第23話

「お頭ぁっ!やっぱり動物っしたよ!かわいいリスでさぁ!」

「っるせぇ!んなでかい声で言わなくても聞こえてるわ!」

「へいっ!すいません!」


 ……そんなやり取りをした後、髭面の男性は元居た場所に戻っていく。

取り合えず今私がここで出来る事は何も無い……仮に何かしたとしても私が今使えるは簡単な呪術と空間魔法だけ、人生をやり直す前の私だったら高度な魔法を使う事が出来たけど、この年齢だとまだ身体が成長しきってないから使う事が出来ない。

……一応無理をすれば使う事は出来るけど、その場合呪術が失敗した時に起きる相手に掛けた呪いが自分に返って来る現象に耐えられないし、空間魔法に限っては壁の中に転移して身動き取れなくなってしまったり、身体の一部を置いて行ってしまう可能性がある。

死ぬことで人生をやり直す事が出来るとはいえ、自分から危険な行動をするような自殺行為だけは嫌だし、出来る事なら精一杯頑張って無理だったらやり直すって言う風にしたい。


「……今のうちに少しずつ後ろに下がって」


 周囲の草木に触れて音がしてしまうけど、さっき出て来てくれたリスのおかげで無事にあの場所から抜ける事が出来た。

けどここからどうしようか、私の脚では町までかなりの距離があるだろう。

それに何時の間にかすっかり陽が暮れてしまって、ここが何処か分からないのも最悪な状況に対してさらに拍車をかけている。


「どうしよう……早くしないとアーロが」


 焦りが頭の中を支配する。

私がお忍びで町に行きたいと言わなければ、アーロはこんな危険な目に合わなかったんじゃないか。

私がステラに会いたいと思わなければ、こんな事にならなかったのではないか。

私が我が儘を言わずお母様の言うようにしていれば、こんな最悪な状況にならなかったのではないか。

そんな、私がという事ばかりが脳内をぐるぐる回って何も分からなくなっていく。


「私が、私が悪いの……全部私が」

「──マリス」

「もう我が儘を言わないから、いい子になるから、だから……だから誰か助けて」

「しっかりしなさい、マリス」

「……え?」


 ふと、声が聞こえた気がしてうつむいていた顔を上げようとすると、そっと誰かが私を優しく抱きしめてくる。

いきなりの事に身体が驚いて硬直してしまうけど、聞き覚えのある優しい声と安心する香りに気持ちが落ちついて……


「お、お父様?」

「……どうしてステラに何も言わずにこんなところまで来てしまったんだい?」

「それはえっと……、それよりもどうしてお父様がここに?」

「ドニとマリスを迎えに行ったら、ステラがマリスが息子と観光に行ってから帰って来ないと相談されてね」


 相談されたというけど、ステラの事だから凄い焦ってたと思う。

大事な息子だけでなく、お忍びで遊びに来た領主の娘が帰って来ないとか何かあったのではないかと心配になってパニックになるだろうし、そこにお父様と町長さんが私を迎えに来た時の心労を考えたら申し訳ない気持ちになる。


「でもそれと、私の居場所が分かったのは違う気が……」

「何を言ってるんだいマリス、君は私の娘であり、親は自分の子供が何処にいても、何かがあったら必ず助けに行くものだよ」

「……え?」

「私とマリスの間には血の繋がりがあるんだ、呪術を使えばこの国の中なら君が何処にいるのか私には分かるんだよ……二度と大事な子供を失いたくないからね」

「お父様……」


 お父様はそう言うと抱きしめた状態からそっと離れると、後ろを向いて……


「もういいよドニ、あの森にいるのが例の野盗かい?」

「あぁ、最近この付近で密漁とかしてる奴で間違いねぇ」

「……えっと、お父様?」

「あぁ、そっか……マリスは知らなかったね、ドニの家で話してる時に話題に上がったのだけれど、最近怪しい集団がいると聞いてね、後日正式な場で話し合おうという事になったのだけれど……大事な娘や町民に手を出した以上は直ぐに掃除しないとね」

「マリウス、いつまで娘と話てんだ……早くアーロを助けに行くぞ」


 全身金属の鎧に身を包んだドニが腰に差した斧と剣を構えると、一人で森へと入っていく。

あの人数に一人で立ち向かうのはさすがに自殺行為だから、早くお父様と一緒に向かわないと……


「マリス、私はドニと一緒に野盗を倒しに行くからここで大人しく待ってなさい」

「いや……お父様私も行きます、アーロが心配で……それに」

「ん?なんだい?」

「私は何れお父様からこの領地を継ぐ立場にあるのですから、お父様の働きを人伝からではなくしっかりとこの目で見たいです」

「……なるほど、そう言う事なら着いてきなさい、けど無理だと思ったら直ぐに逃げる事これだけは私と約束して欲しい」


 お父様の言葉に頷くと、森へ入っていくお父様を追って中へと入っていく。

その途中で差してある剣を抜くと、腰の袋から何らかの液体を取り出し剣に塗り始める。


「お父様、それはなんですの?」

「これは呪術の触媒に使う動物の生血だよ、ここに来る前に牧場の豚から貰って来たんだ」

「……という事は、お父様の呪術をこの目で見れるのですね」

「今までのやり直しの中で見てこなかったのかい?」

「それは……やり直し前の事はお父様には言えません、それよりも野盗のリーダー、お頭と呼ばれてる方は魔族の成人男性でしたけど、二人で勝てるのですか?」


 魔族という存在は本来、自然に発生するのではなく生物の心から生まれると言われている。

異常な程に欲深い者や怨みを残して死んだ生物が多い場所に、発生する者でそこから独自の生命を得る。

そして元になった存在次第では繁殖し数を増やしたり、欲が深すぎるあまり道を踏み外し自らを魔族へと変異してしまう。

前者は人との会話は不可能な事が多いけど、後者の場合は元々が人だったおかげで会話が成立するせいで、人によっては話せば何とかなると勘違いしてしまう事があるけど、まともに会話が成立するならそもそも魔族に何てなってないと思う。

……以前、魔王という存在になっていた私が言うのもどうかと思うけど、彼らは皆自分の事しか考えて無いし、仮に一時的に手を取り合う事があったとしてもこちらに利益が無いと思ったら笑顔を浮かべ喜んで裏切る。

だって魔族は、混沌を愛し、自分を尊重し、自身の愉悦を求めるのだから……


「大丈夫、私一人だけだったら少しだけ厳しいけど、ドニがいるからね」

「ドニ様はそんなにお強いのですか?」

「強いよ、何せ彼が町民になってから……あの町でモンスターの討伐に参加した町民の死者数が劇的に減少して、他の村や街と比べて人口が増加傾向にある位だよ」

「それって……凄いんですか?」

「凄いさ、マリスが領主になったらその凄さが良く分かると思うよ」


 お父様はそう言うと赤黒く染まった剣を地面に刺す。

そして残りの生血を鞘の中へと入れると小さな声で呪文を呟くと、刀身が怪しい色に輝き始め……


「マリス、もうすぐ野盗の元へと到着するから、ドニと合流したら私達の戦いをよく見てるんだよ」

「……はい」


 お父様がそう小さな声で呟いた後、私達は鎧を着た状態で屈んで背を低くしているドニへと近づくと、彼の指示の元息を潜めた。

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