お腹が痛くなった日の話
自転車を作った――直した? ボクは、次に旅に必要なものの選定をはじめた。
なにはなくてもまずは自転車の修理道具。空気を抜いたタイヤのチューブに、パンク修理用のパッチ、空気入れ。それからマルチスパナにドライバーセット。軸がひとつに山がいっぱいついてるやつ。あとダクトテープに接着剤。もし移動中に壊れてもなんとかなるようにね。
重くなるのは承知で大型のゴムボートも巻いて入れた。川があるのに橋が壊れてたりしたらまたいちからやり直しだからね。それからさっきも話した医療品。でも簡単なものだけ。絆創膏とか包帯とか、テーピングに消毒に……救急箱って感じかな。
キャンプ用品はほとんど入れなかったよ。
軽いテントもあったんだけど、雨が降ったら近くの家に隠れればいいやって思ってた。いちおう毛布と着替えだけは用意しておいたけどね。
あとはいつもの探索用の装備だよね。ずっと持ってる拳銃に、バールに、ニオイ対策のマスク。ホームセンターでもっといいのを見つけたから、それに変えたよ。パパのスイスナイフとは別にキャンプ用のナイフも持ってきてる。
なんにでもつかえるビニール袋をいくつかに、音楽を聞くためのウォークマンと有線のヘッドフォンに予備バッテリー。それから手回し式の充電器もね。
忘れちゃいけない携帯電話。パパやママから電話があるかもって思って、ボクはずっと持ち歩いてるよ。充電が大変だし電波が入ってるのを見たことないけど。
地図に、家や物を借りたりしたときのためのメモ帳でしょ? ペンでしょ? 懐中電灯とヘッドライト……こうしてあげてみると、ずいぶんいろいろと持ってきたよ。
さぁ! 大事な大事な、おやつとご飯だ!
たった四十キロなんだけど、一泊する可能性を考えると三日分じゃ足りないと思った。道がどうなってるかわからないし、最悪、片道で二日、一泊して、帰りに二日はかかるんじゃないかってね。
……おとなになったからかな? 守りに入ってるっていうか、笑っちゃうよ。現地でいろいろと手に入るかもしれないのに、レトルトパウチや重たい缶詰に瓶詰――割れたりしないように布で包んだり、緩衝材になりそうな未開封のスナック菓子を入れたりとかね。
でも、飲み物をたくさん持ったのは褒めてほしいな。重いんだけど、水だけは手に入れるのがとっても大変なんだ。どこの蛇口をひねっても水はでないし、地下水を汲みあげるポンプもほとんど見当たらないし。サバイバルストローとか浄水用のタブレットなんかもあるんだけど信用しきれるわけじゃないし。
これで旅支度はほとんど完了。でも外はまだ長雨だった。
ボクは味をしめたレーズンパンの発酵を待ちながら映画を見たよ。銀座までの長旅になるからロードームービー。気分を高めようと思ってね。
「いよいよ、明日は旅にでるんだ」
そう呟いて、ボクはベッドに潜り込んだ。
地獄だ。
ボクは久々の第二級変震にあった。時嵐は暴風をともなって窓ガラスを叩いた。気分は落ちるし、時嵐は普通の風雨に変わりはじめて、ボクのお腹は泣きたくなるくらい痛くなった。
頭のなかで脳みそが鉛にすり替えられたみたいだった。躰を起こすのもうんざりするくらいずっと痛いんだ。我慢してるうちに筋肉痛までくるし、本当に地獄。
気圧のせいもあるんだろうけどね。
お気に入りの音楽のなかから明るいのをかけてみても無駄だった。そういうときもあるっていうのは知ってるんだけど、なにかにすがりたくなるくらいつらかったよ。
もちろん旅にでられる状態じゃない。
ただ窓を叩く雨音を聞きながら、すべてが過ぎ去るのを鬱々と待った。貧血からくる目眩でふらふらしながら青い毛布を引きずってさ。発酵させてたパンをオーブンに入れて、スキムミルクに砂糖を溶かして温めて飲んだ。
ソファーのうえで丸くなって、音を小さくした映画を流して。
パパとママのことを考えちゃった。
しばらくずっと考えないようにしてたのに、つい、ね。
「パパ……ママ……」
なんてさ。口からでてきて。画面が滲んだよ。もうなにもかも嫌だって。
ボクは両目を擦りながら歯を食いしばった。呻いたよ。
「なんで? なんでボクばっかりこんな目にあうの……?」
聞いた。世界にね。
ボクはボクなりに、ボクだけじゃないんだってわかってたつもりだった。でも所詮はつもりだったのさ。世界のどこかでみんなおんなじ思いをしてるんだって。そうじゃなくちゃおかしいっていうか不公平だってね。
ボクは毛布をかぶって考えた。お腹が痛くてうまく考えがまとまらなかったけど、本当にそうなんだろうかって疑った。
世界のどこかでおんなじ思いをしている人がいる? 本当に? ボクの知る限り、ボクみたいに家と一緒にヘンテコな世界に放り出された人はいない。聞いたこともない。
だったらもう、いないのとおんなじだ。
死と孤独はとっても仲がいいんだろうなって思ったよ。
二人は手と手をとりあって、ボクらのすぐそばでじっとそのときを待っているんだ。死は究極の孤独だって本にも書いてあった。じゃあ孤独は死ぬのとおんなじだ。すぐちかくに誰もいなくて、誰にも知られてないなら、生きているのか死んでいるのかわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます