第9話
まぁ、やり直しをして良いのかと思い悩んで数日経過しても人はお腹が空いたらご飯を食べて眠くなったら眠る。
最初の人生で……
『マリス、君は頑張り過ぎてしまうから疲れたり辛い事があったらゆっくり休むんだよ』
と言われた事を今でもちゃんと覚えている。
だから暫くの間は怠惰な生活をしても許されると思う。
けど……食事の時以外部屋から出てこなくなってしまった私を心配したお父様が、色々と気遣ってくれるけど、事情を話したら間違いなく再び殺されてしまうだろうから話す事は出来ない。
ならお母様に話すのはどうなのかなって思うけど、あの人は凄い家族思いで優しい人だから心労をかけたくない。
それにお姉様の事を思って毎日祈りを捧げている人なのに、そこで私の状況を伝えてしまったら間違いなく精神を病んで倒れてしまうかも……
「あの……マリスお嬢様、今お時間宜しいでしょうか」
コン、コンとドアがノックされたかと思うと外から声が聞こえる。
私専属のメイドの優しい声だ……多分、私がこうやって部屋に篭もる前にケーキを食べながらお願いした事を調べてくれたのかも……。
私が今信頼出来るのは彼女だけだから全てを話す事は出来なかったけど、このお屋敷の何処かに魔族と繋がりがある人物がいるかもしれない。
最初はいつものごっこ遊びだと思われたみたいだけど、何度か必死にお願いし続けたら何かを察してくれたみたいで……笑顔で協力してくれた。
「えぇ、大丈夫よ」
「……失礼致します」
音を立てずにドアを開けると、そのままスッと中に入り静かに閉める。
その身のこなしは熟練の盗賊みたいに感じて……メイドになる前は何をしていた人なのかなって思うけど、協力してくれるなら過去の経緯何て気にする程では無いと思う。
だって……私に甘えて良いって言ってくれた人が悪い人だとは思えないから
「調べた結果ですが……特にこれと使用人の中には言って怪しい者はいませんでしたね」
「使用人の中にはという事は、もしかして……やはりお父様が?」
「いえ、探りを入れてはみたのですが……そのような事は無さそうでしたので、違うと思います」
「……私の考えすぎだったのかしら」
「いえ、そんな事は無いと思いますよ?だって私はマリスお嬢様の事を信じていますもの」
信じてくれるのは嬉しいけど、どうしてそこまでしてくれるのか……。
今の私は年齢的には6歳位だった筈、普通の大人だったら子供が周囲の関心を抱くために悪ふざけをしていると思われてもしょうがないのに。
「ありがとう……えっと、あの」
「……?」
名前を言おうとして気づいた。
私はこの人の名前を知らない、いや……精確にはこのお屋敷の中ではお父様とお母様、居なくなったしまったお姉様の名前しか知らない。
執事の事は、執事を呼んで欲しいと言ったら誰かが来てくれたし、メイドに至っては『そこのメイド、私の専属を呼んで来てくれないかしら?』と言えば直ぐに来てくれた。
だから……以前の私は名前を知る気も無ければ機会も無かった。
あぁ、今になって思うけど、名前を知ろうとも覚えようともせずにいる我が儘し放題な生意気な小娘が、傍若無人の限りを尽くしていたら出て行かれてもしょうがないと改めて思い反省する。
でも……幼い頃からの付き合いなのに、今更名前を教えて欲しい何て言っていいものだろうか。
この人に嫌われたらどうしよう、それで出て行ってしまったら私はどうすればいい。
このお屋敷で唯一信頼がおける彼女がいなくなってしまったら、私は誰を頼って誰に心を許せばいいの?、そう思うと怖くなる。
「ん?あぁ……ステラですよ、マリスお嬢様……私の名前はステラです」
「……え?」
「名前を呼ぼうしてくれたのでしょう?、お嬢様は幼いのに本当に変わりましたね……今まで使用人の名前を聞こうとも覚えようともしなかったのに」
「それは……その、すいませんでした」
「いえ、初めて出会った当初は『あなたがあたちのせんじょくメイドなのにぇ!一生をきゃけて、あたちにつくちしゅうせいをちかいなさい!』何て、したっ足らずに言い出すものですから、あの時は微笑ましくて笑うのを必死に堪えたり、その後も『あにゃたの名前にきょうにはにゃいわ!せんじょくメイドでじゅう……えっと、じゅ、じゅうぶん?よ!』と一生懸命考えた言葉を思い出して言うのも可愛かったですよ」
え?何それ私覚えてない、多分物心つく前の事だろうけど……少しも記憶にない。
そもそも名前を知らないんじゃなくて、最初から名前を聞こうとすらしてなかったじゃない……、それって凄い失礼じゃない?って思う。
でも……貴族社会において使用人の名前を覚えるよりも、有力貴族達の名前を憶える方が大事な事だから、他の貴族でもこれが普通だ。
むしろこうやって、名前を知ろうとしている行動の方が異常だ。
ただ……そうだったとしても、私の事を大事に思ってくれているこの人の事を私は知りたいし、大事にしたい。
「そ、そんな事覚えてないわ!あなたは私の専属メイドなのよ!?……夜になったら家に帰ってしまうけれど、それ以外は私の為に実の子供と同じように接しなさい!」
「えぇ、えぇ……分かってますよ、我が儘なマリスお嬢様」
「我が儘は余計ですわ!、それに私がこの屋敷で唯一信頼出来るのはステラ、あなただけですもの……」
「それも分かっておりますよ……、だから私に任せてくださいね?後は唯一調べてない方を、数日掛けて調査してみます」
「……ん?唯一調べてない方ですか?それはいったい誰なのかしら?」
思わずステラに聞き返すと、そっと部屋の扉を開けて廊下に顔を出し何やら周囲を見渡したり、耳に手を当てて周囲の音を聞く仕草をして警戒を始める。
そして暫くした後、私の隣に近づき顔を耳元に近づけたかと思うと『マリスお嬢様のお母様である、アデレードお嬢様でございます』と小さな声で囁く。
「……え?」
「あの方は日々、居なくなったダート様の身を案じて自室にて祈りを捧げておりますが……時折屋敷を出てはこの国では手に入らない貴重な呪術に必要な品々を何処からか持ち帰っているようで……、なので調べる価値があると思います」
「……お母様の事を疑いたくないけれど分かったわ、でもくれぐれも危ない真似や無理はしないでね?」
「えぇ、勿論承知の上です……では早速行ってまいりますね」
そう言ってステラが私の部屋を出て行ってから、何日の月日が経過しただろうか。
最初は調べるのに忙しいのだろうなと思っていたけれど、暫くして彼女は突然メイドを辞めて故郷に帰ったと何故か、お母様の専属メイドから教えられた。
そんな事は無い、私のメイドが私を置いて何処かに行く何て事は絶対にない、そう思って自分の部屋を飛び出しそのままお屋敷を出て、小さい体に鞭を打ちながら陽が沈む行く街へと続く街道を走る。
そして辺りが完全に暗くなり、道に迷った私は……何かに躓き転んでしまう。
何に躓いたのか確認する為に後ろを振り向くとそこには、樹に寄り掛かるようにして眠る、腹部を赤く染め上げて身体が虫の苗床となり朽ち果てつつあるステラの姿だった。
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