ボクがしていたことの話

 夢の東京、銀座を目指して自転車のペダルを漕ぎはじめたとき、ボクの頭を悩ませたのは道路の地図を手に入れることだった。


 ボクが暮らしてた世界とおなじように、この世界ではあらゆるものを機械とネットに頼っていたみたいでね。紙の地図を手に入れるのが大変なんだ。


 車についてるナビゲーションをつかうって手も考えたよ。でも、電化製品はだいたい壊れてるかバッテリー切れで、回路が壊れてるのはおなじものを探して無事なパーツを集めないといけない。旅に出ちゃったからには直したりしてる暇はないしね。


 けっきょくボクは方位磁石を頼りにしばらく大通りを走ったんだ。


「おはよう! みんな! ボクだよ!」


 ボクは世界にむかっていった。首にかけてるヘッドフォンから音楽が聞こえてたよ。


「本日は快晴、空には雲ひとつ浮かんでいません。気温は……ちょっと肌寒いかな? ボクたち銀座カリーパン捜索隊は、五分くらい前に家を出たところです。ここは……どこらへんなんだろうね? あ、看板があった。こっちでも道路看板はおんなじなんだね」


 みたいな感じに、テレビとかラジオとか、ネットの配信とか、まぁなんでもいいんだけど、実況しながらペダルを漕ぐんだ。


 ボクは孤独の怖さを知っていたし、沈黙がボクを狂わせることに気づいた。

 ――まぁ、じゃあ独りごとを喋りつづけていれば大丈夫かというと、ぜんぜんそんなこともないんだけどね。喋れば喋るほど喉は渇くし、孤独が肌に突き刺さってくるんだ。


 それでもボクはめげたりしない。


「ちょっと道が混んではいるけど旅は順調。ボクらの金鶏隊長は風を浴びて嬉しそうにたなびいてる――ほんと、トボけた目をしてるよね、こいつは」


 自分で実況するのは状況を整理するのにも役立った。ときおり方位磁石を確認して、どっちに向かっているのかを喋るんだ。


 ボクは片側三車線の大通りのできるだけ道路のまんなか寄りを走った。これは日本でもおなじみたいなんだけど、太い道路に面して高い建物があるんだね。


 高いってことはそう、いまにも折れてきそうだってこと。それに割れたガラスが歩道に散らばってる。破片を踏んでパンクして早々に帰宅、なんて嫌だからね。


 ほかにはそう――潰れた自動車がいくつか見えたね。なかに人影はないし、匂いもない。焼け焦げてるのもあったのに本当に不思議だった。


 ボクは実況に加えて、仮説を話すようにもしたよ。


「ボクが思うに、変震のたびに作り変わるこの世界は、元の世界で起きた別の可能性が現れているんだ。つまり、選ばれなかった可能性が時嵐と変震によって表面に出てくるんだね」


 そんな感じさ。

 ボクの暮らしていた世界の、ボクの住んでいた場所は日本ではなかったけど、地球上の座標はおなじだった。世界地図を見ても大陸の形がちがう。でもたまに見かける地球儀はボクの暮らしていた世界にもあった。


 ――というか、文字も名前もちがうけど、ボクの暮らしてた世界にあったものは、だいたいおなじ形や機能をもって、この世界にもあるんだ。


 平行世界とか平行宇宙とか、まぁいいかたはなんでもいいんだけど、あるかもしれなかった別の可能性が集まっているような、そんな気がする。


 そう考えたとき気になってくるのは、放り出されたのはボクなのか、世界のほうかだ。


「はじめこの世界にきたとき、ボクはこの世界に放り出されたと思ったんだよね。これまでは不安になるから考えないようにしてきたけど、もしこの世界が平行宇宙だったとしたら、それは良い意味でも悪い意味でも正解だったのかもしれない。前にボクはボク自身、本当のボクはいまもボクの暮らしていた世界の、ボクの家の前に倒れているかもしれないって考えたんだ。もしそうだとすると、いまのボクは倒れて病院に連れて行ってもらったボクかもしれない。つまり、いまこの世界にいるボク自身は、この可能性の墓場に放り捨てられた可能性のひとつなのかもしれないってことさ」


 それってどういうことなんだろう。話すっていうのは考えを整理するのにも有効だね。ボクはいまもこうして自分の頭や感情をまとめようとしてる。


 ボクはボクとこの世界の関係について、見直すべきときにきてたんだ。


「たとえば、ボクが見ている時嵐や変震は、本当にこの世界で起きてることなのかな?」


 ボクは尋ねた。ボクにか、あるいはボクの胸ポケットに入ってる銀座カリーパンの袋に。


「もし時嵐や変震はボクにしか見えないとしたらどうだろう? 人によって物の見えかたもちがうっていうしね。ほら、ボクにとっていま空に輝いている太陽は白いけど、人によっては黄色だったり赤かったりするかもしれない。なんの色もないのかも。でもボクらはだいたいおなじ感覚で人と話せる。それはほかの人と世界を共有しているからでしょ? つまり世界が先にあって人があと。でも。そうなんだ、また『でも』なんだけど、ボクはこの世界にたったひとりで生きてて、いまのところ誰とも時嵐や変震について共有できていない。だとしたら、ボクとこの世界はボクのほうが先で、世界があとでも不思議じゃないと思わない?」


 家や、学校や、図書館や、色んなところで新聞や雑誌を目にすることができる。日本はそういうのが好きなのかわからないけど、科学雑誌なんかがある家もあった。


 でも、どれを翻訳してみても、時嵐や変震を観測した話は見当たらなかった。歴史をあつかってる本にもでてこないし、民家のメモにもそういった話はでてこない。


 それから不思議なことがもうひとつ。

 冷凍食品は腐っていて、カレンダーの日付はボクの日付とおんなじなのはなぜか。

 いまのところ時を刻み続けている時計を見たことがない。ボクが持ってるやつ以外にはね。


 ということは、この世界はボクが生きてる時間よりも前に止まったってことになる。略奪というにはこじんまりとしてるけど、物を持ち去った人もいたみたい。なのに、そういった人たちの痕跡はまるでない。ボクがメモを残してきたようにほかの人がメモを残したっておかしくないのに。


 世界への疑問は、やっと見つけた危険な場所に中断させられた。

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