら名前を呼ぶのは二人きりの時だけにするし、ちゃんとアーロの事を使用人って呼ぶようにするわ」


 貴族至上主義、貴族である事を誇りに思う人達の集まり。

お母様のように、平民は貴族が守り導くものという考えの持ち主もいるけれど、それはまだ平和的な考え方が出来る人達で、中には平民を家畜のように扱う酷い考えを持つ貴族もいる。

彼等は、貴族が平民と親密な関係になる事を良しとしない為、親し気に名前を呼ぼうものなら、平民思想の持ち主と判断され、お母様の言うように何をされるか分からない。

一応学園には貴族たる者、その生まれに責任と誇りを持ち、在学中において純潔を破り穢れる事を禁ずると言うルールがあるから、そこまで酷い事はされないとは思う。

あったとしても精々、無視をされるか悪い噂を流されて居心地が悪くなるくらいな気がする。

実際に以前の人生では、一人の生徒が悪い噂を流された結果……自主退学に追い込まれたけど、それに関して以前の私は自分の事に精一杯で気にする余裕もなかった。

……今回は、もし仲良くなる事があったら守ってあげるのもいいかもしれない。


「俺もちゃんとマリスお嬢様って呼ぶから大丈夫だよ、マリスのおば──」

「……おば?あなた、ピュルガトワール辺境伯婦人に対して何て言葉を使っているの?」

「あ、えっと……」

「マリス、あなたの専属使用人として学園に連れて来る相手を間違えたのではないかしら?自身が仕える主人の親に対しておばさんと言うだなんて……、本来であれば今ここで首を刎ねられても文句は言えないわよ」

「……ごめんなさいお母様、アーロには私からちゃんと教育をしておくわ」


 以前までのお母様だったら。アーロが失言をした瞬間に首を刎ねていたと思う。

それほどまでにあの発言は侮辱的で貴族の中では酷いものだ。

お母様の価値観は、貴族至上主義というのもあるけれど……、貴族の外見は長い年月を掛けて見目麗しい人同士を掛け合わせて作られた芸術としての一面もある。

そんな長く世代を重ねて作られた美を、おばさんという一言で平民の価値観に落とされたとなると怒るのも当然だろう。


「これだから平民育ちは嫌なのよ、守られるべき存在が地位を得て貴族と行動を共にすること自体良くないのよ、こうやってふとした瞬間に育ちが表に出て面倒な事になるんだから」

「……お母様、でもステラはそんな事無かったわ」

「勿論、例外がいる事は認めるわ……でもねマリス、平民の中で優秀な者がいてもその子まで、優れているとは限らないのよ?」

「けどアーロは頑張って使用人見習いから、正式な使用人になったし従騎士としても努力して今では剣の腕前だけならピュルガトワール領の騎士にも引けを取らないくらいなのよ?」

「確かにその点については認めるわ、けどね……そこまで騎士になる才能があるのなら、この平民には使用人としてではなく、騎士の道一筋でやらせた方が良かったと思わないかしら?、才能の無い使用人をやらせるよりも、騎士としての礼儀作法や戦い方、教養を学ばせ伸ばすべきなのよ、私達貴族は平民を守り導く義務と責任があるわ、それはマリス、あなたがこの子の人生を決めて縛るのではなく、道を示し導くものなのよ」


 ステラが専属使用人として職場に復帰するまでのにアーロを使用人見習いにしたのは私の意思だし、復帰した後も彼を使用人見習いとして残し、正式な使用人になるように促したのも私だ。

だからお母様が言う事も良く理解できるし、考えが正しい事も良く分かる。

けど……アーロを私の護衛騎士にしたい、使用人として側にも起きたいという考えは譲れなくて……


「あの……ピュルガトワール辺境伯婦人、先程の発言及び行動に対する非礼お詫び申し上げます」

「あら、最低限の礼儀作法は出来るのね……、なら今回に限っては見逃してあげるから頭を上げなさい」

「あ……ありがとうございます」


 アーロが緊張した表情で、額に玉のような汗を浮かべながらお母様に向けて深く頭を下げる。

その姿勢はちょうど剣があったら首を斬り落とせるだろう位置にあり、謝罪が受けいれられなかった場合、どのような罰でも受けるという意思の表れのように見えた。

けど、その姿を見たお母様は優しい表情を作ると謝罪を受け入れ、彼に頭をあげるように促して……


「……え?お母様?」

「なに?もしかして私が本気で怒ってると思ったの……?ふふ、馬鹿な子ねそんな訳ないじゃない、この子……確か名前はアーロと言ったかしら?先程言った私の発言に嘘偽りはないけれど、私は娘の考えを否定する気はないわ、だってあなたがそうしたいと思い、二人で考えて道を作り上げたのでしょう?ならそれでいいのよ……、ただそうね、貴族至上主義としての価値観の中で生きて育った私と、平民主義を掲げるマリウスの間に生まれ育った娘だもの、様々な視野を持って学びなさい」

「お母様……ありがとうございます」

「けどね、学園では今のようにいかないわよ?使用人達は皆厳しい教育を受けたうえで主人に同行しているし、貴族達も無礼な行いをされたら言い訳をする暇なく、処刑される可能性がある事をしっかりと肝に銘じておきなさい……、マリス、あなたにとってアーロが大事な使用人であり、将来の護衛騎士というのなら、この子が立派になるまで守るのはあなたなのよ、だからしっかりと教育を施しなさい、いいわね?」

「はい……お母様、私頑張りますわ」


 私の返事を聞いたお母様が真剣な顔をしてこっちに来るように手招きをする。

もしかして、他にも至らないところがあったのだろうかと思って一瞬身体がびくっとするけど、勇気を出して隣に座る。

すると何故か……優しく手を頭の上に置かれ、次に宿泊する予定の街につくまでアーロの目のまで撫でられるという辱めを受けた。

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