川の話

 ボクは道が真っすぐでそんなに荒れていないのに気づいたから調子に乗って、サドルのうえで腕組みをした。二輪の台車を牽いているのと、少し太いマウンテンバイク用のタイヤを履いているので、真っ直ぐ走るだけならすごく安定してるんだ。


「ボクが世界のありかたを決めてるかって? うーん……難しい質問だけど、否定はできないね。でも正解ともいいきれない。もし時嵐と変震がボクの世界――つまりボクの見ている世界でしか起きない事象なんだとしたら、それはこの世界がボク自身って意味になるでしょ? そのときは、ボクが望むままに時嵐や変震を起こして、ボクが望んだ世界を作ったことになるのかもしれない」

「へーぇ。キミはこんな壊れた世界が好きなんだ。変なやつだね」


 ボクは思わずブレーキを握った。牽いてる荷台の重さもあって、変な感じにつんのめりそうになったよ。それから左胸のポケットを見下ろしていってやったんだ。


「ちょっと! ひどいこといわないでよ。少なくともボクは……意識的にはこんな世界を望んじゃいないんだ。できれば温かい布団があって、パパとママも家に居て……もし明日の朝、目が覚めたときそうなっていたら、ボクは学校に行きたいくらいだよ」


 ボクはしばらく待った。言葉が湧いてくるのをね。


「へーぇ。やっぱり変なやつだ。学校なんかに行きたがるなんてさ」

「……金鶏くん? あんまりいじわるなことをいうようだと、もしボクが元の世界に戻れたとき、キミのことを忘れちゃうかもしれないよ?」


 そういって、ボクはボク――もしくは銀座カリーパンの金鶏を脅かした。

 すると、しばらく黙っていた金鶏がしょんぼりした声でこう返してきたんだ。


「ごめんよ。ちょっといじわるだった。謝るよ」


 金鶏はトボけた目をしてるけど、話がわかるし、本当は気のいいやつなんだよ。

 ボクは満足して胸ポケットのうえから袋を撫でた。


「いいんだよ、金鶏くん。ボクのほうこそごめんね。忘れちゃうかもしれないなんていったりしてさ。安心していいよ。ボクは絶対にキミのことを忘れたりしない。――っていうか、もしできそうなら、キミのことも連れて帰るつもりなんだ」


 本当だし、本気でいってるよ。


「ボクはね、ずっと助けてくれてたキミをボクの世界につれてかえって、もしできたら、銀座カリーパンのお店を開いてもいいかなって思ってる。ボクは金鶏くんの似顔絵ならいつでも書けるんだからね。きっと流行るよ。ボクはちょっと蹴られたくらいで学校に行けなくなるくらい手間のかかる子だったかもしれないけど、ちょっとした自慢があるんだ。ボクがいいと思ったものは必ず流行るんだ。食べ物はもちろんそうだし、ゲームも、音楽も、イラストだったり本だったり、本当になんでも大流行するんだ」

「……でもすぐに廃れちゃうんでしょ?」


 そう金鶏にいわれて、ボクは唇を曲げた。


「なんでそんなこと知ってるのさ。本当にいじわるなやつだな」

「いじわるなのはボクじゃない。キミさ。キミはボクなんだから」

「いや、ちがうね。ボクはボクでキミはキミ。いじわるなのはキミだけだよ」

「キミだよ」

「キミだね」


 ボクはつい吹きだして笑った。ボクと銀座カリーパンは、もう何年も一緒にいる親友みたいな関係なんだ。ああ、えっと、銀座カリーパンの金鶏は、かな? おんなじようなものさ。金鶏・銀座カリーパンみたいな、そんな名前なんだよ。きっとね。


 ボクらは楽しく話しながら自転車を走らせ、緩いカーブを曲がったところで、ふたり揃ってため息をついた。


「まただよ。道が塞がってる」


 ボクが考え事をしなくちゃいけないときは金鶏も黙るんだ。ボクが声を与えてるからなんだけどね。フフフ。


 道が途中で塞がってるのは何回もあった。あるときは潰れた車が山みたいに折り重なってて道路が見えなくなってたし、あるときはこんなことある? って聞きたくなるくらい見事にビルが横倒しになって道路を塞いでたこともあった。ほかには陸橋が倒れてたり、酷いときには道路がそっくり陥没していることもね。


 そうなるとボクは地図を開いて横道を探すはめになる。しばらく道なりに戻って、横道に入って、そこが無事ならしばらく進んで、また戻る。そんなことを何度も繰り返してたから、お昼になにを食べたのか覚えてないよ。


 家を出たのが――そうだ、朝の七時だって。前の地図に書いてある。

 だから――だいたい中間地点にあたる川まで着くのに、六時間もかかったってことだ。直線距離を時速に直すと三キロくらい? 


 歩くのより遅いなんて!


 ほんと笑っちゃう。実をいうと、いままでボクの苦労がちゃんと伝わってるか不安だったんだ。でも数字を聞けば、キミが思ってたよりずっと大変だったりしないかな?


 まぁでも、正直に白状すると、自転車で動いたからかもしれないってのはあるね。ボクが慎重すぎたせいともいえる。


 つまり、直線距離でたったの四十キロなんだから、下手に装備を増やさずに歩いていけば小回りがきいて、夜までには銀座まで辿り着いていたかもしれないってことなんだ。


 ……まぁ、夜の七時ともなると真っ暗で歩けやしないんだけどさ。

 歩いていくか、自転車か――こうあらためて考えてみると、一長一短だね。まぁ今回に限っては自転車で来てよかったって思えるけどさ。


 この世界の自転車移動は苦労も多いけど、そのぶんだけ感動も大きくなるんだ。

 目的の川を見つけたとき、ボクは思わず胸ポケットを叩いたよ。


「見て! 見て! 川だよ! ほら! すっごい綺麗だ!」


 ほかにもぎゃあぎゃあいってたと思うけど覚えちゃいないよ。

 でも本当にすごい光景だった。どれくらいの川幅なのかな? 一キロくらいはあるんじゃないかと思った。たぶんだけど一番おおきな堤防のフチまで水位があがってたんだと思う。


 あのあたりだと二日前に雨は止んでたはずなんだけど、山のほうではまだまだ降っていたのかもしれない。それとか、上流のほうにダムがあって、世界がこんな状態だし決壊したりとかして水が際限なく流れてきてたとかね。

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