ボクとキンケイの話

 世界への疑問は、やっと見つけた危険な場所に中断させられた。


「ほら見て、みんな。ぜったいあると思ってたんだ。そのとおりさ! みつけたよ!」


 燃料の補給所――この世界ではガソリンスタンドっていうらしい。

 それまでは見つけてもできるだけ近づかないようにしてた。


 ボクの世界もそうだったけど、内燃機関につかう燃料は高い揮発性と可燃性をもっていたからね。もし燃料が漏れていたりして、そこらじゅうがガスでいっぱいだったら、ボクがうっかり持ち込んだ火花ひとつで大爆発する。


「さぁ、入ろうか、きっと地図があるはずだよ」


 ボクは誰かに伝え聞かせるつもりで呟きながら自転車を降りた。観光地の紹介をしたりするのを見るのは好きだったけど、まさかボク自身がやるとは思ってもみなかったな。それも、別に楽しくもなんともない、なんならちょっとどころか盛大に危ない場所に立ち入るところの実況をするなんてね。


 でも、ボクにはそうすることが必要だった。自分のことを自分じゃないことのように思うために。ボクの行動を邪魔するいろんなことを忘れるためには、自分じゃなくて誰かのためにやる必要があったんだ。


 ボクは実況しながら入っていったよ。よく覚えてる。


「えーっと、看板があるね。一リッターで百五十五円? かな? 一リッターがどれくらいなのかはわかるんだけど、値段がぜんぜんわかんないや。っていうか、ボクの日本語はちゃんと理解してもらえるかな? 変じゃない? 聞こえてるならそれでもいいんだけど」


 まるでカメラがあるみたいに喋ってたよ。


「匂いは……ないね。ボクの世界では燃料はみんな鼻にツンとくる匂いがあったよ。日本ではどうなんだろう? おなじ? もし匂いがなかったりしたら嫌だな。とつぜんドカン! なんて最悪だ。はぁ……ああ、ダメだ、ため息はダメ。大丈夫。ボクは元気。ほら元気だよー。大丈夫、大丈夫……」


 もうずっと喋ってた。口は乾いてくるし、喉が痛くなるし、ベロのつけ根くらいが厚ぼったくなってきてた。全身から汗が吹いて躰が冷えたね。


 ボクはできるだけ給油機から離れるようにして建物に近づいた。自動ドアの大ガラスは罅だらけになってたけど、シートがついているのか崩れてはいなかった。あとはいつもの要領でやったよ。リュックに差してたバールをドアの隙間にねじ込んで、体重をかけた。


 バシャン! って、ドアがちょっと開くのと同時に、ガラスが粉々に砕けた。

 ボクは思わず悲鳴をあげたよ。どんな悲鳴だったのかは絶対にいわない。いま思い出しても顔が熱くなるし。情けない悲鳴だったな。


「……おじゃましまーす」


 っていって、ボクは手でほっぺたを押さえながら自動ドアをくぐった。ガスの匂いがしたときのためにマスクはおろしてたんだけど、匂いはほとんどなにもなかった。


 入る前に予想してたとおり、地図があったよ。カウンターに敷かれたビニールマットの下に挟んであって、ガソリスタンドのところが丁寧に赤く塗ってあった。


 ボクはちかくを探しておなじ地図を見つけて、おなじところに印をつけた。それから、もう少し大きな地図を探した。こっちは苦労したよね。まず東京って書いてあるのを探すところからだから。


 家を出てから一時間くらい経ってたかな?

 いつものようにメモを書いて、カウンターにおいたとき、変なものに気づいた。アンテナが立ってる小型の機械だ。無線機だと思うんだけどなんでカウンターに置いてあるのか、そのときは気づかなかった。


 電池式だからどうせダメだろうと思っていたし、ボクはこの世界をボク中心に存在していると考えはじめていたし。


 とにかく、地図を手に入れたボクはすぐにガソリスンタンドを離れた。もう危なっかしい状態の高いビルに登るようなボクじゃない。夢の銀座に着くまでは安全第一さ。


 ボクは自転車に戻って、磁石を頼りに東京まで抜ける道をペンでマークした。なんだかしらないけど、すごく細かな道がいっぱいあって、ルートを選ぶだけでも時間を取られたよ。


 できるだけ太くて曲がっていない道を選んで、当面の目標が決まった。

 ボクはペダルを蹴って、胸ポケットに住む銀座カリーパンの空袋にいった。


「いざゆかん銀座へ! 目指すは川だ! 川を越えたら東京らしいよ!」


 以前の地図でも見かけた川だ。高層アパートの屋上から見たときはなくなってたけど、また現れたってことなんだろうね。


 そうなってくると、あれこれゲームをやってきたボクからすると、もうひとつ新しい可能性が見えてきた。


「ボクは今日までに二十枚ちかく新しい地図を書いてきたと思うんだけど、変震に等級があって変化量にちがいがあるなら、おなじように変化のしかたにもある種のパターンがあるんじゃないかと思うんだよね」


 ボクとボクの会話さ。もうひとつの声をだすときは心のなかでトボけた目をした金鶏を想像して、いつもより高めの声をだすんた。


「へーぇ。パターンっていうのは、たとえば?」

「うん。よく聞いてくれたね、金鶏くん。ボクが思うに、時嵐の強さと変震はある程度は連動していて、組み合わせのパターンによって、どの可能性を引っ張ってくるのか決めているんじゃないかな」

「決めてるって誰が? キミが?」


 金鶏は聞き役なんだ。自問自答なのはわかってるけど、とにかく孤独に対抗するには楽しくやっていかなきゃいけないからね。さんざん助けてもらって悪いような気はしたけど、銀座カリーパンの金鶏くんには無知になってもらった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る